絵葉書の旅

宵待昴

第1話 絵葉書の旅


「やあ、良い晩だね。シエロ」

「エトワール?」

穏やかで優しい声に、シエロは銀色の瞳を瞬かせる。そよそよと優しい風に揺れる草が、座るシエロの足を撫でた。唯一無二の親友であるエトワールが、美しい夜色の長い髪を戦がせて立っている。満天の星空の下にあるこの草原には、シエロとエトワールしかいない。

「無事に絵葉書が届いて嬉しいよ」

エトワールは優しく笑って、シエロの隣に腰を下ろす。二人は同い年くらいに見える青年で、直ぐに和やかな空気になる。

「驚いたよ。満天の星空に美しい草原だなあと思ったら、絵葉書に吸い込まれてしまったんだもの」

「僕は魔法使いだからね。旅先から遠く離れた君とも、こうして会う方法はいくらでも作れる」

少し得意気に笑うエトワールに、シエロは優しい苦笑いを浮かべた。

「あんまり急だったから、ココアも持って来れなかった」

「それは残念だ。君のココアは美味しいのに」

笑って言いながら、エトワールは草原に寝転ぶ。草が戦ぐ音だけが、軽やかに優しく、二人の耳をくすぐる。時間がゆっくり流れるようで、心地よい。シエロが口を開く。

「会えて嬉しいよ。旅は順調かい?エトワール」

「雪が降る頃までには、君の元へ帰るよ。あんまり雪が降ってしまうと、君は雪かきに苦労してしまうからね。屋根の雪が君を埋めない内に、帰らないと」

シエロは苦笑いを浮かべる。

「僕は雪に埋もれたりしないよ。ーー僕の方はね、店で出す新しいメニューが決まらなくて。君が帰って来て試食してくれたら、参考になるんだけど」

エトワールは少し勢い良く起き上がった。シエロは小さな喫茶店の店主。出されるお菓子も飲み物も、美味しいと評判だ。

「新しいメニューだって?それは責任重大だな」

にやりと笑ってシエロを見るのを、親友は困ったような顔で見ている。

「シエロの作るメニューは、何でも美味しいからね。楽しみが増えたな。早く帰らなくちゃ」

「急いで怪我でもされたら大変だなあ。気を付けて帰って来てね」

一陣の強い風が吹く。二人は立ち上がった。

「夜は短いね。新メニューは、帰ったら僕がちゃんと食べて意見を言うから、一人で考え過ぎてはダメだよ」

エトワールの言葉に、シエロは柔らかく笑む。

「ありがとう。エトワールこそ、焦って空から落ちないようにね。君は凄い魔法使いなのに、時々びっくりするような失敗をするから」

「旅の魔法使いは、そのくらいのことをするのが丁度良いのさ」

シエロの視界が歪む。世界が、エトワールが、ぐるりと回って、気付くといつもの自分の店に戻って来ていた。手には、エトワールが送って来た絵葉書。

「“親愛なるシエロ こんな優しく美しい夜には どうにも君を思い出して 会いたくなるよ この絵葉書の本物の景色を君にも見せたいから 短い時間だけれど招待するね” ……本当に、君ってば凄い魔法使いだよ」

シエロはくすりと笑うと、その絵葉書をキッチンの壁へ立て掛けるようにして飾る。静かな夜に、作りかけの新メニュー。作っていたのは、チョコケーキ。

「エトワールが帰って来るなら、僕も少し、休もうかな」

一人呟いて、シエロはホットココアを作り始める。一口食べたケーキは、ほろ苦い。足りないものは、エトワールが埋めてくれるだろう。そう考えると、散々悩んでいるこのケーキも悪くない気がする。知らず、シエロの口元に笑みが浮かぶ。

夜明けは、直ぐそこまで近付いていた。







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絵葉書の旅 宵待昴 @subaru59

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