小惑星の水屋さん

新木笹

第1話 プロローグ

 吐き気、めまい、寒気、全身の関節から喉に耳など全部痛い。

救急車を読んだ方がいいのでは?と言う状態で目が覚めた。

目が覚めるとますますめまいがひどくなる。

そして、本当に具合が悪いと助けを呼ぶと言う考えが出来なくなるようだ。


「うあぁぁ。」


 そのまま気絶してしまいたいんだけど、具合が悪くなる一方で都合よく気絶はしない。

無理やり目を開けて回る世界の中を這いまわるよう移動する。

常備薬を飲むのだ。

いつも春先には体調崩すから、熱さましとか咳止めとか用意しているんだよね。


 朦朧としたまま、壁に埋め込み式なロッカーを開けて、赤いプラの救急箱を開ける。

熱を出している人のピクトブラムがプリントされた箱から二錠ほど口に放り込み、ジェル状の栄養補給パウチのストロー咥えて飲み込んだ。

それだけで体力が尽きたような気がしたが、汗だくの衣類を着替えたらホントに力尽きて、意識は落ちていった。


 寝なおしてからどのくらい経ったかわからないけど、今度ははっきりした意識で目が覚めた。

体調はだいぶ回復している。

すごいな。こんなに薬って効いたっけ?

まだめまいはするな。とか、思ってたけどどうにも違うようだ。


「マジで無重力なんだけど?なぜ?」


 見渡すと、4畳半くらいの円筒形のカプセル状の部屋だった。

もぐりこんでいたのはメッシュ状の寝袋みたいなもので、散乱する赤い箱と薬と着替えは吸気口のあたりにかたまってた。

無重力と言う事態に衝撃を受けつつ、飲料水のパウチを開けて含むように飲み込みつつ落ち着こう。落ち着いて思い出そう。


「ここは、地球じゃないっぽい。」


 自分の声が声変わりしていない子供の声だって初めて気が付いたし、手足も小さいし細すぎないか?

小学生くらいなんだろうか?

自分が小学生だった頃の手足のサイズなんて覚えてないよ。


 ゆっくりと思い出していき、今の主観が前世の記憶ってことになりそうだと結論付けた。

思い出そうとしてもこの体の記憶にろくな記憶がないわ。

物心つく前から変な機械で洗脳されてたみたいで、作業機械のような生活をしていたみたい。


 ならば今の主観の前世の方の記憶は?と言うと、これも大して存在していない。

なにせ、名前も思い出せないし、初老と言われる歳だった気はしているんだけど、家族も思い出せなきゃ、仕事も、住んでいた土地も、国も思い出せない。

単に高熱で錯乱してると指摘された方が説得力あるかもしれない。


 うんうん悩みつつも、無意識にトイレユニットで排泄していた。

明らかに地上用のトイレと違う作りなんだけど、自然に使えていたのは体が覚えているのかな?

なんてぼんやり考えてた。


 その後、埋め込み式の小さなモニタを触ってみたら見たことのない文字が表示されたり、壁の収納を開いて何が入っているのか思い出しながら記憶を整理していく。

自分は小惑星帯で非合法の児童労働をさせられていた洗脳済み奴隷で、病気の高熱で洗脳が解けてついでに前世の記憶を思い出した。


「ということなのかな?」


 まるでラノベみたいな話だ。

現実だと思うと驚くほどワクワクしないんだね。


 何はともあれ、自分の立ち位置はまともじゃない気がする。

普通に犯罪組織に使われる末端のロボット化人間なんだろうから、あっさり処分されてしまいそう。

何から何までわからないことだらけだけど、死にたくはないなぁ。


「このカプセルって窓ないのか?」


 こういうのって広大な宇宙を見て、「ここは!?」とか、言いながら驚愕するのがお約束だと思うんだ。

現実は、薄暗い照明の中で、ゴミと一緒に漂いながら地上じゃないよなぁ。とか考えるくらいだね。


 こっそりステータスとか呟いてみたけど、メニューが開いたりはしなかったよ。

チート欲しいなぁ。

ずるいと言われるくらいのすごい能力とかあったらいいのになぁ。

残念ながらそういうのは無いみたいだ。


 漂ってくる救急箱とか薬の箱とか着替えた衣類とか邪魔なんで、まとめてロッカーにしまい込んだ。


「奴隷は労働しないと処分されんのよね。たぶん。」


 エアロックに放り込まれていた簡易宇宙服を引っ張り出しつつ、体が覚えている点検を自然としていく。

それが本当に正しい点検なのかはわからんけどね。

空気漏れとか内部循環器系の異常とか空気浄化装置の動作など、淡々と点検していく。

こんなの知らないんだけど、今世の体は当たり前のように理解しているんだね。

不思議な感覚だ。


 一通り点検が終わったら、簡易宇宙服を着込んでいく。

全身タイツみたいなアンダーを着て、ウエットスーツみたいな宇宙服を着込んでいく。

記憶にある宇宙服ってこんな薄っぺらいものじゃないんだけど、これで問題ないと体は知っているんだよね。

ここは随分と遠い未来なんだろうなぁ。


 バイクのジェットヘルみたいなのをかぶってから両手で首と腰のコネクタを締め上げると、足、股間、背中、胸、首とロックがかかっていって簡易宇宙服が動作を開始した。

問題あると、ヘルメットバイザー内部に赤ランプが激しく点滅するので、修理しなきゃならないはず。

空気漏れに生ゴムっぽいの縫ってパウチを張り付ける、自転車のタイヤ交換みたいなの思い出しつつ、エアロックに入った。


 エアロック内の壁にかけている道具を身につけつつ、レバーを回転させて気密を抜いていく。

外に出れるハッチのランプが赤に切り替わったら減圧完了のはず。

安全帯を最寄りのフックに止めてからしばらく待つと、ランプが緑から赤に切り替わった。


 ゆっくりとハッチを開くと、真っ暗闇である。

記憶の通りだ。

広大な宇宙の光景を期待してたけど、現実はシビアだね。


 安全帯のフックをかけつつ手探り移動して、係留しているスクーターにまたがり、安全帯を固定しなおす。

無重力ではちょっと勢いよく手すりに腕を当てただけで吹っ飛んでいくので、常に慎重に動かないとね。


 またがっているスクーターは、スクーターとは呼んでいるものの、見た目はオレンジの塗装が剥げまくっている長さ5mくらいの電柱みたいなロケットだ。

姿勢制御のホイールと推進剤用のタンクにスラスターが前後についていて、中央にはシートがあると言うシンプルな構造で、船外移動用の頼もしい足である。

背負い式の船外移動ユニットよりシンプルで推進剤がたくさん積み込めるのが気に入っている。


 居住カプセルへの固定策と推進剤やバッテリー充填を兼ねたコネクタを解除して、少しだけスラスターをふかして移動を開始する。

操作した覚えは無いんだけど、体が知っているものだね。

すぐにモニタが点灯して制御装置装置が起動すると、不規則な回転を止めてくれた。


「採掘場へ行こう。」


 太陽風をよけるため、採掘用小惑星の陰に位置していた居住カプセルからゆっくりと離れると、えらく暗い太陽に照らし出された。

遠いんだろうな。


「そして地球の太陽じゃないんだよなぁ。たぶん。」


 めちゃくちゃ遠そうだけど、朝日を拝むとやる気が出てきた。

現状はひどいもんだけど、ここはおそらくSF的な世界だ。

生き延びて、自由に宇宙を駆け巡りたい。

映画みたいな命がいくつあっても足りない人生は送りたくないけど、広大な宇宙のいろんな景色は見て回りたい!

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