第2話 男と女とありえない常識

「……ん?」


 瞼に光りを感じて、俺は身じろぎをする。

 これは太陽の光ではなく、人工的な光。つまり、電気による光りだ。

 

 ……あれ? そう言えば俺はどうなったんだっけ?

 よく分からないまま全裸で倒れてて、その後襲われている女を助けようとして化け物にパンチをして……。


「はっ!?」


 色々と思い出した俺は、がばっと布団を蹴落とすようにして起き上がる。

 反動でかけられていた布団が床に落ちたが、そんなのお構いなしだ。


 あの化け物はどうなったんだ。あの女は。というか、どうして俺は生きているんだ!?


「あら? 目が覚めた?」

「!!」


 横から聞こえてきた声に俺はビクッと背中を震わせる。

 そして恐る恐る視線を横に向けると、


「別に、そこまで警戒する必要はないのだけど?」


 想像を絶するような美人が視界に飛び込んできた。


「はわっ!」

「……何よ、その変な反応は」


 童貞丸出しの反応に、美人が呆れたような声を漏らす。

 しかし、その反応になるのも無理はないほどの美人だったのだ。

 それも、俺が光に包まれる前に見ていた好みの女優と瓜二つ。唯一、髪の色が水色(女優は黒)だったものの、長髪ストレートだったので問題なし。


 形のいいおっぱいと、所謂美人系と言われる整った顔立ち。そして、そのおっぱいを惜しげもなく披露するような、胸元が開いた衣装。

 更に胸元だけでなく、お腹や太腿も露わになった衣装であり、何というかエロアニメとかで出てくる敗北戦闘ヒロインみたいな衣装だった。

 ……正直、めっちゃそそる。


「それよりも!」

「っ!?」


 いきなり説明した整った顔が迫ってきて、俺は思わずのけぞってしまった。エロいこと考えてる場合じゃなかったぞ!


 いや、無理無理無理。こんな好みの顔が迫ってきてのけぞらないやつはいないって! まじで、本当に無理。

 AVに出ていた時から言われていたが、何故AV女優になったかと言われるほどの容姿。世が世なら世代ナンバーワン女優(正当な)と言われていたのだ。

 彼女もいない俺にとっては余りに刺激が強すぎる。


 そして、ソープで童貞を卒業したとはいえ、好きな女性とシたことはないので本質的には童貞みたいなもんだ。


 以上の理由から、ほぼ童貞の俺にとってはどう考えても刺激が強すぎる。

 しかし、女は俺の事情を全く考慮せず(できるわけがない)、この世界のにかかわることを口にしたのだった。


「どうして、あなたはされてないの?」

「…………はい?」


 聞き間違いか? そう言えば、意識が途切れる前に同じようなことを言われた気がするけど……。


「だから、どうして去勢されていないかって聞いたのよ」


 聞き間違いじゃなかった。聞き間違いであってほしかった。

 えっ、去勢? 去勢って言ったよなこの人。

 美人から去勢とか言われると股間がむずむずするので、ほどほどにしてほしい。


 ……じゃなくて! 

 どうして去勢されてないのかって質問自体が理解できない。逆に、どうして男としての尊厳を切り落とされなきゃならんのだ!

 俺が性犯罪者なら分からなくもないが、別にAV好きなだけで犯罪的なことは誓って一度もしたことはない。


「……逆に伺いますが、どうしてそんな事を? 普通は去勢なんてされませんよね?」

「……何言ってるのよ。この国の男は生まれた瞬間に、一部以外は去勢されるルールでしょ?」

「…………」


 ダメだ。言っていることが何一つ理解できない。……違う、理解したくないの間違いだ。

 

 そして、当初の見立て通りここはやはり慣れ親しんだ日本ではないみたいだ。

 恐らく、漫画やアニメでいう所の異世界転生とやらをしてしまったのだろう。


 日本ではAVにしか興味がなかったけど、異世界転生という概念くらいは知っている。というか、そんなコンセプトのAVもたまに見てたし。


 異世界の内容は作品ごとに違うが、日本とは異なる世界観であることがほとんどだ。大体、中世のヨーロッパっぽい雰囲気だったりする。

 場所によっては魔法が使えたり、とんでもない能力が使えたりすることもあるが、今はそんな事どうだってよかった。

 男の尊厳について事実確認することの方がよっぽど大事である。


「少なくとも、俺はそんなバカげたことなんて聞いたことないけどな。男だからって去勢されるなんて」


 尊厳を守るために敬語がどこかへ行ってしまったが、目の前の女は特に気にした様子はない。


「私こそ、あなたが話していることが何一つ理解できないわ。だって、それがこの国のルールだったはずだもの」


 ダメだ。これ以上はいくら言ってもお互いに歩み寄ることはできないだろう。

 取り敢えず、まずお互いの素性から把握していかないと。


「そもそもだ、ここは一体どこなんだ? 俺はこの世界の住人じゃない。気付いたら、最初に出会った森の中で倒れていたんだ」

「……この世界の住人じゃない?」


 俺の事を訝しむような視線が向けられるが、嘘を言ってもしょうがないので平然としておく。

 事情を呑み込めてないのは俺だって一緒だ。


「俺の言っていることを信じてほしい。というか、去勢されていない事実がそれを証明してるんじゃないのか? この世界では男が去勢されるんだろ?」

「……確かに、あなたの言う通りね。男が去勢されることなく、この森の中をうろつくこと自体、あり得ない話だもの」


 女はそう言って、あっさりと納得したような言葉を呟く。

 俺としては拍子抜けもいいところだが、それだけこの状況があり得ないということの裏返しなのだろう。

 ……男が去勢されていないのがあり得ないとか、マジで嫌なんだけど。


「えっ、マジで去勢されてるの、男って?」

「当たり前じゃない。生まれて男だと分かった瞬間、去勢される。去勢されなかった一部も牧場に行くわけだから、ついてる男が外をうろつくなんてありえないの」

「…………」


 去勢だけならまだよかった(よくない)のに、牧場って言葉も聞こえてきてげんなりとして気分に拍車をかける。

 AVやエロ漫画で牧場という言葉はそれ相応の意味を持つが、今聞こえた牧場という言葉も恐らく、同じ意味で使われているのだろう。

 男の牧場なんて、どこに需要があるんですか!?

 

「だけど、別の世界からやってきたなんて、あり得るのかしら?」

「それは俺も同じ意見だけど、事実として起きちゃってるんだから否定しようがないんだよな」

「うーん、確かに……あなたの言う通り異世界転生でもしてこないと、去勢されていない理由が説明できないのよね」

「は、はは……」


 もはや乾いた笑いしか出てこない。この世界、マジで男は去勢されるんか。

 目の前の美人を見た時は勃ちかけてた息子が今は見る影もない。しわしわになっている。


「……えっと、じゃあ話を整理すると、この世界では男が去勢、もしくは牧場送りにされることが当たり前で、去勢されていない俺が異端であると」

「ええ、その通りよ。異端というか、絶対にありえない存在なの。ちなみに、去勢されてるされていない関わらず、勝手な行動をした男は基本処刑されるわ」

「……えっ、じゃあ俺は結構まずいんじゃ?」

「……そうね。少なくともまともな奴だったら、倒れた時点であなたを殺していたでしょうね」


 ぞくっと背筋に冷たいものが走る。

 殺すと言った時の彼女の瞳。少なくとも、俺には本気で言っているように見えた。

 

「………じゃあなぜ俺を殺さなかった? 気を失っていたのなら、殺し放題だっただろ?」

「まともな奴だったら言ったの、聞こえなかった?」

「お前はまともじゃないと?」

「この世界で判断するなら、かなり異常者よ。……まあ、あなたからしたら普通に映るんでしょうけどね」

「普通?」

「そう、普通。だって私は、だから」


 全く持って聞きなれない言葉が聞こえてきた。

 ……この世界に来てから聞き慣れない言葉しか聞いていない気がする。

 去勢反対派については一旦おいておこう。他に聞きたいことが多すぎる。


「……えっと、その、あんたが去勢反対派だったから俺は助かったと」

「エレーナ。私の名前よ。そう言えばあなたの名前も聞いてなかったわね」

「ヤマトだよ」

「へぇ、不思議な名前ね。まあいいわ。とにかく、ヤマトは私のお蔭で助かったの。感謝しなさい」


 日本人の俺からしてみるとエレーナの方が聞きなじみがないけど、この世界では普通なのだろう。

 そんなエレーナは得意げにふふんっ! と胸を張る。冷静沈着なタイプだと思ってたけど、意外と茶目っ気のある性格なのかもしれない。


「それで、あなたの股間以外にも聞きたいことがあって……あの力は何?」

「あの力とは?」

「あの化け物をぶっ飛ばした力よ」

「力って言われても……正直、何がなんやらって感じなんだよ。俺が認識して出したわけじゃないし」


 あの力についても聞きたかったことの一つだった。

 元の世界にいた時はもちろん、この世界に来てからもあんな力を扱えるイベントがあったわけでもない。


 異世界転生している連中は揃って転生後に何らかのイベントがあり、能力を身に付けている。

 しかし、俺は倒れてただけだし、森の中を彷徨っていた時も特にそんなイベントは起きていなかった。

 可能性としてはエレーナを助けた時くらいだが、あの時に何か起こった感じはなかったんだよな~。

 

「エレーナが襲われてたから必死で……というか、結局化け物はどうなったんだ?」

「1匹倒してくれたから、残りは私が倒しておいたわ。手負いだったとはいえ、隙が生まれたから何とかなったって感じ」

「そうだったのか」

「うん。だからありがと。助けてくれて」


 ペコッと頭を下げるエレーナに、何故か俺も頭を下げる。これも日本人の性ゆえのものだ。


「だけど、あんな手負いだったのによく倒せたな」

「最初に襲撃を受けた時は不意打ちに近いものだったからね。まあ、あのまま3匹と戦ってたら流石にどうなってたか分からないけど」


 苦笑いを浮かべるエレーナ。それほどあの化け物たちが強敵だったということだろう。

 しかし、それなりの傷を負っていたはずなのに、彼女の腹や足に傷跡らしきものは見えない。どれくらい眠っていたか分からないけど、こんなに傷が早く治るっておかしくね?


「それにしてもあの化け物を一人でって、なんか特殊な能力でも持ってるのか? というか、傷もなくなってるし」

「えぇ、持ってるわよ。というか、この世界の女性は何らかの力を持ってるのが普通なの。傷はポーションさえかければある程度治るわ」


 こっちは冗談のつもりで聞いたのだが、まさか正解を引き当ててしまったらしい。

 どこまでも異世界だなここは。ポーションとかもゲームとかでしか聞いた事がないぞ。


「ポーションは良いとして、ちなみにエレーナはどんな能力を持っているんだ?」

「私はこの双剣をうまく扱う能力に長けているの。ほら、見てて」


 横に立てかけていた双剣を手に持つと、簡単にぶんぶんと振りまわす。

 パッと見はモン〇ンの双剣に近いと言えばいいのか。それなりに重量がありそうだが、いとも簡単に振り回しているので能力云々は本当なのだろう。


「あなたも持ってみる?」

「えっ、いいのか?」

「うん。あなたに攻撃性はなさそうだし」


 敵認定されていないようで逆に安心した。下手に敵認定されると去勢されかねないからな。

 俺は彼女から両手剣を受け取り……おもっ!? いや、重いとは思ってたけど、こんなに重いとは思わなかった。

 少なくとも、目の前にいるエレーナが振り回せるとは考えられない。


「どう? かなり重たいでしょ?」

「あぁ、本当に。能力っていうのも本当だったんだな」

「能力だけで見たら普通のものなんだけどね。強い人はもっとえげつない能力を持ってるから」


 エレーナ以上に強いやつもいるのか、この世界は。きっと魔法使いとかいるんだろうな~(適当)。

 まあ、その話もおいおい聞いてみるにしよう。


「それで結局、ヤマトの能力は分からずじまいと」

「うん。この世界の事を聞けば何かわかるかと思ったけど、余計に分からなくなったわ」


 男が普通に存在して、男にも能力が付与されるのならば話は別だけど、それを全否定されたからな。

 もはや皆目見当がつかない。


「他に何か思い出せない。例えば、森をうろついていた時とか、それこそこの世界に何かしてなかったとか」

「森をうろついていた時は特になにも。この世界に来るまでもシャワーを浴びたくらいで……あっ」

「何か思い出したの?」

「いや、まあ、思い出したには思い出したけど、絶対に違うだろうなって」

「些細なことでもいいわ。教えて頂戴」

「オナニーしてた」

「……はい?」

「だから、オナニーしてたんだって」


 我ながら最低なことをカミングアウトしている自覚はあるが、相手が聞きたいと言ってきたのだから仕方がない。

 俺としても変わったことをしていたとしたら、オナってたなくらいしか思い浮かばなかったのだ。


「……何を言い出すのかと思ったら」

「そうはいってもさ、俺としてもこれくらいしか思いつかなかったんだって」

「うーん、それなら検証してみるしかないわね」

「検証?」

「実際にやってみるしかないってこと」


 なんだろう、もの凄く嫌な予感が……。


「ヤマト、早速で悪いんだけど服を脱ぎなさい」


 お母さん、俺は異世界に転生してそうそう、美人の前でオナニーをすることになるかもしれません。

 


 

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