逆行転生自己育成リア充計画~リトライ、リア終小説家の遅すぎた初恋~

九一七

第1話:転生?

「俺もとうとう死ぬのか……もう目も見えないや。ああ、あの頃に戻れたらなぁ。絶対に雅美を助けるのに」


 一人の老人が死の間際に強く願った。もういちど人生をやり直せたらと。


   ◇◇◇


 若いころから遊び惚け、苦しいことから逃げ続け、面倒なことから逃げ続け、女性とは遊ぶだけで結婚もせず、自堕落かつ不摂生に生きてきた小説家吉崎武夫は、生活を改善することなく還暦を迎えてしまった。独り身は楽だが、それは健康的な生活があってこそだ。不摂生が祟って体はボロボロ。そしてついに、病に倒れてしまった。


 体を壊して自由が利かなくなり、健康のありがたみと一緒にいてくれるパートナーの重要性を理解した。幸い、蓄えだけはあった。住む場所に関しても両親が残してくれた家がある。武夫は小説家を引退し、アパートを引き払い、誰もいない田舎の実家に戻った。


 体と相談しながら無理をせずに実家の荒れた庭を少しずつ整えたり、不用品を整理したりしているうちに、体を動かしたことで体調も少し戻った。


 そんなある日に届いた手紙。そこには中学校の同窓会の誘いが書いてあった。大学入学以来ずっと都会にいたからか、体を病んで心が弱くなってしまったせいか、懐かしさが込み上げてくる。そういえば今までは同窓会の誘いに乗ることはなかった。


「懐かしいな。参加してみるか」


 会場の駅前ホテルに着いてみると、歳のせいか顔が変わりすぎて武夫には誰が誰なのかさっぱりだ。それでも名前を聞いてみると懐かしい顔ぶれが揃っていた。よくよく見れば面影が無いわけではない。


 卒業時のクラスごとのテーブルにまとまり、現状報告とか孫がどうだとか話が盛り上がる。いつも場を盛り上げていた雅美がいないと誰かが口にし、彼女が二十代半ばで早世したことを武夫は知る。ほかにも病気とか事故で数名亡くなっていたが、話したこともない人ばかりだった。


 けれども雅美だけは事故死でも病死でもなかった。彼女は高校を卒業後すぐに、二学年上の不良の子を孕み、そのまま結婚してしまったそうだ。彼女の夫はどうしようもないクズで、酒に溺れてはDVを繰り返したらしい。


 彼女は住んでいたボロアパートで痣だらけになって死んでいるのを発見され、夫は逮捕されて刑務所へ。その男がそれからどうなったのかは分からないということだった。


「むごいなぁ。雅美ってどんな娘だったっけ? 顔が思い出せん」




 帰宅後に家探しし、やっとのことで見つけた中学の卒業アルバムを武夫はめくる。そこにはすまし顔で集合写真に写る雅美がいた。


「ああ思い出した。こんな顔だった」


 いま、まじまじと見てみると、おとなしくしていればわりと可愛いなというのが武夫が抱いた感想だった。この歳になると子供は皆可愛く見える。そんなバイアスを抜いても可愛い。


 それからは過去の彼女の姿が脳裏に浮かび、彼女のことしか考えられないようになっていた。気がつけば毎日アルバムを見ている。


 武夫は今まで一人の女性を本気で好きになったことがなかった。可愛いなと思った女性は何人もいたが、恋人になりたいとか、結婚したいとか、そんなことを思ったことは一度もなかった。


――このどうしようもない感情はなんだ?


 武夫は次第に、それが遅すぎた初恋であることを自覚するが、彼女はもういない。


 孤独な生活を送るなかで、雅美に会えない寂しさと、今までの不摂生が祟って武夫は六十一歳でその生涯を終えた。


 はずだった……。





――ここどこ?  死後の世界?


 武夫は蒸し暑い布団の中で目を覚ました。首をひねると両脇には巨人が寝ている。というか、目に映るすべてのサイズがデカい。


「あら、お腹が空いたのかしら」


 左脇の巨人がゴロンと寝返りを打ち、武夫の顔をまじまじと見てきた。


――母ちゃん!? 若い!


 パニクッてあわあわと両手を天井に向けた武夫を、巨人が抱え上げた。そしておもむろに胸をはだけ、武夫の顔を乳房に近づける。


 武夫は反射的に乳首を口に含み、吸いはじめた。


――美味い!


 母乳なんて美味くはないだろ。そう思っていたが、体が欲するからか吸うのを止められない。そんななか武夫は考える。


――状況的には過去にもどった? タイムスリップじゃない。タイムリープ? 逆行転生? いや、どう呼ぶかなんてどうでもいい。これはどう考えても現実だ。夢じゃない。神なんぞ信じてはいないが、確かに死ぬ前に人生やり直したいと強く願った。それが叶った?


 状況を把握した武夫は、知らぬうちに涙を流していた。そして決意する。


――もう一度人生をやり直させてくれるというなら、雅美を救うためにも足掻こうじゃないか。大人の意識と意志の力があって、未来知識と幼児の驚異的な吸収力が嚙み合えば、それはまさにチートだろう。自己育成しまくって、雅美と二人で優雅なリア充生活を目指そう。


――けれども、有名になりたいとか、大金持ちになりたいとか、そんなことはどうでもいい。第一に彼女を救うこと。第二に彼女にふさわしい男になること。第三に彼女の恋人になること。


――だから将来上がる株だとか、有名小説とか有名音楽のパクりだとか、そんな大それた未来知識チートには手を出さない。かといって資金は必要。だから自分の出版小説をブラッシュアップして小説賞に応募しよう。それなら心が痛むこともない。ちょっとだけ早く小説家としてデビューして資金源にする。


――雅美はピアノが得意だった。音楽の才能が必要だ。彼女は音楽の授業でピアノの伴奏を楽しそうにやっていたし、たしか音楽部だったはずだ。彼女とお近づきになるためにはピアノが良いだろう。ギターなんかもいいかもしれない。どちらも弾けるようになればカッコいいしな。


――それから勉強だ。大の苦手だった英語を早いうちから勉強し、英会話とかできるようになって英文もスラスラと読めるようになりたい。それだけで知見が大きく広がるのは間違いないし、良い大学にも行けるだろう。なによりカッコいいし、雅美に教えて距離を近づけるのに役立てたい。


――最後に健康な体だ。体を壊して健康のありがたみを思い知った。好き嫌いのふりをして食材を誘導し、体に悪い加工食品を避けよう。野山で遊ぶふりをしてほどよく体も鍛えよう。身長も165すらなかったからせめて170を越えられるように、よく食べて牛乳飲んで計画的にがんばろう。うん、そうしよう。


 雅美が転校してくるのは中一の夏休み明け。それまでは他の同級生にモテないように、目立たないように自己育成に励み、中学デビューを果たそう。すべてを解き放って雅美にアタックするのだ。


 そんなことを考えながら、武夫は悪い笑みを浮かべつつも腹一杯になるまで乳を吸い続ける。涙はもう乾いていた。

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