クーゲル・クリュプトン
這吹万理
第1部
1-スリーピー・ホロウ
第1話 The Man Known as the "Sign of Death"
顔面にひとつ大きな傷がある。
その傷はよく見れば飛翔する花鶏にも見える。
男の気性は非常に真面目。あるいは不器用。またの名を無愛想。口を開けば気に障り、口を閉じれば視線がイタい。
男はあちらこちらと居所を変え、まるで何処かに留まる気配なし。
故に男は「渡り鳥」と言われていた。
男の名前はシギ・チドリと言った。
男の得物は回転式拳銃。
あるいは小刀。または徒手空拳。
格闘におけるスキルはありとあらゆる物の上。人と争えば負け知らず。
ならば、人ではない相手であれば?
王国最大の河川、カフカ川上流のところにある街では最近、堤防を作るために作業員が大勢集まってきて居て、酒場はいずれも賑わいを見せていた。
その酒場にひとりの少女がやって来た。
少女は獣人だったが、
「おいおい、お嬢ちゃん」
酒場に居た男や女たちは非常にビビっていた。
普段子供と関わることもないから、どうしていいかわからなかった。
「此処は子供の来る所じゃねぇよ」
此処は煙草の煙がムンムンと漂い、肺に良くないことはどんちゃん騒ぎが大好きな酒飲みたちも察していた。
中には煙草を咄嗟に手で握り潰す奴もいた。
「帰んな! 帰ってママが温めてくれたミルクでも飲むんだね!」
「私にママはいないわ」
「ンォア……」
女が地雷を踏んでしまったか、と狼狽えた。
それも気にせずに、獣人の少女は大きく声をあげた。
「此処に〝渡り鳥〟が来ているって聞いたから来た! 我こそは〝渡り鳥〟だと言う奴は名乗り出ろ!」
それを聞いて、酒場の店主は言った。
「〝渡り鳥〟って言えば、40年前に活躍した兵隊さんだろ。教科書に載ってるぜ」
酒場の店主はアルコールにおかされ震える手でコップにオレンジを絞ったものを入れていた。
「もう死んだだろ」
「私が探してるのはその孫だ! 孫がいるはずだ! 名前を継いだんだろ! 出てこい! 〝渡り鳥〟のサシバ!」
「待て待て待て。そんな果たし状でも叩きつけるみたいに呼んだら誰だって現れないぜ。ピザ食うかいお嬢ちゃん。俺が探してきてやるから。どんなヤツなんだ、そのサシバってのは」
「口が多くてお兄ちゃんにセクハラしててめっちゃ陽気でめっちゃクズ!」
最低な野郎だ、とみんな思った。
「あと、怒ると顔にヒビが入る」
「ヒビ? 皮膚が弱いのかね。あとはなにかないか?」
「赤い髪」
「赤い髪なら見たぞ。あそこだ」
心当たりがあるらしい。
獣人の少女は男が指差した先の赤髪に近寄る。
「サシバ! サシバ!」
軍隊式小銃を抱えて、丸くなって椅子の上で寝息をかいていた軍服の男は顔を上げる。この国には珍しく黒い瞳をしていた。
「君は……」
「軍で怪我をしたって聞いたけど……どうしたのっ……!?」
「軍で怪我をした」
酒場の連中は「あれが〝渡り鳥〟の孫か」「あんまり似てねぇな」と口々に噂をしている。
「迎えに来てくれたのかい。……この酒場で待つと、電報を送ったから。ありがとう、とても、美人に成長したね。お兄ちゃんの面影を持ってる」
サシバは立ち上がると、少女の頭を撫でた。
「お兄ちゃんとスケベがしたいな」
「私に言わないでよ! んも〜! すけべ! そんな事ばかりしてるとお兄ちゃんに嫌われるよ!」
男の名はサシバ・チドリ。
両の目の下から小さく伸びた傷。闇夜に下に潜らせると赤く輝いていることが分かる。
血筋の因果の名のもとに、他国侵攻ことごとく。
奪った命は数知れず。得物は軍隊式小銃。
敵国兵士の語るところに伝説。
〝木の上に赤い光があれそれは死相〟
ブラスクエア侵攻においてサシバ・チドリの異名は〝死相〟。ふるい故郷において〝2代目渡り鳥〟が通じる者は片手に鍋を持てるほど。
男の名はサシバ・チドリ。
ついた異名は〝死相〟のチドリ。
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