異世界から来た、くっころ女騎士

雪野

第1話

「くっ、殺せっ」

 教室で隣に座っている褐色の女の子が、恐ろしい事を口走った。

 大きな二重の瞳が特徴的な濃い顔立ちの美形でスタイルも良く、特に胸元などはセーラー服が弾けてしまいそうな程である。

 そんな美少女が恐ろしい事を言い出したのは、空腹を訴えた彼女に飴を渡したから。

 とはいえ屈辱を感じている訳では無く、実際美味しそうに飴を舐めている。

 結局それは彼女の常套句で、色々間違っていると思うが何度言っても聞かないので説得するのはもう止めた。


 彼女の名は黒井菜乃と言う、俺と同じ高校に通う女子高生だ。それと同時に女騎士かつ、魔界から来た悪魔でもある。

 そんな話を誰が信じるかというくらいの設定で、なんとも頭が痛い。

 ただそれを立証する要素は殆ど無いが、逆に否定する要素がないのもまた事実だ。まさに悪魔の証明という奴か。

 だとしたら本人がそう言う以上、認める他はない。といってもクラスメートは誰もそんな事を信じておらず、多少なりとも理解を示しているのは俺くらいだが。

「太郎、シャープの芯がない」

 華奢な、だけど傷だらけの手が伸びてきた。

 それだけを見れば確かに鍛練を積んだ武人の手で、女騎士を自称する根拠ではある。

 ちなみに初めてあった時から俺の事を名字の奥ではなく、太郎と呼んでいる。そのせいか自分の事も菜乃と呼ぶようにと言われ、正直抵抗はあったが今では黒井と呼ぶ方に抵抗を感じるくらいだ

「全部持っていけ」

 ケースごと手の平に置き、これ以上何も言うなと目線で告げる。

 周囲の視線を気にする時期はもう過ぎたが、ただ一応は授業中である。馬鹿げた会話を交わすだけでも、クラスメートにはいい迷惑だ。

「そ、そんな。一度にこんな、入らないっ」

 1本ずつ入れろよ、1本ずつ。


 午後の授業が終わったところで自宅へ帰り、ため息を堪えつつ玄関をくぐる。

「お帰りなさい」

 リビングのソファーで雑誌を読んでいた母親が、顔を上げて出迎えてくれる。

「なっちゃん、学校はどうだった?」

「悪くはなかった」

「あはは」

 菜乃の台詞に、母親は大笑いして座っているソファーを叩いた。俺としては何一つ面白くないが、それは言っても仕方のない事だ。

「おやつ用意するから、着替えたらリビングへいらっしゃい」

「手間を掛けさせるな」

「あはは」

 菜乃の台詞に、母親は改めて笑い出した。この素っ気なさや口調、とにかく菜乃の存在自体がおかしくてたまらないらしい。

 とにかく着替えを済ませてリビングへ入ると、すでに菜乃がソファーでプリンを食べていた。

「くっ、殺せっ」

 一口食べる度に、菜乃は半笑い気味にそんな事を口走っている。しかし突っ込んでは負けなので、俺はテーブルにあったプリンへ手を伸ばしふたを開けた。

「……何か」

「別に」 

 そういうや、菜乃はぷいと顔を逸らした。しかし俺がプリンへスプーンを差し入れようとすると、鷲みたいな目で凝視してきた。

「……昼、食べ過ぎたかな。俺、ちょっと止めとくよ」

 席を立ちキッチンへと向かうと、その背中に菜乃の若干浮き立った声が掛けられた。

「太郎、残すのはもったいないぞ」

「だったら片付けてくれ。俺はもういらん」

「全く、仕方のない」

 それこそ鼻歌でも飛び出しそうな口調で嘆かれた。そして満面の笑みでプリンを食べているのが、後ろを向いていても分かってしまう。

 さて、俺は水でも飲むかな。それでも一応、腹はふくれるし。


 やがて夕食の時間を迎え、俺も家族と一緒にダイニングで食卓を囲む。

「も、もう入れないで」

「まだまだ、これからよ」

「ひぎぃ」

 ふざけたやりとりをしているのは、菜乃と母親だ。2人が何をしているかといえば、鍋に糸こんをいれているだけ。どうやら菜乃は糸こんが苦手らしく、それを母親がからかっているという構図である。

 ではどうして家族ではない菜乃が俺の家にいて、夕食まで食べているのか。

 その始まりは、夏休みも終わりに差し掛かった暑い午後の事だ。コンビニでアイスを買って家に戻ってくると、玄関先に見慣れない褐色の美少女が立っていた。

 何か用かと声を掛けたら、遠くから訪ねてきたので家に上がらせて欲しいと告げられた。俺は自分の知らない親戚かと思い家に招き入れたのだが、両親も会った事がないらしい。

 困惑する俺達をよそに菜乃の放った第一声が


「私は魔界から来た女騎士で、故あり人間界で世話になる事と相成った。しばらくこの家で厄介になるから、よろしく頼む」

 と来た物だ。


 それを聞いた母親は床で笑い転げ、休日で家にいた父親も「まあ、お母さんが良いって言うのならね」とのんきな発言で話を締めた。

 親の脛をかじっている俺に発言権などあるはずもなく、その日以来彼女は我が家に住んでいる。

 

 糸こんを器用に避けながら鍋を食べている菜乃から悪魔的な要素を見いだすとすれば、褐色の肌だ。

 といっても少し日に焼けたクラブ生と大差はなく、ショートの髪も瞳の色も黒である。間違っても赤かったり青かったりはしないので、悪魔的な要素は感じない。

 対して女騎士の要素といえば剣を扱える点で、朝晩素振りと型の稽古は欠かしていないのは確かにそれっぽい。とはいえ剣道部の部員ならそのくらいはやる生徒もいるだろうし、それだけで女騎士とは判断出来ない。

 ただもう1つ女騎士らしいと思うのは、日頃の言動だろう。といっても君主に使えるそれではなく、陵辱されるあっちの方である。

 という訳で女騎士はまだしも悪魔と考えるのは難しく、多少電波の迸った少女と考える方が自然と言えるだろう。

「あ、熱いのが迸るっ」

 だから一度に頬張るなよ、巾着を。


 食事を終えてのんびりテレビを観ていると、菜乃が声を掛けてきた。

「稽古するぞ」

「いや、結構」

「嫌よ嫌よも好きの内だ」

 全然人の話を聞かないな、こいつ。

 結局庭に連れ出され、木刀を渡される。これから行うのは乱取りで、素人の俺には結構きついのだが悪魔にそんな理屈は通用しない。

「私を好きにしろ」

 隣近所に誤解を招くような事は言わないで欲しい。

 それはともかく木刀を中段に構え、芝の地面をすり足で移動する。女の子に殴りかかる趣味はないが、殴られる趣味もないので。

「せっ」

 小手を狙うがあっさりかわされ、それからつないだ前蹴りも受け流される。代わりに脇腹へ木刀を当てられ、地面に転がり悶絶すると来た。

「立て」

 菜乃は手の平を上へ向け、指だけを動かした。

 この野郎、男の本気って奴を見せてやる。

「やっ」

 握りしめた土を投げて目くらまし代わりにするが、すでに菜乃は俺の背後に回った後だった。

 結局背中に肘だか膝だかを受けて、再び地面に崩れ落ちる。

「男なら立て」

 言いたい放題のやられたい放題で、ぼろ雑巾とは俺のためにある言葉だと思う。しかし戦いの場において、地面に這ったままの俺が何かを語る資格はない。

 だったらどうするか。

「どやー」

 木刀を放り投げて走り出す。菜乃に向かってではなく、菜乃に背を向けて。

「ばーか、ばーか。1人でやってろ」

 走りながらそう叫び、敷地の外へ出て塀に張り付く。後は怒りに震えて追いかけてきた菜乃をしとめるだけだ。

「高見から見下ろす下界は愚かしいな」

 塀の上から、菜乃が感慨深げに呟いている。パンツ見えそうだぞと言う前に、木刀と共に振ってきた。

 そうなればどうなるか。俺は裸足で道路の上に倒れ、帰宅途中のOLに悲鳴を上げられる事となる。

「今日はここまで。女1人満足させられないとは、全くふがいない」

 だから、近所の方々に誤解を招く発言は慎んでくれ

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