イデラ物語−4

真倉マリス

第1話 日常

「今回は国家所属の研究者、如月環奈に密着取材をした。彼女は、十七歳にして血液化学のスペシャリストへと上り詰めた。近年、戦闘用薬品の”ヒトフポロイト”を開発したことで…」


 研究室の隅に置かれたテレビが、私のことを取り上げたドキュメンタリー番組を流している。

 それを横目に、私は溶接作業を行っていた。


 精密な部品を特殊合金でできたカバーで包んでいく…。


如月「…できた!」


 私は完成した物体についているボタンを押してみた。物体からは、レーザーで形成された刀身が飛び出した。我ながらいい出来である。


速水「それ、ついに完成したんですね。」

如月「あれ、速水さんいつの間にいたんですか。」


 速水準さんは、私の助手である。


速水「すごいですね、私にも触らせてください。」

 私は彼にビームソードを渡した。

速水「よくできてますね。専門外の分野もこんな完璧にできるなんて、本当に尊敬します。」


如月「特出用に作ったお手製ビームソードだぜ。扱いには気をつけな、超高密度ナストロ粒子線でできた刀身は、そこらへんの金属なら豆腐のように切れるぞ。特殊合金でも怪しいくらいだ。」

速水「ナストロ粒子ってレーザーガンにも使った奴ですよね、あれはそこまでの威力は出せなかったはずじゃないんでしょうか。」

如月「あれは量産を目的として作ったモデルだからね、そこまでの出力は出せなかった。でも、今回は特出のある一人の方が刀を嗜んでいるとのことで、その人のために作れという依頼だったからね。量産する必要がないと踏んで、とびっきりのものを作ってやったよ。」

速水「一人だけのために依頼するっていうのも変な話ですね。」

如月「その一人ってのが、なんでも上のお気に入りって話らしいからな。警察も露骨な贔屓をするもんだよね。」


 すると、突然研究室の扉が開いた。さっきの会話の内容もあって、思わずゾッとした。


 振り返ると、そこには私がよく知る人影があった。


如月「なんだ、茂森さんじゃないですか。」

茂森「研究の方は順調か?」

如月「あなたが来なければ順調でしたよ。」


 茂森さんは政府の役人だ。私は茂森さんを介して政府から指示を受けている。


茂森「俺が来たということは何があるかわかってるな。喜べ、仕事が増えたぞ。」

如月「全然喜べませんよ。ここ最近ずっと忙しかったのに、まだ働けというのですか?少しは私の身になって考えて欲しいですよ。」

茂森「政府はお前のことを高く評価しているのだ。それに、政府のおかげでお前は美味い飯が食えているのだから、これくらいは我慢しろ。」

如月「いいですよね、あなたは。私に指示厨するだけで美味い飯が食べれているんですからね。」

茂森「お前、俺の仕事がどれだけ辛いかわかってないだろ。」

如月「わかってないのはそっちの方だろ!」


 気づいたら私たちは取っ組み合いをしていた。


速水「お二人とも、仲がいいんですね。」

「「仲良くねえよ!」」


 ここで、突如鳴り響いた警報音で私は正気に戻った。


茂森「なんだ、この音は!」

如月「私の機械が異常な電波を受信したんだ。」


 私は機械に接続されているコンピューターの画面を見た。


如月「この電波の形、見るのは初めてではないな。間違いない、”レボルス”が来たんだ。」

茂森「なに、あのレボルスだと!」


 レボルスとは、最近有名な犯罪組織のことだ。彼らの横行には、政府も頭を抱えている。


如月「場所的におそらく洲業すごう製薬工場が目的地だろう。すぐに上に伝えてくれ。」

茂森「わ、わかったぞ。」


 そういって茂森さんは小走りに去っていった。


速水「あの、洲業製薬工場を狙うってことは…」

如月「ああ。十中八九”ヒトフポロイト”が狙いだ。」


 ヒトフポロイトとは、簡単に言うならHPをつくる薬だ。”クルーゲンスコルビア”という成分が主であり、それは外傷を受けた際に体細胞の代わりに破壊される。だから、その成分が体内にある限りどれだけ傷を負っても、痛みやその他の影響はあるが、大きな傷はつかないし、死ぬことはまずない。だが、一度破壊されたら元には戻らない。それに、クルーゲンスコルビアが血液中で生き続けるのには、元々人間の中にある”生きるのに必要な力”を使う。一度ヒトフポロイトが血液の中に入ったら、その力は全てクルーゲンスコルビアの中に入る。つまり、血液のクルーゲンスコルビアが全て破壊された場合、”生きるのに必要な力”もなくなるため、体の機能が停止し死んでしまう。


 ちなみに、この薬は私が”生物の力の根源は全て血の中にある”という性質に着目し、私が開発した。つまり私すごい。


 ヒトフポロイトは戦闘が仕事の警察特別出動隊(特出とくしゅつ)が使えるように調整されてきた。元は軍隊のために作ることを依頼されていたのだが、私とヒトフポロイトの製造を行っている洲業製薬が反戦派であるために、軍隊には支給されていない。


 クルーゲンスコルビアは自発的に増えるのは不可能なので、血中のクルーゲンスコルビアを増やすにはヒトフポロイトを再度服用する必要がある。そのため、常用していくには複数のヒトフポロイトが必要である。そこで、洲業製薬工場では初めてのヒトフポロイト量産ラインを搭載した。


 まだヒトフポロイトは数が出回っていない。そして、レボルスの連中も命を懸けている身としてはヒトフポロイトは欲しいだろうし、それで洲業製薬工場を狙いにしたのだろう。


 しばらく経った後に、茂森さんが帰ってきた。


茂森「とりあえず、特出の奴らに伝えておいたから大丈夫だろう。」

如月「やっぱりこの仕事はつらいですよ。あの薬は世界が少しでも平和になってほしいと思って作ったんだ。犯罪集団に利用されて人を殺させるために作ったわけじゃないですよ。」

茂森「それはどうしようもねえよ。それに、政府の奴らも兵士たちに人を殺させるために、あんたにあの薬を作らせたんだ。本当に世界を平和にしたいんだったら、政府の下に就いた時点で間違いだ。」

如月「それもそうですね。政府の頭の狂いようには呆れています。」

茂森「それは俺も同感だ。まあ、この話はこれ以上続けても意味ないだろう。変な連中に邪魔されたが話を戻すぞ。そう、仕事が増えたんだ。」

如月「そういえばそんな話でしたね。」

茂森「内容について説明する。政府の方々は、最近若い世代の活躍に注目している。」

如月「確かに、特出内でも群を抜いた強さを持っている、精鋭班の一員である神代結は十七歳と聞いた。それに、レボルスの奴らの中にも三人くらい未成年の若い奴がいたことも覚えている。」

茂森「それに、お前も十七歳だろ。そんなわけで、政府は現在若い世代の育成を行っている国立養成所に目をつけた。そこでお前の仕事だ。国立養成所から、活躍できる若い世代をより多く輩出できるようにしてほしいとのことだ。」

如月「なんですか、それ。随分と大雑把ですね。私になにをしてほしいって言うんですか。」

茂森「何をすればいいかわかんないから丸投げしたんだろ。アイツらの中に頭がいい奴はいないからな。政府は、手始めに国立養成所に出向いてみたらどうだって言ってたな。」

如月「確かに、実際に現地に出向くのが良さそうですね。気が向いたらやっておきます。」

茂森「まあそんなところだな。話は済んだし、俺はここで帰らせてもらうぜ。」


 彼が研究室から出ようとした時、扉の前で立ち止まって話をしだした。


茂森「そうそう、上への陰口は控えることだな。俺が来る前の会話が少し聞こえたぞ。」


 その言葉を残して彼は去っていった。


 いや、お前も陰口言ってるだろ。

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イデラ物語−4 真倉マリス @maguramalice

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