憧景、あるいは――

Aris:Teles

憧景、あるいは――

 私には好きな人がいる。……いや、たぶん好きな人がいた、といった方が正しい。

 高校一年の時に初めて出会った彼女は私のクラスメイトで、すらりとした線の細さと誰も寄せ付けないようなクールな雰囲気が私に強い印象をもたらした。

 でも、私には話しかける勇気もなかったから、クラスメイト以上友達未満の関係に落ち着いていた。

 その時の私は周りのみんなと同じように、ただ彼女に憧れているだけで別に好きとかそんな感情は感じていなかった。

 どの科目もテストでは常に上位で、体育の時は意外にもどこにそんな力があるのか、男子と比べても遜色ない運動神経を発揮していて、かっこいいななんて思うくらい。

 だから、あの時私が感じた感情は何かの間違いだって否定したかった。

 二年生になって彼女と同じクラスになったことに安堵していた春の矢先、彼女が交通事故で亡くなったと知らされた。

 私は他のクラスメイトと同じように、身近な誰かが亡くなったことに動揺し、悲しい気持ちになっていた。特に彼女と親しくしていたグループの中には泣きじゃくっていた娘もいたと思う。

 そうして、大して親しくもなかったにも関わらず、私はクラスメイトの一人として彼女の葬式に出席した。

 何となく彼女の最期の姿を目にしておきたかった。あるいは亡くなったことに対して気持ちに整理をつけたかった。そんな動機だったような気がする。

 だから私は、酷く後悔する羽目になった。

 

 交通事故という割に、目を閉じて眠るような彼女の顔は綺麗だった。

 そして私の中に、〝惜しいな〟って感情がまず湧き上がってきた。

 これが、前途ある若者の未来が途絶えてしまった、なんて上から目線な気持ちならまだ良かった。

 ――そうじゃない。

 彼女の細くてしなやかな肢体が、クールで魅力的な美貌が、灰となり消えてしまう事実に、私は大事なものが永遠に無くなってしまう喪失感を抱いてしまっていた。

 彼女の友達でもないのに。ただ一年間、彼女のことを外側から眺めていただけで何にも知りもしないくせに。

 だから私は葬式が終わると同時に、彼女のことを忘れようと勉学に集中した。私の心の隙間に、彼女の姿が入り込まないように必死になった。

 

 時が経つに連れて、私の成績は上がり、高校を卒業する頃には学年一位の成績にまで上がっていた。

 かねてから興味のあった理系の大学に私は進み、私は一人暮らしを始めた。

 実家から持ってきた荷物はそう多くない。

 思い出の品の数々、長年使っている親に買ってもらった可愛いデザインの腕時計、中学高校の友達にもらったお揃いのアクセサリ、そして高校一年の時にこっそり買っていた〝彼女〟の写真。

 学校行事で撮影された生徒の写真、その中でも彼女が綺麗に映っていたものを私はつい何枚か買ってしまっていた。クラスメイトの中にいた彼女のファンが何人か同じように買っていたから、別にそれ自体はそこまで恥ずかしいことじゃなかった。

 ……ただ、私は彼女が灰になった時、それを捨てられなかった。むしろ厳重に封印して、大事にとっておいてしまった。不純な気持ちを自覚しておきながら。

 

 ――あれから数年、私の前には彼女が横たわっていた。

 綺麗なシーツのベッドの上で、上下にシンプルながら大人びたデザインの黒の下着を付け、白っぽい素肌を晒したまま彼女は瞳を閉じている。 私の心に焼き付いて離れなかった彼女がようやく完成した。

 数少ない写真と私の記憶、その他彼女に関する資料を集められるだけ集め、バイトをして稼いだお金も、大学で学んだ知識と技術も全て注ぎ込んだ等身大の人形。

 彼女はもちろん目を覚まさない。ただの精密な人形で、電源を入れてもほんのり人肌に近く温かくなるくらいだ。動かそうと思えばそう造れたはずなのに、私はしなかった。

 自分でもわけがわからないまま、ただ彼女の姿をもう一度目にしたい一心でここまできてしまった。もう私には、彼女以外何も残っていない。

 私は彼女のことが好きだったのだろうか。

 いくら自問しても答えが出ることはなかった。だって私は彼女のことを何も知らない。

 

「……ねぇ、教えてよ。貴女のこと」

 

 衣服を脱ぎ捨てた私は彼女に馬乗りになって、その唇にそっと触れる。

 人工的に温められた温度が私の体温と混ざり合う。

 空虚な穴に、私の感情が零れ落ちる。

 

 ――問いかけたその答えが、永遠に返ってこないと分かっていた。

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