第1話 お別れ?
「ねぇ、まだ終わらないの〜?」
スマホで旅行サイトを見ていると、いつの間にか隣に座っていた彼女が少し拗ねたように俺の肩をツンツンと突いてきた。
親友の
「ごめん! 帰ってたの気づか」
「旅行行くの?」
「あ、うん」
「ふうん。誰と?」
この感じ、結構ご機嫌斜めかもしれない。ここで「
せっかくだし、北居とも旅行に行くけど、いい機会だから彼女とも旅行に行くことにしよう!
……お互いの家に泊まったことは何度かあるけど、旅行はまだ行ったこと無いからな。
一瞬でそう考えをまとめた俺は、自然な感じを心がけて彼女に答えた。
「もちろん、
「えっ」
彼女は驚いたように目を見開いた後で、すぐにその目を伏せる。
もしかして、不機嫌になっていたことを反省しているのかな。
それとも、旅行はまだ早かっただろうか。
「大阪は行きたいって言ってたよな。あと、京都か神戸か奈良あたり回れたらいいなと思うんだけど、どこか行きたいところある?」
彼女の態度は少し気にはなったけど、構わずに話を続ける。ここは強く押した方がいいと思ったからだ。
ところが。
少し経ってから返ってきた彼女の返事は、俺の心臓を凍りつかせた。
「さよ……なら」
えっ?
今、なんて?
錆びついたロボットのようなぎこちない動作でゆっくりと首だけを彼女の方へ向けると、彼女もゆっくりと視線を上げて上目遣いで俺を見る。
「……ダメ?」
ズルいよ、その上目遣い。その目をすれば俺が何でも許してしまうの分かってるくせに。
でも、こんな時にまで……
「なんで」
「え? なんとなく、かな」
「は?」
なに、俺、「なんとなく」で振られるの? こんな急に?
ただ、旅行に誘っただけなのにっ!
先ほどと同じようにギギギと首を元に戻した俺は、両脚を折り畳んで膝の上に両腕を置き、その腕の中に顔を埋めた。
思いもよらない急な理不尽を受け入れられない、泣き出しそうなこんな顔を、彼女に見られたくなくて。
「迷ってるの?」
俺の気持ちなんてもう、どうでもいいのだろう。彼女は無邪気にそんなことを聞いてくる。
「当たり前だろ」
「う〜ん……」
困ってるのか、そうだよな、俺が迷ったところで彼女はもう別れたいんだもんな。
でもさ、そんなこと急に言われたって
「じゃ、2人とも初めましてにする?」
「……は?」
顔を上げてみれば、彼女はとてもいいことを思いついたとでもいうような、得意げなドヤ顔をしている。
意味がわからない。
一度別れるけど、また初めて出会ったみたいにして最初からやり直そうってこと?
「
……は?
……え?
…………あぁっ!
凍りついていた俺の心臓が、一気に熱を持って拍動を強める。お陰で顔も一気に熱を持った。
なんだよ、紛らわしいなっ!
わざと? わざとなのか?!
……これがわざとじゃないから、怒れないんだよなぁ、彼女の場合。
彼女は出会った時、一人称を名前で話していた。だけど子供っぽいからやめた方がいいと、付き合い始めてから注意して、最近は気を抜かなければちゃんと一人称は「私」に定着してきたところだ。
さっきはきっと、気を抜いていたのだろう。まぁ、俺の前で気を許してくれるのは、嬉しいことではあるのだけど。
「じゃあ、奈良にしようか」
「えっ? いいの?」
「うん。
「うん! ありがと!」
嬉しさを爆発させるように、彼女が俺に抱きついてくる。おれは彼女の体を抱きしめながら、小さく呟いた。
「『さよなら』は、勘弁だけどな」
「えっ? なんか言った?」
「別に?」
教えてなんかやるもんか。
彼女の不用意な言葉で俺がどれだけショックを受けたか、なんて。
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