n度目の箱根訪問記
白神小雪
本文 n度目の箱根訪問記
「そうだ、箱根行こう」
そんな突発的に思いついたこの旅は、想像以上に私に活力を与えてくれた。
箱根には毎年母校の駅伝優勝祈願に訪れてはいた。今年も「いつ行こうか」「どんなメッセージを寄せようか」なんて考えながら日々を過ごしていた。そう、これまでの箱根への訪れは、駅伝を中心に回っていたのだ。
大学生活、ゼミ課題、就職活動と忙しくも変化の薄い生活を送っていた私は、何か新しい刺激を求めていたのかもしれない。気づいた時には旅の計画に美術館の文字が追加されていた。そこで私は、いつもと一味違った楽しみ方をしてみようと強く決心した。
そんな決心とともに、私はロマンスカーに乗り込んだ。わざわざ特急に乗り込んだのは、旅路の景色を楽しみたいのが半分、体力を温存したいのが半分である。箱根へ来た事がない人ために補足すると、箱根での移動は体力勝負だ。公共交通機関は、立ち乗りを覚悟しなければならないし、登山バスに至っては10分以上前から並ぶ必要がある。箱根の山越えは、ランナーでも観光客でも体力の温存が大事なのである。
そんな事を考えながら小田原へ向かっていると、狙い通り車窓からは富士山が見えた。反対側の座席であったため、上手く写真には収められなかったが、その景色の良さに、朝にした判断の良さを賛美したい気持ちになった。
そして電車は、小田原の地へたどり着いた。改札を出て、バス乗り場へ向かっていると右手に小田原城が見えてきた。小田原城もいつか行ってみたいと思っていた土地の1つであった。私は、タイトな旅の予定を少しうらめしく思いつつも、また訪れる口実ができたことに喜びを少し感じていた。
そんなことを考えながらバス停で待っていると、もはや見慣れたバスがやってきた。登山バスだ。私は、少し興奮を感じながら座席に腰を下ろした。そう、向かう先は、旅のメインディッシュ、箱根ガラスの森美術館である。
小田原を抜け、箱根湯本を過ぎ、箱根の山を登り、そして、それは見えてきた。箱根ガラスの森美術館。文字通り、ガラスにまつわる美術品を展示する美術館だ。しかし、その一言で表すには語りきれない良さがここにはあった。
入場券を買い、敷地内に足を踏み入れると、そこは別世界であった。ガラスで形作られた庭園である。至る所に飾られたガラスが輝きを放っていた。そして、よく見てみると木々の葉でさえもガラスでできている。歩く度に発見が生まれ、興奮のゲージがどんどん上がっていった。もはや、庭の探索だけで丸一日潰せそうな勢いである。しかし、せっかく来たのだから、展示を見ずに帰る訳には行かない。そうして私は、入場から1時間を経て、ようやく館内へ向かった。
館内に入るとまた景色はがらりと変わった。美しい洋館の中に様々なガラスの工芸品が飾られていた。来訪時催されていた展示は、「三都のガラス物語」であった。この美術館のテーマであるベネチアン・グラスに加え、同じくヨーロッパのガラス工芸を代表するボヘミアン・ガラス(プラハ)、バカラ・ガラス(パリ)が共に飾展示され、その特徴や歴史を比較しながら楽しめるといった展示だった。展示を巡る中で、ガラスの出せる表現の奥深さやその原理、手法について知識を深められ、終始興奮が止まらなかった。
全ての展示を巡り終える頃には、3時間程の時間が経っただろうか。しかし、それほどに美しく、興味を引かれるものであったのだ。そんな興奮冷めやらぬまま館内を後にすると、隣には売店が存在していた。
引き寄せられるように入ってみると、そこには、とてもお土産としては高すぎる値段の商品が売られていた。しかし、展示を巡った私にはその理由が明確に分かった。それらは、職人の手で丁寧に作られたベネチアングラスなのだと。こんなにも、学んだことがすぐ実感出来る環境もなかなかないだろう。これもこの美術館の良さの1つなのだ。
終始興奮冷めやらぬ時間を過ごしていると、太陽は地平線の下に沈もうとしてた。まだまだ見足りないという思いを胸に、私は、美術館を泣く泣く後にした。ここからは旅のもう一つのテーマの始まりである。
旅のもう一つのテーマ、それは、食事を楽しむことである。しかし、悲しいことに箱根湯本の店は、17時を過ぎほとんどが閉店してしまった。そこで私は、小田原で食事を楽しもうと決心したのである。
かまぼこにおでん、甘味、さすがは宿場町、誘惑は沢山である。しかし、美術館に心を奪われ、絶賛空腹の私の目を引いたのはやはり、海鮮であった。私は、早速小田原ミナカへと足を踏み入れ、お刺身の盛り合わせ定食を注文した。
やはり、港町の海鮮料理は格別に美味しかった。また、セットで着いてきたアジフライも格別に美味しく感動を覚えた。終始感動し、箸を進めていくと、あっという間に定食を食べきってしまった。しかし、その一瞬で30日は生きれるのではないか、そう思えるくらいの活力を貰えると言っても過言ではない満足感であった。
楽しい時間はあっという間なもので、気が付くと帰りの電車時刻が近づいていた。箱根を訪れる度にその時間の足りなさを実感する。
それはきっと、引き寄せられる魅力が沢山あるからである。「今度はここに行ってみよう」「今度は宿泊してみよう」そんなことを考えながら今日という日を振り返る。何よりも「この旅を実行してよかった」と強く感じれたのが、何よりも嬉しく感じた。
おそらく、今まで通りの度の仕方でも十分に活力を得ていただろう。しかし、新しい景色、新しい知識、新しい発見、そういったものが新たに大きなエネルギーを生み出してきれたと感じている。
そんなこの旅に感謝し、幸せを噛みしめて帰りのロマンスカーへと乗車する。また明日から忙しい日々が始まる。しかし、不思議と頑張ってみようと思えた。そんな帰路であった。
n度目の箱根訪問記 白神小雪 @yukishirakami
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