第3話 新たな日常

 凪紗と出会ってから一か月が経った。特にこれといって変わったことないのだが……。

「おはよ――――勇太」

 すでに当たり前になりつつある凪紗との登下校。俺たちとしては別に他意はないのだが、周りはそう思ってないらしい。

 その証拠にオレと姫城が付き合っているといった根も葉もない噂が学年中に広がっているらしいと友人から聞いた。正直、人の噂話ほどあてにならないものはないと思っているので気にしていないが。

「あ、……そういえば知ってる?」

 どこかからかうような声でそう話しかけてくる凪紗に視線だけを向けると。

「クラスの女子から訊いたんだけどさ――――」

 どこか恥ずかしそうな声色でそう切り出す凪紗。

 なんとなく言いたいことは察しがつくが黙って聞くことにする。

「私たちが付き合っているって、すごく噂になっているらしいよ。なんでもお似合いのカップルだとかなんとか……」

 そういって少しだけ顔を赤らめて照れたような上目遣いであんたはどうなの?と訊いてくる。

「別に何も思わないが……」

 正直な気持ちを伝えるがどうやら夏凪は気に入らなかったようでぷっくりと頬を膨らませている。

「……どうしたんだ?」

「……」

 訊いてみるが返事が返ってこなかった。

「おい、怒ってるのか」

「……」

 どうやら拗ねてしまったようで相当ご立腹のようだ。どうしたら機嫌を直してもらえるのかを考えていると。

「ねぇ放課後、時間ある?」

 唐突に凪紗がそう訊いてくる。

「質問に質問で返すなと言ったのはどこの誰だったか」

 少し意地悪をすると凪紗が茹蛸の如く顔を真っ赤する。

「あんたねぇ――――」

 いまにも噴火しそうな火山の如く怒りのボルテージがぐんぐんと上昇していく。

「じ……冗談だ。そんな本気にするなよ」

 苦笑いをしながら凪紗にそう言うと、はぁと大きなため息を吐く。

「あんたってホント……」

 意味深なことを言いながら学校に向かっていると「よぉっ!!お似合いバカップル!」と意味不明なこと言いながら一人の少女が凪紗の腰に手を回して抱きついてきた。

 凪紗より少しだけ身長が低く新雪のような白い髪に薄紫色の瞳を持つ女子生徒だ。

「ちょっと、莉奈。変なとこ触んないでよ」

――――今、凪紗にセクハラを働いている狼藉者の名前は彼女と同じクラスの小鳥遊莉奈だ。何でも極度のガールズラブ主義者のようで特に可愛い女子には見境なく手を出すド変態らしい。

 そのド変態の攻撃受けている夏凪がせめてもの抵抗か身体をクネクネと捩るが少女はお構いなしに引き締まった腰に手を回してお腹の辺りをお触りしていた。

「おい、その辺にしとけよ。小鳥遊」

 見かけて注意をするが「……っさいな。私はなぎちゃんと話してるんだからお邪魔虫はどっか行ってよ」

 敵愾心丸出しの目で睨んでくる莉奈。

「ごめん、莉奈。私、勇太とまだ話さなきゃいけないことがあるから続きはお昼休みでもいい?」

 小さい子供に言いつけるような口調で凪紗がそうお願いすると意外にもすんなりと「分かった、それじゃ先に行くね」と走り去ってしまった。

 大人しく引き下がると思った矢先、走り出す一瞬にオレの方を見て小さく舌を出す。

「な、あいつ……」

 驚愕の表情を浮かべているオレを見た凪紗が「どうしたかしたの?勇太」

 きょとんと小首を傾げて訊いてくる。

「いや、なんでもない。それより、話ってなんだ」

 さっき、莉奈にオレと話したいことがあるからと言っていたので何かるのだろうと思ってはいるが、一応本人に訊いてくる。

「さっき、放課後に時間あるって聞いたでしょ。あんたと行きたいところがあるんだけど……ダメ?」

 照れ隠しのためか、袖を掴みながら上目遣いで訊いてくる凪紗に少しだけドキッとした自分がいることを自覚する。確かに見た目は、芸能人に匹敵するくらいの美貌を持っていると思う。

 あまりの破壊力に顔を赤らめそうになるのを何とか堪える。その様子を見た凪紗が「もしかして、私の可愛さにドキッてしちゃった?」

 からかうような笑みを口元に浮かべている。

「そんなわけないだろ」

 そう答えて再び歩き出し学校に向かい校門前に着く。

 腕時計で時間を確認するとちょうど8時を回ったところだった。

 靴を履き替えて昇降口で凪紗と別れて自分のクラスに向かう。

 昼休みになり、購買で昼食を買うため廊下に出ると凪紗と出くわす。

「あっ!勇太。ちょうど良かった放課後なんだけどさ。校門前で待っているから」

 とだけ言い小鳥遊とどこかへ行ってしまった。

 それからあっという間に放課後になり約束通り凪紗に付き合っていた。

「どこへ行くんだ」

「……」

 行き先を訊いても何も答えず無言で歩いている。今朝の事まだ怒ってるのかと不安になったが、しばらく歩くと凪紗がついたよといって歩みを止める。

 そこは小さな公園だった。小さい頃にあいつと遊びに来た思い出の場所だった。

 凪紗もどこか懐かしいような眼差しを向けている。

「この場所、紗良とよく来た場所でしょ」

 そう口にする凪紗。

「これもあいつから訊いたのか」

 オレの問いかけに違うよと首を横に振る。では、誰から訊いたのかと不思議に思っていると……。

「紗良のお母さんから訊いたんだ」

 その言葉を訊いたオレは言葉に詰まる。あれ以来紗良のお母さんとは疎遠になってしまったからだ。

「あの人ね」

 そんなオレの気持ちを見抜いているのか凪紗がこう続けて言う。

「あんたのこと覚えていたわよ」

 と真剣な口調でそう話す。

「そうか」

 それしか言葉が出てこなかった。すると夏凪が、「勇太もこっち来てよ」とベンチに腰かけて空いているところを叩く。どうやら隣に来いと言うことらしい。

「よしょっと」

 年よりくさいかけ声とともに夏凪の隣に座ろうとしたがふんわりと香ってくる女子特有のいい匂いに躊躇して一人分のスペースを空けて座る。

「どうして離れて座るの?もっとこっち来てよ」

 一瞬不思議そうな顔をした凪紗だがすぐにふと考え始める。数秒後、恥ずかしそうに体をもじもじさせながら「もしかして……私、匂う?ごめんさっき走ってきたから少し汗臭いかもだけど、ちゃんと拭いてきたから大丈夫だと思ったのに……」

 またしても顔を茹蛸のように真っ赤にして言い訳をする凪紗。

「ちょっと待てて。お花を摘んでくるから」

 予想外の斜め上な発言に呆然としてしまう。

「おう、慌てずゆっくりでいいからな」

「ちょ……いくらデリカシーなさすぎでしょ。バカなんじゃないの」

 プリプリと怒りながらトイレに向かった凪紗を見送る。

 凪紗が戻ってくるまでの間、公園の中をぐるぐると散策してみる。幼いころに来たきりなので、はっきりとは覚えていないが年季の入った遊技道具がたくさん置いてある様子からあの時からさほど変わっていないことが窺える。

 ぐるりと見渡すと見覚えのあるものが目に入る。

「これか、懐かしいな」

 さほど大きくない砂場であるものを見つける。それは小さな子供が砂遊びに使う道具だ。

「そういえば、あいつもこれを使って遊んでたな」

 そんな感傷に浸っていると……。

「お待たせ。勇太」

 凪紗が後ろから声をかけてくる。

「随分と長かったな。そんなに便秘だったのか」

「あ、あんた……マジでバカなんじゃないの?ほんと死ね!」

 顔を真っ赤にした凪紗がポコポコと肩を叩いてくる。

「悪かったって、ちょっとした冗談だろ」

 苦し紛れの言い訳をするとすぅーと目を細めた凪紗がこう言ってくる。

「じゃあ、あんたはあの子にそういうことを言うんだ?」

 真剣な声色でそう訊いてくる。

「それは……」

 そう訊かれて何も答えられなくなる。

「……」

「どうなのよ。黙ってないで何とか言ってよ」

 真剣な表情で詰め寄ってくる凪紗を直視できずに思わず顔を背ける。

「勇太、こっちを見て」

 そう言われるが、今は彼女の顔を直視できないため、そうはいかない。

 しばらく静寂が流れる。とうとうしびれを切らした凪紗がオレの両頬をがっしりと手でつかんで、強制的に自分の方へと向けさせる。

「訊いて勇太。」

 静かに諭すように話を始める。

「別に私はね、怒っているわけじゃないの。だた、勇太は女の子の些細な変化を感じ取るのが苦手のように見えるのね。だから、もう少しだけ私だけじゃなくて他の子と話すときも優しさを心掛けた口調や態度で接してほしいなと思ってる。だってあんたはこんなにも優しい奴なんんだからさ……それが相手にも伝わらないのはあんたにとって損でしょ」

 最後の方は照れ隠しのためかやや早口気味に話していた。

「そうだな……」

 こんなにもまっすぐな思いをぶつけられたらさらに何も言えなくなる。

「悪かった。多分、あいつにも言うと思うが言われた方は気分は良くないと思うからな」

 素直に今しがたの自分の失言を謝る。

「うん。気にしていないしそんなに落ち込まなくてもいいよ」

 優しい笑顔を口元に浮かべながら凪紗が励ましの言葉をかけてくれる。

「サンキュな。姫城」

 凪紗にお礼を言い、帰ろうとした時。

「ねぇ勇太あれ見て」

 目を宝石の如くキラキラさせた凪紗が出入口付近で移動販売をしているクレープ屋を指さす。

「食べたいのか」

 そんな子供のような笑みを浮かべている彼女を見て自然とこちらも笑みが零れる。

「あ、うん。でも今日手持ちがなくて……」

 残念そうにそう言う凪紗を見て、かつての紗良の面影が重なる。

「どれ食べるんだ?これくらいなら出すぞ」

 オレの言葉を訊いた、凪紗は嬉しそう表情をはにかませて屋台へと走っていきメニユーと睨めっこをしている。

 後ろから微笑ましく眺めていると、「どれでもいいの?」

 遠慮気味に凪紗が訊いてくる。

「さっきのお詫びだから遠慮せずに食べてくれ」

「やった――――!!」

 よほど嬉しいのかぴょんぴょんと跳ねている。

「どれにするのかはもう決めたのか」

「それが、どれもおいしそうでなかなか決められないんだよね」

 と腕組みをしながら考え込む凪紗を横目にちらりとメニユーを覗いてみると色々な種類のクレープがありどれもおいしそうなやつばかりで思わず目移りしてしまう。

「迷う気持ちも分かるでしょ」

 肩と肩が触れ合い女子特有のほんのり甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「勇太、こっちのやつもおいしそうだよ」

 今度は、オレの肩に胸を押し当てるようにしてくっついてきたため色々と大変になる。

 マシュマロのような柔らかさと弾力を持った二つの丘陵が惜しみなく存在感を示すかのように制服越しから伝わってくる。

「……」

「どうしたの。勇太」

「姫城、その言いにくいんだが……当たってる」

 なるべくオブラートに包んで凪紗に伝えるが……。

「だって当ててるから。それに勇太だから大丈夫でしょ?」

 特に気にしていないようだった。他の男にこんなことしようものなら一発でアウトだぞと思い、老婆心ながら忠告することにする。

「なぁ、姫城……お前、こんなことばかりしているといつか襲われるぞ」

 真面目な声色でそう話すと、凪紗はプププ……と噴き出して笑い始める。

「おい、オレは真面目に言って――――――」

 続きを口に出す前に顔が柔らかな丘陵に埋められる。

「大丈夫だよ。だってあんたにしかこんなことはしないから」

 どこか本気度を窺わせる声色で話す。

 それに……とサディスティックな笑みを浮かべて「私に彼氏ができちゃったら、こんなこともでないでしょ。だから今のうちにたっぷりと味わっておいたほうがいいよ」

「ったく。このビッチが!!」

「あぁ、今、ビッチっていたでしょ。すごーく傷ついたから倍奢りね」

「おーい。イチャいついてるところ悪いんだが買わないならほかのところでやってくんねぇか―?」

 大学生くらいのチャラそうなイケメン店員ガシガシと頭を掻きながら話しかけてくる。どうやら、ここまでのやりとりを見ており我慢できず言い出しようだ。

「す、すみません」

 ほんのりと顔を赤くして凪紗が慌てたように謝ると、そのチャラそうな店員は「俺は良いんだけどさ。ここだと人の往来もあるし何かと目立つだろ」

 正論を言われて揃って何も言えなくなる。

「ともかく買わないならどこかよそでやってくれや」

 それだけ言い残してカウンター奥に引っ込みスマホを眺めている。

「どうするんだ?姫城」

 もともと食べたがっていた彼女に判断を委ねる。すると凪紗は困ったように笑いながら「どうしようか」と悩んでいた。

 結局、同じようにメニユーと睨めっこをするが決めかねているようだった。仕方ないで、独断と偏見でオレが商品を選ぶことにする。

 先ほどの店員にチョコレートクレープ一とストロベリークレープを一つずつ注文して出来上がるのを待つ。

 作っているところを観察しているとチャラ男店員は見た目のよらず、慣れた手つきでクレープを作り始めて十分とかからずに二人分のクレープを作ってしまった。

 受け取るときに「はいよ!毎度あり」と威勢の良い声とともに商品を手渡してくる。

 受け取る瞬間にぐっと顔を近づけて小さな声で耳打ちをしてくる。

「兄ちゃんやるじゃねぇか。そのまま頑張ってあの嬢ちゃんのことも仕留めろよ」

 眩しいくらいのイケメンスマイルとともにサムズアップを送ってくる。

「誤解ですよ。別にオレとあいつはそういう関係なわけじゃないです」

 必死に説明するが、チャラ男店員の誤解を解くことはできずに、凪紗にクレープを五個以上ご馳走する羽目になった。

「訊きたいんだがお前は遠慮という言葉を知っているか?」

「はふぇ――――――?」

 クレープをもぐもぐと可愛らしく食べながら小首を傾げている。

「口の中の物を食べ終わってからしゃべってくれ」

 ため息をつきながらそういうとさっきまで残り三つはあったクレープをぺろりと平らげてしまう。しかも三つともサービス付きの特大クレープだ。

 居たたまれない気持ちになりながら、凪紗と夕暮れに染まる空を眺めながらゆっくりと帰路に就く。


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