第4話 呪草採取配信2(佐倉透視点)
「佐倉ちゃん、大分解体が上手くなったっすね」
安全地帯の中で、落としきれなかったホブゴブリンの血を手拭で拭っていると、私の解体する様子を見ていたよっちゃんがそう言ったのが聞こえた。
「私もこのパーティーに入れてもらって、もう3年ですよ? いい加減このくらいはできるようになりますよ」
「ん? ああ、もうそんなんなるんすね。俺も年を取るはずだな。ああ、そう言えば、」
「なあ、佐倉―。やっぱりホブのイチモツ――」
「はいリーダー、ちょっと黙るのですぞ」
よっちゃんは何かを言おうとしたみたいでしたが、ちょうど良くリーダーが割り込んできたせいで、気勢が削がれてしまったらしい。苦笑いを浮かべると、肩をすくめてから歩き去ってしまう。
私は雑能からタブレットを取り出すと、配信の画面を確認する。ドローンは今、クマさんの方を映している。彼は愛用のタワーシールドを振り回して、熱心にドローンに向かって何かを話しかけている。恐らくスキルの解説をしているのだろう。程なくしてよっちゃんもそこに加わる。
「あーもう、上皇のやつめ。そんなに怒らなくてもいいだろうが」
「リーダーは自業自得ですよ。セクハラって言葉の意味、知ってます?」
「あー、出たよ。なんたらハラスメント。かー、一体どうなってんだ、最近のハラスメント事情は! 下ネタの一つも言えずに大人に慣れると思ってんのか」
「最低ですね」
「最低結構。こういうキモくて、最低なのが所謂俺という存在なんだ。キモくない俺なんて、俺にあらず。こんな俺を愛せないのなら、もうよそのパーティーの子になっちゃいなさい!」
「…………」
「いや、佐倉冗談だよ? 佐倉様が抜けたら、俺凄く困るの。絶対団長にめちゃんくそ怒られるの。ずっとここに居て? ねえ、お願い」
「皆さんって、何だかんだ言って、凄く面倒見がいいですよね?」
クマさんとよっちゃんが向かい合って、スキルの実演をしている。その傍らにはいつの間にか上皇も混ざって意見をだしている。
「だって、絶対面倒臭いですよ。このご時世大学を出て、そのまま探索者をやろうなんて人間、滅多にいないですもん」
「あー、まあ、面倒臭いなとは、正直思ってたんだぞ? いいとこの嬢ちゃんが何の為にダンジョンなんぞに潜るんだってな。普通に地上の会社に就職して、適当に結婚なんかもしちゃって、そんな風に生きて行けばいいじゃないかとな」
「最近は、私みたいのは増えてますよ」
「ああ、これも配信って奴の影響なのかねぇ……。俺らの価値観からすれば、全く理解できん」
ダンジョン内配信の許可とそれに関する法整備は、近年国策として急速に推し進められている。実際若者を中心に、ダンジョン内配信は流行しており、大手クランも収入源の一つとして取り入れている所も多い。
ただ殺し合いを配信するという行為には、当然倫理的な問題も当然発生する。まだ未成熟な部分が多い取り組みなのだ。そのリスクを分かった上で、国はダンジョン内配信を推奨している。
「時代がそういう段階に入ったということなんだろうな」
「と、言いますのは?」
「お前、地上の魔素濃度が年々増加しているって話、知ってるか?」
「ええ。一応大学でダンジョンの研究やってましたから」
「ああ、そうだったな。専門家の先生だったな」
「本物の専門家だったら、まだ大学に残って研究をやってますよ。私はそういうの合ってなかったので、早々に自分でダンジョンに飛び込む道を選んだんです」
「フッ! 豪儀なことだな」
リーダーは顔をくしゃりと歪めて、クツクツと笑い声を上げる。酒に焼けた喉の奥から、くぐもった音が漏れている。
「お前の目から見て、これから世界はどうなると思う?」
リーダーに尋ねられて思い出したのは、大学時代の研究の話だった。
私が所属していた研究室は魔素存在下の環境影響をメインテーマとして扱っていた。その一環でダンジョンの表層に同行して、そこで初めてスキルが発現した。
実験用マウスを持ち込んで、比較実験をしたことがある。目的は人間以外の原生生物への、魔素の影響について。また、人間以外の生き物にもスキルは発現するのか。半年間ダンジョン内で飼育実験を行った。
結果としてダンジョン内に持ち込んだ十匹のマウスのうち、四匹は死亡した。一匹の志望理由は飼料を喉に詰まらせた窒息。残りの三匹の死因は脳、それから心臓の血栓。比較検証の結果、生存したマウスには僅かに心肺機能の向上が確認された。それから、気性の凶暴化の兆候も見られた。
……マウスと人間との違いは何なのだろう? 現状、動物への魔素への影響は、かなりグレーゾーンに踏み込んでいる。何せ、マウスなどの動物実験よりも先に、人間に対する魔力の適用と、スキルの習得の仕組みが出来上がってしまっている。その癖具体的な人体への影響についてはあやふやな部分が多すぎる。
「データが足りないとしか。だから、探索者になったのかもしれません」
「頭でっかちな回答だな。佐倉らしいっちゃ、らしいが。
……俺の考えではな、結果がどうあれ、誰もがダンジョンに対して無関心には生きられない時代がもうすぐそこに迫っている、と思う。
俺たちの世代はな、炭鉱のカナリアだったのさ。ある種の専門職業、魔物の駆除業者が俺たちだ。俺たちのように積極的にダンジョンに潜り、日常的に命を掛ける者たちもいたが、そうじゃない人間、普通の会社員だったり、学校の先生だったり、コンビニの店員だったり、ダンジョンが発生する前から地続きの生活を送っている人間も存在している。俺たちとの間には、馬鹿でかい住み分けがあるんだ。この国では特にそうだな」
「つまり、その住み分けが無くなると?」
「考えてもみろ。このまま魔素濃度が上がり続けたら、いつか地上でもスキルを発現する人間が現れる。もしかしたら生まれながらにスキル持ちなんて世代も出てくるかもな。分かるか? スキルの存在が当たり前の世界がやってくるんだよ。そうなったら誰もが当事者だ」
リーダーはドローンの前で馬鹿騒ぎを続ける仲間たちを見ている。呆れたような、それでいて妙に嬉しそうな、複雑な感情が瞳の中に宿っている。
「よっちゃんと初めて組んだのは、7年前の山陰で起きたスタンピードの鎮圧作戦の時だった」
「あれに、参加していたんですか?」
驚いた。……いや、リーダー世代の人間だったら、アレの鎮圧に駆り出されていても可笑しくは無い。だけど、一度も聞いたことが無かった。
「まあ、誰にとっても積極的に思い出したい話題でもないわな。
当時俺とクマは倒竜会とは別のクランに所属していた。上皇は当時は倒竜会の別動隊を率いて、横田方面の前線で戦っていたらしい。かなりの激戦でな。俺たちのパーティーは、俺とクマ以外全滅した。現場で臨時で再編成されたパーティーの中に居たのが、よっちゃんだ。当時はフリーの探索者だと言っていたな。碌に連携の確認も取れてないパーティーのまま、松江方面の遊撃に回されたよ。……話くらいは聞いてるだろ?」
「地獄だったと」
「まあ、陳腐な表現だが、大体そんな感じだ。俺たちはあそこで、ダンジョンの悪意に触れた」
「ダンジョンの悪意? それは何なのですか?」
何かの比喩かもしれない。リーダーの表情を伺う。難しい表情をしている。無精ひげを携えた口を僅かに開いて、唸るような声を漏らした後、また口を閉じる。
「……上手く説明できん。そもそも俺が感じただけの、観念的な話だからな。ただ、あの場に居た探索者の何人かは、同じような印象を感じていた気がする。……人を心底呪っているような、恨んでいるような。俺たちは歓迎されていないんだって、否応なしに分かった。
お前もこれから先もこの業界で生きて行くんだったら、何時かは分かる時が来る、……かもしれない」
「…………」
「俺たちは残さないといけない。カナリアの世代としてダンジョンに潜り、あの悪意に触れた者として、後の世代に残さないといけない。佐倉が俺たちのことを面倒見が良いと感じたのは、きっとそんな考えが、アイツらの頭の中にもあるからなんだろうさ」
そこまで話すとリーダーは、槍を担ぎ上げて三人に声を掛ける。
「休憩は終わりだ。そろそろ出発するべ」
銀呪草の採取は順調に進んでいる。主によっちゃんが先頭になって、銀呪草の場所を探し出し、私がその様子をドローンに向かって解説する。時折クマさんや上皇が補足を入れて、リーダーは周辺警戒をしていた。
今日だけで既に5本の銀呪草を採取している。タブレットで確認した配信画面にも、好意的なコメントが流れている。
「リーダー、これを見ろ」
クマさんがリーダーを呼び止め、呪草の草むらを指さす。
「え、凄い……」
新たに見つけた呪草の草むらには、少し見ただけでも10本を越える数の銀呪草が生えている。その中の1本に飴色に色付き、薄っすらと燐光を零している呪草がある。
「これ金呪草ですよね。初めて見ましたよ」
「全員聞いているな。ゲートまで引き返すぞ」
「え、採取して行かないんですか?」
呪草に目を向けていた私は、そこで初めてリーダーの顔を伺い見た。
「……ッ」
リーダーは酷く真面目で、緊張した表情を浮かべていた。今まで共に探索してきた中でも一度も見たことが無いような雰囲気を纏っている。そしてそれは、リーダー以外の3人も同様だった。何か異常事態が起きていることを、少し遅れて察した。
「嬢ちゃん、295番地は植物系の資源の宝庫だが、ここの魔力濃度じゃ金呪草なんて普通は取れねえんだ。これが生えるのはな、今の最前線の305番地よりもずっと奥だ」
「……偶然に魔力が溜まり易い地形だという線は?」
「分からん。だが長生きしたいんだったら、楽観的な思考は持つな」
「ぐたぐたここで喋っている暇はねえぞ。一端地上に帰還して、ギルドと団長に報告を入れる。……ここからだと練馬より、世見平に繋がるゲートの方が近い。そこを目指す」
「……世見平、中国地方ですな。大分東京から離れますが、仕方ありますまい」
そうして一斉に動き出そうとしたその瞬間、風向きが変わった。295番地にしては珍しい、仄かに温かくて湿り気を帯びた風が皮膚の表面を撫でつけて、流れ去って行く。
「リーダー。微かにだけど、血の臭いがするっす」
「人か? 魔物か?」
「分かりません。…………」
「人なんだな」
「いや、本当に分からなくて」
「お前の直感を信頼してるんだよ」
帰還を決めたはずのパーティーの足が止まる。
「リーダー、確認しに行くべきなのでは……? 既にギルドとクランには配信越しに連絡が入ったようです」
「…………」
「1時間もすれば応援も来る。ただ最前線の遠征組は、今は動けない。団長なら空きの連中を回してはくれるだろうが、恐らく俺たち以上のクラスの奴らは来れねえだろうな」
遠征組を引っ張って来るには、あまりにも情報が足りない。そもそも私たちが直接確認した事実は、金呪草の存在のみ。幸運だったと言われれば、それで片付いてしまう話ではある。……果たして頭でっかちなギルドが動いてくれるだろうか。
「現地調査を再開する。ただし、戦闘行為は極力避ける。危険を確認し次第撤退する。いいな?」
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