蛍売
横手さき
蛍売
秋田のどこか。
冬初の頃。
一日目。
夜。
ガチャ。ガラガラ。バシン。カチャ。
玄関の戸に鍵がかかった。
「ただいまー」
「おかえりー」
真っ暗な玄関に少年少女の声が響く。
少年の声は玄関のさらに奥から、少女の声は玄関からそれぞれ発せられている。
少女が奥へと歩く。真っ暗だが、勝手知ったる自分の家なのだろう、するすると移動する。
ギギ。
椅子の軋む音が聞こえた。
「蛍、今日も売れなかったの?」
少年は少女に言う。
「今日もね。でも大丈夫。明日はきっと余裕」
少女が答えた。
ことん。バフンバダン!。
少女は何かをそっとどこかへ置き、次いで何かを乱暴にどこかへぶん投げた。
「大丈夫なの?もう秋を通り越して冬だよ?そしてまた春だよ?」
「いいの。さ、ご飯ご飯」
「今日は何?」
真っ暗な部屋で、二人は夕飯を食べた。
ぶりこの匂いが立ち込めていた。
二日目。
ガチャ。ガラガラ。バシン。カチャ。
玄関の戸に鍵がかかった。
「ただいまー」
「おかえりー」
昨日と同じく、真っ暗な玄関に少年少女の声が響き、少女はするすると奥へと向かう。
「今日はね、一匹」
少女が少年に言った。
「やったじゃん!もう冬だし誰も蛍買ってくれないよ思ってたよ!」
うっすらとしか見えないが、食卓で宿題をしていた少年が言う。
「どんな季節でも需要はあんのよ」
少女は言った。
ことん。バフンバダン!。
少女は手にしている何かをそっと置き、次いで鞄のような物を乱暴に椅子へとぶん投げた。
「さ、めしだめしだ」
「今日は何?」
昨日に比べ、少しだけ明るい真っ暗な部屋で、二人は夕飯を食べた。
地鶏の香りが立ち込めていた。
三日目。
ガチャ。ガラガラ。バシン。カチャ。
「ただいまー」
「おかえりー」
連日と同じく、真っ暗な玄関に少年少女の声が響き、少女はやはりするすると奥へと向かう。
「今日はね、三匹」
少女が言った。
「しょっしゃ!」
まだよく見えないが、食卓で掛け算のドリルをしていた少年が言う。
ことん。バフンバダン!。
少女は手にしている籠のような物をそっと卓上へ置き、次いでスクールバックを乱暴に椅子へぶん投げた。
「今日は何?」
昨日よりは少しだけ明るいほの暗い部屋で、二人はしょっつる鍋を食べた。
四日目。
ガチャ。ガラガラ。バシン。カチャ。
「ただいまー」
「おかえりー」
少女は食卓の間へと向かう。
「今日はね、売れなかった・・・」
少女が言った。
「そっか・・・」
少年が言う。
昨日と同じほの暗い部屋で、二人はスーパーの半額お寿司を食べた。
飛んで十日目。
ガチャ。ガラガラ。バシン。カチャ。
「ただいまー」
「おかえりー」
少女は食卓の間へと向かう。
「今日は二匹」
少女が言った。
「うっし!この調子なら!」
少年が喜ぶ。
「だね」
少女も喜ぶ。
ことん。バフンバダン!。
少女は手にしている豪奢な籠をそっと卓上へ置き、次いでスクールバックを乱暴に椅子へぶん投げた。籠からは柔らかい光が発せられており、部屋全体を明るく照らしている。
「今日は何?」
「ハンバーグだ」
「!」
明るい部屋で、二人は夕飯を食べた。
十二日目。
高校音楽室内。
昼休み。
「えー蛍の寿命はーほふほふーだいたい二週間ほどでーほふほふー」
「なにそれ?」
「え?理科の本郷の真似のトランペット版」
「長い似てなさ過ぎて天才」
少女が友達らと話していた。
十三日目。
ガチャ。ガラガラ。バシン。カチャ。
「ただいまー」
「おかえりー」
少女はいつものように食卓の間へと向かう。
「今日の二匹で籠満杯」
少女が言った。
「うっし!これで来年も大丈夫!」
少年が喜ぶ。
「安泰安泰」
少女も喜ぶ。
ことん。バフンバダン!。
少女は手にしている豪奢な籠をそっと卓上へ置き、次いでスクールバックを乱暴に椅子へぶん投げた。
「今日は何?」
「きりたんぽ鍋」
とても明るい部屋で、二人は夕飯を食べた。
十四日目。
外。
「ねーねー籠ここにしまうの?明かり凍らない?」
「大丈夫。来年ここから光るようにするためだから・・・よしっと・・これで最後」
「これで今年も終わる・・・クリスマスだプレゼントだ・・・」
「はいはい」
「でも変だよね」
「?」
「灯りを売って明かりを買う・・・どこでこの明かりって売ってるんだろう・・・」
「買い方はそのうち教えるけど、その前に蛍の捕まえ方だよね」
「ら、来年は頑張る・・・」
「はいはい。来年はノルマ十籠ね」
「う、うん」
二人は我が家へと帰っていった。
蛍売 横手さき @zangyoudaidenai
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