イデラ物語−6

真倉マリス

第1話 終わりの始まり

 目が覚めた。自分が生きていることを知り、今日も失望する。私なんて、早く死んじゃえばいいのに。


 だが、何度死にたいと思っても、私には度胸がないから死ぬ勇気も出ない。何をする気にもなれない。本当に、なんで生きてるんだろう。


 今日もこうやってベッドの上で放心してたら、扉をノックする音がした。


母「朝ごはんできたわよー。」


 動く気にも、返事する気にもなれなかった。


母「...今日もドアの前に置いておくわよ。」


 いつもだったら、母はここでリビングに戻るのだが、

母「ねえ、今日くらいは学校に行ってみたら?」

と、声をかけてきた。


 その言葉を聞いて、心がキュッとなった。


 確かに、学校は楽しかった、。何年前だっただろうか。気づいたら、みんなから除け者にされていた。上靴には画鋲が入っていて、椅子のネジは外されていて、掃除当番も全部押し付けられていた。それでも私は学校に通い続けた。楽しい生活をするために。


 ある日、女子の集団に話しかけられた。


女子「ねえ、放課後に体育館の裏に来てよ。」


 私は言われた通りに行った。約束は守らなければと思ったから。


 罵られた。刃物のような言葉で、ただひたすらに。

 殴られた。口から血を吐くまで、骨が折れて立てなくなるまで。


 そうか。私は邪魔者なんだ。


 そんな記憶がフラッシュバックし、吐き気がした。


母「玲那が学校で色々あったのも、もう七年も前よ。あの時と同じ人はいないだろうし、大丈夫なんじゃない。」


 もう七年もたったのか。あまりにも強烈な出来事だったし、しばらく引きこもって時間感覚が狂っていることもあり、昨日のことのようにも思える。


 確かに、七年も引きずってるのはみっともないか。そうは分かっていても、学校に行く勇気なんか出ない。


 いつもこうだ。勇気が出なくて何もできない。心の中ではこの自分を変えたいと強く願っている。でも、願うだけでは何も変わらない。変わるには、行動が必要なんだ。そんなことは百も承知している。


 そんなことを考えていると、母親が見ているテレビの音が聞こえてきた。

「…彼女は、十七歳にして血液化学のスペシャリストへと上り詰めた。…」

 とある科学者に焦点を当てたドキュメンタリー番組のようだ。十七歳…私と同じ年齢なのに、彼女は科学者として大成している。それに比べて、私は何をしているのだろうか。私がクヨクヨしている間に、みんなは先へと進んでいく。

 私も何かしないと、という焦りを感じた。


 ここで動かないと、私の人生はどうなるのだろうか。一度勇気を振り絞るだけで、私の人生は変わるかもしれない。私はただ楽しい人生を送りたいだけなんだ。


 心の中で、学校に行きたいという心情の灯火がふっと灯った。


 しかし、私はそれだけで行動に移すような人間ではない。しばらくの間葛藤していた。


 ここで学校に行かなければ、私の生活は良くならない。このまま引きこもり続けても何もいいことなんてないし、家族に迷惑をかけるだけ。せっかく行きたいって思ったんだ。このチャンスを無碍にするわけには行かない。でも、本当に学校に行くことで私は楽しい生活が送れるのだろうか?今まで不登校だったんだ、友達を作るのは相当難しいだろう。また、みんなからいじめられるかもしれない。チャンスは待ってればまた来るんじゃないか?いや、今までそうやってずっと待っていて、いい思いをしたことは一度もない。


 そのとき、とある言葉を思い出した。


『私はやりたいって思ったことはすぐにやる。だってそっちの方が楽しいじゃない。』


 私が子供の頃好きだった魔女っ子アニメのセリフだ。そのアニメやキャラクターの名前は覚えていないが、当時夢中になってみていたことは覚えている。


 そう、私はただ楽しい生活が欲しいだけなんだ。

 灯火は業火へと変わりつつあった。






 家の中に皿が落ちて割れる音が響いた。無理もないだろう。七年間引きこもってた娘が、今、目の前にいるのだから。


 母はその手から皿が落ちたことは関係なしに、その視線を私へと向け続けた。何か言いたいといった具合にその口は震えていたが、彼女は言葉を発することはなく、しばらくはシンクに水が流れる音がただ流れていた。


「私、学校に行く。」


 母が何も言わないので、私から先に切り出した。

 それでも彼女は口を噤んだままだった。そのうち、目に涙を溜めながら私に抱きついてきた。


母「そう...頑張ったのね...。」


 私はボサボサの髪をとかし、結いあげたあと、入学以来初めて高校の制服を着た。

 あらかたの身支度が終わり、鏡の前に立つと、私は大きく目を見開いた。本当にこれが私の姿なのだろうか。




 七年ぶりに家の扉を開けて、外に出た。

 普通の人にとっては何も感じないことだろうが、私には外の風景が輝いて見えた。


 肌に当たるそよ風がとても心地よかった。家の扇風機とは比べ物にならない。


 自分の周りの何もかもが、私のこれからの生活を暗示しているかのように眩しかった。


 そんな光に囲まれながら、私は高校に着いた。いざ目の前までくると、不安と緊張が襲ってきた。でも、私はそんなものに負けない。決意したんだ。


 私は学校の敷地へと入っていった。


 校門で一人の大人に話しかけられた。スーツに身を包んでいる見た目からして、恐らく教職員だろう。

先生「君が一ノ瀬さんか?」

 人と会話をするのに慣れていないため、しどろもどろになってしまった。

一ノ瀬「えーっと、そう...です...。あの...あなたは...」

先生「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は一ノ瀬さんのクラスの担任である、鈴谷だ。これからよろしくな。一ノ瀬さんが学校に来るって急報がきたもんだからな、ここで待機してたんだ。」

一ノ瀬「あっ、そ、そうなんですね...。あの...えっと、鈴谷...先生は、なんで私がわかったんですか...。」

鈴谷「ああ、私は人の顔を覚えるのが得意でね、知らない顔の人がいたらそれが一ノ瀬さんだろうなって思ってたんだ。すごいだろ、実際当たったし。」


 私は先生と一緒に校舎の中へ入っていった。


 学校は随分と賑やかだった。静かな部屋でずっと引きこもっていた私にはうるさいくらいだった。


鈴谷「ここが私たちの教室だよ。」

 扉の上には2-3という標識があった。


 私が教室に入ると、みんなの視線が一気に私へと向かった。 みんなは珍しいものを見るような目をこちらに向けていた。


 席に着くと、そのままホームルームが始まった。そこでは、先生は私について触れることはなかった。恐らく、私のことを気遣ってくれたのだろう。


 ここから、私の七年ぶりの学校生活が始まった。

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イデラ物語−6 真倉マリス @maguramalice

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