賢者との遭遇

遺跡の出口を抜けた瞬間、ひんやりとした夜風が一行を包んだ。疲れ切った体に冷たい空気が心地よい。だがその安堵も束の間、アルドが真っ先に異変に気づいた。


「待て、何かいる」

アルドが剣に手をかけ、視線を前方に向ける。そこには、月明かりに照らされた数人の影が立っていた。彼らの中には、背の高いエルフやがっしりとしたドワーフが混じり、それぞれが個性的な装備を身にまとっている。


「初めましてだな、冒険者たち」

グループの先頭に立つエルフの女性が口を開いた。白銀の髪が月光を受けて輝き、冷静な瞳が一行を見据えている。その声には緊張感をほぐす余地が一切なかった。


「誰だ?」

アルドが低い声で問うと、彼女は一歩前に進み、自分の胸元に手を当てて軽く礼をした。


「私はリリアンナ。この学術団体を率いる者だ。この遺跡について調査を行っている」

その言葉に、一瞬で一行の警戒が解けることはなかった。むしろ、アルドはより慎重に距離を保ちながら応じた。


「調査?俺たちはただの冒険者だ。遺跡を探索してただけだ」


リリアンナは鋭い目で一行を見渡し、冷静に口を開いた。「なるほど。だが、この遺跡の深部にたどり着いた者は少ない。君たちがどれほどの実力を持っているか、私たちも気になるところだ」


その時だった。フルカが一歩前に出て、胸を張った。「私たちは賢者が率いる冒険チームだからね!」

自信満々な宣言に、一瞬の沈黙が場を包む。そしてリリアンナは、顔に微かな疑念を浮かべた。


「……賢者?」

横でアルドが額に手を当て、ミーナが肩をすくめながら「やれやれ」と小さくため息をついた。


「そうだよ!私、賢者なの!」

フルカは念動力で地面の小石を軽く浮かせ、くるくると回してみせた。「ほら、こういうことができる賢者ってことで!」


それを見て、ドワーフの技術者ボルムが笑いをこらえながらリリアンナに耳打ちした。「賢者っていうより……面白い子だな」


リリアンナは困惑と興味の入り混じった表情で、フルカに向き直った。「なるほど、確かにユニークな力を持っているようだ。しかし、賢者という称号を名乗るにはもう少し…」


「ほら、ハーピー基準では賢者なんだよ!」

ミーナが軽くフォローするように割り込むと、フルカが「そうそう!ハーピー基準!」と嬉しそうに頷いた。


それを聞いていたリリアンナの部下たちが、一斉に吹き出した。その場の緊張が一気に和らぎ、リリアンナも小さく苦笑した。「なるほど。君たちがユニークな冒険者であることはよくわかった」


「でしょ?賢者フルカがいれば、何でも任せて!」

フルカが得意げに笑いながら言うと、アルドが「もう少し黙ってろ」と小声で注意した。


こうして、異質ながらも柔らかな雰囲気が生まれた一行と学術団体。その瞬間、彼らの間に新たな冒険の気配が漂い始めた――。



夜風が冷たく肌を撫でる中、冒険者たちと学術団体の一行は慎重に距離を取りながらも、互いを観察していた。リリアンナが一歩前に出て口を開く。


「君たちの探索の成果について詳しく話を聞かせてもらえないか。私たちはこの遺跡に関する情報を集めているのだが、どうやら君たちの方が進んでいるようだ」


アルドは視線を鋭くしながら返答した。「情報交換は悪くないが、俺たちも全てを明かすわけにはいかない。それなりの理由が必要だ」


その答えにリリアンナは静かに頷き、「公平な取引を望んでいるだけだ。無理強いをするつもりはない」と言った。その冷静さに、アルドの表情が少しだけ柔らいだ。


「まあまあ、そんなに硬くならなくてもいいんじゃない?」

フルカが空気を読まずに笑顔で割り込む。「だってさ、賢者の私がいれば全部解決するんだから!」


「お前のその根拠のない自信だけは大したもんだな」

アルドがため息をつく中、ドワーフのボルムが面白そうにフルカを見つめた。「へえ、その賢者が何を知ってるのか、ちょっと興味が湧いてきたな」


「私ね、この遺跡の中でいっぱい面白いもの見つけたよ!」

フルカが胸を張り、念動力で小さな石の破片を浮かせる。ボルムが目を輝かせて近づき、「その力、どこで手に入れたんだ?」と問いかけた。


「えっと、雷に打たれて目覚めたの!」

軽い口調で言うフルカに、ボルムとリリアンナが同時に驚きの表情を見せる。


「雷……?それは興味深い」

リリアンナが静かに呟き、仲間たちに目配せをした。「もしかすると、君が得た力はこの遺跡と何らかの関係があるのかもしれない」


その発言に、ミーナが鋭く反応した。「どういうことですか?」


「この遺跡には、古代の魔法技術が数多く隠されている。特に雷の力を利用した装置の痕跡があるのだ。君たちが得た何かが、それと関連している可能性がある」


ミーナは考え込むように眉をひそめ、アルドが話を引き継いだ。「つまり、俺たちが見つけた装置も、その技術の一部かもしれないってことか」


「その通りだ。だからこそ、君たちが見つけた装置についての情報を共有してほしい。もちろん、見返りは用意する」

リリアンナの提案に、一行は視線を交わして考え込む。


「見返りって何?」

フルカが単刀直入に聞くと、リリアンナは微かに微笑みながら答えた。「私たちの持つ古代文字の解読技術、そして遺跡に関する知識だ。君たちの次の冒険にも役立つだろう」


「悪くない取引だな」

アルドが静かに頷き、交渉が進むかと思われたその時、フルカが突然口を挟んだ。


「じゃあさ、私も賢者ってことでそっちの仲間になれる?」

その発言に、一瞬沈黙が落ちた後、ボルムが大声で笑い出した。「賢者だって?まあ、ハーピー基準ならいいんじゃないか?」


周囲が笑いに包まれる中、リリアンナも微笑みながら「それなら、まずは私たちの知識を学んでからにしてほしい」と返す。


アルドは半ば呆れたように肩をすくめたが、その笑顔には少し安心感が漂っていた。「よし、協力関係を結ぶのは悪くなさそうだな。まずはお互いの情報を整理しよう」


こうして、一行と学術団体の間に慎重ながらも前向きな協力関係が築かれたのだった――。



一行と学術団体の間で協力関係が結ばれた後、焚き火を囲む形で情報交換が始まった。古代文字の解読方法や遺跡の構造に関する議論が飛び交う中、フルカは焚き火の近くでなにやら得意げに胸を張っていた。


「ねえ、リリアンナさん。その『賢者』って称号、すっごくかっこいいよね!」

フルカが突然声を上げると、リリアンナが少し驚いた顔で答えた。「賢者は私たちの団体内で、特に優れた研究者や魔法使いに与えられる称号だ。簡単に名乗れるものではないわ」


「でも私、雷の力で目覚めたし、なんか特別な感じがしない?」

フルカが自信満々に翼を広げながら言うと、ボルムが口元を押さえて笑いを堪えた。「なるほどな。確かにその自信は賢者っぽいかもしれない」


「そうだよね!じゃあ私も今日から賢者を名乗るね!」

フルカの無邪気な宣言に、ミーナが額を押さえてため息をついた。「いくらなんでも賢者は無理があるでしょ……」


「なんで?私、頭いいよ!」

フルカが頬を膨らませて抗議する中、アルドが呆れた声で割り込む。「お前のどこが賢者なんだよ。せいぜい『ハーピー基準での賢者』くらいだろ」


その一言に、焚き火の周囲が笑いに包まれた。ライバルチームのリーダーが居合わせたらきっと同じことを言うだろうと誰もが思いながら、ボルムがさらに追い打ちをかけるように言った。「確かに、ハーピー基準なら賢者でも悪くないかもな」


「やっぱりそうだよね!」

フルカが嬉しそうに頷き、焚き火の炎を見つめながら呟く。「これで私、もっと冒険者らしくなった気がする!」


「いやいや、それを賢者の基準にされると困るんだが……」

アルドがため息をつくと、リリアンナが微笑みながら口を挟んだ。「でも、名乗る自由は君のものだわ。それに、君の無邪気さは確かに人々を引きつける力がある。私たちの団体にも、そんな柔軟な発想が必要かもしれない」


その言葉に、フルカがさらに元気を取り戻した。「じゃあ決まりだね!賢者フルカ、これからよろしくね!」


一行の中で、フルカの無邪気さと賢者へのこだわりが新たな笑いを生み出す。このやり取りは、互いの緊張を解きほぐし、協力関係をより強固なものにしたのだった――。



焚き火が穏やかに燃える中、一行は再び真剣な議論へと戻った。リリアンナが自らの知識を語り始め、ボルムとカーロスも加わって、学術団体がこの遺跡に来た目的について詳しく説明した。


「私たちアルケイン探究会は、古代文明の研究を専門としています。この遺跡もその一環で調査しているのですが、今回の目的は特に重要な発見に繋がる可能性があるのです」

リリアンナが広げた古びた地図には、遺跡内部の大まかな構造が描かれていた。ミーナがその地図を覗き込み、興味深そうに問いかける。


「重要な発見というのは、具体的に何ですか?」

「それは、この遺跡に秘められた魔法装置です」

リリアンナは静かに答えた。その言葉に、アルドが警戒の色を強めた。


「魔法装置?それは一体何に使われるものなんだ?」

「まだ確証はありません。ただ、過去の記録によれば、この装置は莫大な魔力を制御するものだった可能性が高いのです」

リリアンナが指差した地図の一角には、装置らしきものが描かれた円形の記号が刻まれている。


「制御するって、どんな風に?」

フルカが首を傾げながら質問すると、ボルムが分かりやすく説明した。「例えば、この装置を使えば大規模な自然災害を防いだり、逆に引き起こしたりすることもできたかもしれないってことだな」


「引き起こすって……それ危険すぎるじゃん!」

ガロンが苦い顔で言うと、カーロスが頷いて補足した。「だからこそ、私たちはこれをしっかり調査し、必要なら封印するつもりでいる」


その言葉に、ミーナが冷静に尋ねた。「でも、なぜ今になってこの遺跡を調査することになったのですか?」


「それは……最近、この遺跡周辺で異常な魔力の流れが観測され始めたのです。まるで何かが目を覚まそうとしているかのように」

リリアンナの言葉は静かだったが、その内容は全員に緊張を走らせた。


「目を覚ます?」

フルカが思わず身を乗り出しながら聞き返す。「それって、またすごいモンスターが出てくるとか?」


「その可能性も否定できません」

リリアンナが答えると、フルカは目を輝かせながら拳を握りしめた。「いいね!どんなモンスターか楽しみだよ!」


「お前、そんなに楽しそうに言うなよ」

アルドが呆れた声を漏らし、リリアンナも思わず苦笑した。


「ただ、私たちはこの装置を見つける前に、この謎を解明しなければならないのです。それが、私たちの責任でもあります」

リリアンナの真剣な表情に、一行も同意するように頷いた。


その時、フルカが急にピンと背筋を伸ばした。「なんか……変な感じがする」

彼女の言葉に、全員が息を飲む。辺りの静寂が際立ち、風の音すら聞こえなくなっていた。


「何かが……私たちを見ているような気がするわ」

ミーナも同調するように呟き、アルドが剣に手をかけた。


「何か、って何だ?」

ガロンが辺りを見回すが、具体的な姿は見当たらない。ただ、不気味な気配が一行を包み込んでいた。


「とにかく警戒を怠らないことだな。どんな時でも準備をしておけ」

カーロスが冷静に指示を出す中、リリアンナが小さく呟いた。「この遺跡が、私たちを歓迎していないのかもしれません」


フルカは相変わらず明るい声で言った。「大丈夫だよ!もし出てきたら、私がすぐにやっつけるから!」


彼女の無邪気な言葉に、場が少しだけ和らぐ。一行は再び気を引き締め、遺跡内部のさらなる探索に備えるのだった――。



静寂が戻ったキャンプ地。遺跡の調査を終えた一行は、夜空を見上げながら焚き火の周りに座っていた。星々が瞬く中、フルカが翼を広げ、ゆっくりと羽ばたきながら笑顔を浮かべた。


「ねえ、みんな!これで終わりじゃないよね?まだまだ面白いことが待ってるでしょ!」

彼女の言葉に、アルドが呆れたように肩をすくめた。「いい加減に休めよ。お前の体力がうらやましいよ」


「だって、休むのも大事だけど、新しい冒険の準備も楽しいんだよ!」

フルカが無邪気に言うと、ミーナが微笑んで頷いた。「確かに、次に何が待っているか考えるとワクワクするわね」


ガロンが大きな体を揺らしながら火に薪をくべた。「でもよ、少なくとも次はもっと静かな仕事にしようぜ。骨が折れるのはもう勘弁だ」


フルカは星空を見上げながら言った。「でも、次はもっとすごいことが起きる気がする!それが冒険ってもんでしょ?」


その無邪気な声に、一行全員が思わず笑みを浮かべた。新たな冒険がすぐそこに待っていることを確信しながら、彼らは夜空の星々に誓うように、それぞれの思いを胸に秘めたまま静かに火の明かりを見つめ続けた。

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