アライク=アンライク

ファンラックス @堕落休

もう一人の私


 ここは。夏間の太陽に照らされた漆喰しっくいの校舎。昼休みの二年四組の話題は、先週に行われた中間テストの結果の話で持ちきりだった。

 四時間目に返されたテストの答案に赤インキで書かれた数字を見て喜ぶ者、絶望する者、答案をくしゃくしゃに丸め、あたかも見なかった事にする者…実に多種多様だ。しかしそんな中、ある一つの席を囲む様に大きな人だかりができていた。

 


「木漏日さん!今度良かったら勉強会しようよ!!」

「私にも勉強教えてほしいなぁ〜」

「やっぱ木漏日ってすげーな!!」


 彼女を囲む様に群がっているクラスメイト達は、彼女に反応する余地も与えず賞賛の言葉を次々に口にする。

 しかし、そんな彼女の様子を後ろから蛇の様に睨む女子達がいた。


「なんだよ、木漏日こもれびの奴…テストの点如きでちやほやされちゃってさ」

 金髪ショートに耳ピアスをつけたリーダー格らしき女の子は、机の上に座りクラスメイトの群がりの中にいる木漏日 愛菜こもれび あいなを睨む様に見つめていた。それに便乗するように、周りの女子達も声をあげる。

 

「マジそ〜っすよね。タカダカ試験の点数が良かった位でマウント取るんじゃねーよ」

本当ホント、マジうぜーっすよね!木漏日の奴…!!」

 そこで、リーダー格以外の取り巻きは爆笑の渦に巻き込まれる。


「ねぇ、貴方達…一生懸命頑張った人に対してそんな言い草はないんじゃないかな…?」

 これ以上悪く言われたくなかったのか、一人の女子が彼女を睨む視線に対して優しく言い返す。しかし、その言葉を聞いたグループのリーダー格は、鼻で笑って返した。


「へっ…人を持ち上げて褒め散らかすのはさぞかし楽しいだろうな、

 彼女達は再び爆笑の渦に巻き込まれる。すると、その女の子の目付きがさらに鋭くなった。


「私達が彼女を褒めてるのはそうだけどさ、本人に聞こえる様な大きな声で陰口を言う方がよっぽどタチが悪いと思うよ…!!言われた方もいい気分じゃないし、どっか行ってよ、アンタら」

 彼女達のリーダー格はそこまで言われると、チッと舌打ちをしながら席から立ち上がる。そしてその女の子にズカズカと近づき、今にも殴りかかりそうな形相で思いっきり睨んだ。彼女の口からは地獄の鬼よりも冷徹で、憤怒に満ちた声が漏れ出る。


「上等じゃねぇか。私はなぁ…テメェらみてぇな媚びってる奴らをみると、吐き気がしてたまらないんだよ!!!!」

 そう言い放つリーダー格のは震えていた。そして次の瞬間…遂に拳を振り上げ、目の前の女の子へと振り下ろす!!

 女の子は咄嗟に目を瞑ったが、拳は落ちてこなかった。恐る恐る目を開けてみると、彼女の目の前には一人の女の子が立っていた。


「チッ…!愛菜あぁぁ!!!!」

 そこにはリーダー格の拳を軽々と手のひらで受け止め、凛々しくたたずんでいる木漏日 愛菜こもれび あいながいた。

「私の事ならいい…けど、他人に迷惑かけるなよ」

 そう言い終わった刹那…彼女はリーダー格の体を片手から引き寄せ、みぞおちに発勁を打ち込んだ。それを喰らったリーダー格は軽く嗚咽し、背後の椅子を巻き込み吹き飛んだ。


「テメェえ!!!」


「皆んな仲良く…ね?」

木漏日 愛菜こもれび あいなは倒れた机にもたれかかるリーダ格に優しく微笑んだ。

 

「黙れ…!!このが」

 倒れたリーダー格はゆっくりとその場から立ち上がり、乱暴にこじ開けた教室の扉から廊下の外へと消えていった。

 そして、その後ろから彼女の取り巻きも慌てた様子で彼女の後をついて行く。


「ハンナさん…待ってくださいよぉ!!」

 そうしてクラスの中には木漏日 愛菜を悪く言う様な者は、ただの一人も消え去ったのだった。


「ごめんね…アイさん。アイさんにこんな手荒なことさせてしまって…」

今にも泣きそうになっている女子に対し、愛菜は優しい声をかける。


「いえいえ…ハンナさんに理解させるにはもうこの方法しか無いと思いましたから」

 すると他のクラスメイトも、次々と女の子や愛菜を擁護するよう声をかける。


「先に殴ろうとしたのはハンナの方だから!」

「そうよそうよ!貴方は全く悪く無いわ!!」

「それはそうとさ、やっぱりは違うね!!ハンナを一瞬で投げ飛ばす様はカッコよかったなぁ…」

「勉強も出来て身体能力も抜群…まさに、文武両道とはこの事を言うんだね!!」


 夏の爽やかな風が二年四組のクラスの中を包んでいた。


 木漏日 愛菜こもれび あいな、優等生。誰に対しても丁寧な言葉遣いで素行もよく、勉強部活動共に成績優秀。そしてもの柔らかな目つきでさらりとした長髪を結んだ姿はまさに、容姿端麗という言葉を体現したかの様な高校女子である。

 当然クラスからも人気者で、彼女自身もこんな学校生活に心底満足していた。



 までは…



   ◆ ◇ ◆


 その日の帰り道、愛菜はいつもの様に爽やかな夏風を感じながら帰路に着いていた。

 ヒグラシが鳴き、赤い夕日に照らされた住宅街は証明が照らされたカーテンコール。その中を彼女は踊る様に歩いていた。


「ふふん…ふ〜ん」

 彼女はいつもの道を口ずさみながら歩いていた。

 


 コツコツコツ…


 ふと彼女はその場に立ち止まる。そして後ろを振り向いた…後ろには誰もいない。彼女に耳に聞こえた足音、一瞬…自分の足音とは違う気がした。


 「気のせい…か」


 彼女は再び歩き出す。コツコツと聞こえる足音の音と共に、彼女の心臓がドクンドクンと心拍を速くしていく。

 そして遂にはその場から走り出した。彼女の目にはもはやカーテンコールは映らない。トントン拍子に足を鳴らし住宅街を駆けていく。まるで、に。

 十字路を右に左に曲がり、直線を猛スピードで駆け抜ける。そしてようやく、彼女はようやく家の正面まで辿り着いた。

 彼女は再び後ろを振り向いた…後ろには誰もいなかった。


 なんだ…気のせいだったんだ。


 彼女は急に自分のしていて事を馬鹿らしく思い、自らの顔を赤面させた。


「何やってんだろ、恥ずかしっ…!!」

 彼女はそう呟きながら、玄関の扉へと手をかける。


 あれ…?体、動かない…


 彼女はその場に倒れ、痙攣した様に動けなくなる。

 ぼやける視界の中で、彼女は自分の背後に全身を黒いフードを被った男をみた。そしてその男が手に持っていた物も。


 スタン…ガン…


 そこで彼女の視界は暗転した。




   ◆ ◆ ◆


 彼女は水の中にいた。深い深い水の中に…まるで下から闇が自分を引き寄せるかの様に…

 もがき、苦しみ…彼女の体は無意識に酸素を求め、地上へと這いあがろうとする。


 ガシッ…


 足を掴まれた。

 物凄い力で彼女は闇に引き込まれていく。彼女が下を見るとそこには自分と全く同じ姿の女の子が、真っ黒なその目を覗かせていた。

 掴まれた足を払おうとするが、もう一人の自分のに彼女は抗う術もなく、闇へと引き込まれていく。

 愛菜は暗くなっていく世界の中で、もう一つの声を聞いた。


「ようこそ…私たちの世界へ」




   ◆ ◆ ◆


 愛菜の意識はそこで覚醒した。ガバッとその場から起き上がり、ハァハァと息を切らし、身体中からは真夏とは程遠いくらいの冷や汗をかいている。


「さっきのは夢…?」

 目を覚ましたばかりの彼女が辺りを見渡すと、そこは自分が小さい頃によく通っていた公園だった。

 日はとっくに沈み、鈴虫の静かな音色とポツリポツリと降り注ぐ露の音が、闇の静寂を切っている。


「寝ちゃってたんだ…私。明日学校だし、早く帰らないと…」

 彼女はヨロヨロとその場から立ち上がり、足を引きずるようにゆっくりと帰路に着いた。




   ◆ ◇ ◆


 次の日の朝…八暗来南中学校教室内。愛菜はハッと意識を覚ました。

 彼女は辺りを見渡すと、確実に自分の方を見ながら怯えている様子のクラスメイト。そして、地面からは血をを出して倒れているハンナの姿があった。



「おは…よう???」

 彼女は生憎あいにく目覚めたばかりで全く理解が追いついておらず、ただ一言そう呟いた。

 するとヨロヨロと立ち上がってきたのは、クラスの中で荒くれ者のハンナこと飯島 帆奈いいじま はんなであった。


「おはようございまぁす。何…昨日に引き続きこれ以上喧嘩売ろうって気か…!?」

 ハンナは愛菜の方へ加速をつけ、拳にありったけの力を込める。


「は、ハンナさん!?」

「往生しやがれ…この性悪女が!!」

 ハンナは血管がはち切れそうな程、膨らんだ拳をこちらに振り下ろす。愛菜は咄嗟に両手でガードするが、ハンナの拳は顔面にぶち当たった。

「ゴハッ!!」

 顔面に強烈なダッシュブローを喰らった愛菜はそのまま後ろまで吹き飛び、教室のスライドドアの部分に勢いよく頭をぶつけ…止まった。

 そして彼女は再び深い眠りへとつくのだった。








   ◆ ◇ ◆

 

「ったく…まさか優等生であるお前が、急にこんな問題を起こすなんてな…前代未聞だ。それも、相手はこの辺では負けなしのさん。お陰で担任である俺が、一日中お前を見張ってなきゃならねぇのよ。ま、俺が持ってる教科が選択科目の美術であったから良かったものの…」

 彼女にそう語りかける彼は、愛菜のクラスの担任二年生美術担当の秋山 勝あきやま まさるであった。旧校舎の今は使われなくなった教室で愛菜と秋山は、長机を境に向かい合っていた。


「すみません…先生。迷惑をかけてしまって」

 彼女の言葉を聴き終えると、秋山はパイプ椅子にダラんと腰掛け、ポケットから取り出したジッポで持っていた葉巻に火をつけた。


「んで…お前のような人間が、一体何を思って今回みたいな暴挙に出たんだ?」


 

「先生私、ハンナさんを殴ったりなんかしてません!!昨日の夜から全く意識がなくて、信じられないと思いますけど本当です!!」

 秋山はタバコをゆっくりと吸いながら、彼女の話にゆっくりと耳を傾けていた。そして鼻から勢いよく白い息を吐いた。


「ほぉ…今話してるのがハンナだったら意味の分からない言い訳で済んだものの、お前みたいな聖人君子の人間に、そんな真面目な風に言われちゃうと余計真実味が湧く。それで…さっきまでスヤスヤと眠っていた眠り姫は、目が覚めてから懐古一番にどんな話を聞かせてくれるのかな?」


 

————————————

 

 彼女は先生に昨日の帰り道に起きたことの全容を話した。

 話している最中、秋山は微動だにせず話に聴き入っており、彼女が話をし終えると大きなため息をついた。そして、手に持っていた葉巻を再び口にし、ゆっくりと白い息を吐き出す。


「後ろから男に気絶させられて、気がついたら公園にいた。そしてそのまま家のベットで寝て、気がついたら教室にいた…と。こりゃあまた物騒な。ツイてないな木漏日」


「全く…本当ですよ」


 張り付いた笑みを浮かべる愛菜とは裏腹に、秋山は自身の手を頭にやり、まるで彫刻家『オーギュスト』の像のような姿勢をとった。

「昨日以前に、同じような現象に遭った事はあるか?」


「いいえ、全く…」


「最近はストレスみたいなの…は感じてなさそうだがなぁ、木漏日は」

そこまでいい終えると、秋山は我慢できなかったのかたまらず口に葉巻を持っていく。


「あ…でももしかしたら最近、やテスト勉強や部活で忙しくてあんまり寝れてなかったかもしれません」


 秋山はこれまでよりも強く白い息を吐いた。

「念の為にも病院には行っておいた方がいいな。それと、には関係ないかもしれないが、今回の件でお前は一週間の停学だ。      

 ハンナと揉み合ったまではいいが、体育教師の肉谷にくたにをボコボコにしたのが不味かったな。アイツ、あれから完全に萎縮しちまって…とても体育会系とは思えない有様になっちまった」

 秋山は軽くジョークを言うように微笑みながら彼女にそう告げた。


「本当ですか…!?私、とんでもないことにやらかしちゃったぁ。どうしよう…」

 彼女の顔からみるみる血の気が引いていく。


 すると、秋山は彼女が一番心配にしている事を勘付いたのか、彼女に対してこう返した。

「大丈夫だよ。このままお前みたいな優秀な人材を逃がしでもすれば、我が校の面子丸潰れだからな。今回の件は調には載せない。というか…俺筆頭にお前の事を普段から見ている先生は、みんなお前が問題を起こしたって事を疑ってたぞ。

 まぁ…だからともかく、お前は一週間頭を冷やせって事だ。本当にただそれだけ」


「本当ですか!?良かったぁ…」

 愛菜は秋山の話を聞くと顔色を取り戻し、ほっと胸を撫で下ろすのだった。


 その様子を見て、秋山は短くなった葉巻を口に咥えた。

「だがな…少し問題がある」

 秋山はそのまま長机に手をつき、そのまま話を続ける。


「今回の件でハンナや周りの取り巻き、更にはお前の事を慕っていたクラスメイトからもお前に不信感を持つ者が現れ始めている。他の生徒からあの時のお前の様子を聞いてみれば、それはもう…とんでもなかったらしいじゃないか」

そう話す彼の息は、葉巻を吸い続けた事で白く濁りきっていた。


「私が目覚める前に、一体何があったんですか…?」

 愛菜は恐る恐る秋山に尋ねる。


 すると秋山は下を向きながら、吐くように言い捨てるのだった。

暴怒女バーサーカーが暴れていた…らしいな」


 



   ◆ ◇ ◆


 その日の帰り道…愛菜は自らの家への帰路についていた。しかし、そんな毎日を通っていた道を明日からしばらく使う事すらできない。

 彼女の脳は水の溢れたフラスコのように、あらゆる情報をシャットアウトしていた。


「私、停学なんだわぁ…学校を1日も休まなかった私があぁ…」

 まるで語尾がスロウモーションになったかのように訛り、とても優等生とは思えない具合の自堕落で彼女は帰路についていた。


 コツコツコツ…


 彼女は勢いよく振り返る!!だが…そこには誰もいなかった。

 愛菜の耳には聞こえていたのだ…自分の足音以外のコツコツとしたコンクリートの硬い音が。


「誰!?いるのは分かっているのよ!!」

 彼女がいくら叫んでも、返ってくるのは喧騒としたひぐらしの鳴き声だけだ。

 彼女は自分の背後を警戒しつつも、再び家への道を歩み始めた。


 コツコツコツ…コツコツコツ


 乾燥したコンクリの音がひぐらしの鳴き声の中で、彼女の心を掻き立てるように響く。

 昨日のように十字路を右に曲がり左に曲がった。家が立ち並ぶ住宅街をひたすらはやあるき遂には家の前まで来た。


「あぁー今日も疲れたなーー」

 彼女が玄関の扉に左手をやった…その刹那!!彼女の背後にいた全身黒いフードを被った男が、右手に持っていたスタンガンを彼女に突き出す!!

 しかし昨日よりも後ろを警戒していた愛菜は辛うじて、後ろからビリビリと迫ってくる音を聞いていた。


「キャッ…!!」

 彼女は一瞬の判断で男のスタンガンを回避し、その場に尻餅をつく。

 すると、男の右手はスタンガンを持ったまま玄関の扉に激突した。壁に当たった衝撃でバチンと静電気が飛び散ったかと思うと、男は思わず顔をしかめ、スタンガンをその場に落とす。


「あ、貴方…昨日の。今度は私に何をしようっての!?」

 愛菜は男の落としたスタンガンを咄嗟の判断で拾い、男へと構えた。男は愛菜の方ゆっくりと見つめ、少し時間をおくとケタケタと猛烈に笑い始めた。

「おぉ…君が、君こそが成功作品。私達の光となる存在!!」

 男はずっとブツブツと何かを呟きながら更にケタケタと笑っていた。

 

「あぁ…君は何もしなくて良いさ、そのままで良い…そうすればは直ぐに大成する。何もしなくていい…受け入れろ」

 と、次の瞬間…男がガバッと天を仰いだかと思うと、胸からはメキメキと音が鳴り、腹を裂きながら一本の腕が生えてきた。

 それだけではない…背中や横腹からもメキメキと音を立てて、まるで巨大蜘蛛のような太い腕が何本も…何本も生えてきた。


「は…?」

 彼女が見上げるそれは、もはや人間とは呼べない。

 住宅街のとある玄関…そこにはが、一人の少女を見下ろしていた。


「受け入れろぉ…受けイレロォ…タダウケイレロォ!!!!」

 化け物となった男はケタケタと笑い続けていた。

 

 


 

 

 

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