第301話 ムゥはサナのマッサージに落ちる

 夜、私はサナに呼ばれて、彼女の部屋を訪れていた。

 一体何の用だろうか。さてはサナ、自室で私のことを抱きしめたくなったな?

 子供扱いされているようで微妙ではあるものの、妹のように慕ってくれるサナのやりたいことを叶えるのもお姉ちゃんである私の役目。


 仕方ないなぁ、サナは、と思いながらサナの自室の扉をノックする。

 すぐに中から声が聞こえたので、扉を開けて中に入った。

 そこには、畳の部分に置かれた座布団に座っているサナと、なぜか敷かれている布団。


「ん、サナ、来た」


 なるほどなるほど、どうやら今回は布団の上で私を抱き枕にしたいらしい。

 本当にサナは仕方がない子だ。甘えん坊の妹を持つとお姉ちゃんは大変だなぁ、ふっ。


「あ、ムゥさん、ありがとうございます。実は協力して欲しいことがありまして」

「なんでも、言って」


 さあ来い。別に楽しみじゃないけど、今日もまた抱き枕になってあげよう。

 別に楽しみじゃないし、仕方ないことだけど!


「マッサージの練習台になって欲しいんです」

「ん。任された……ん? マッサージ?」


 ちょっと予想外のことを言われて混乱する。

 マッサージは流石に知っている。エンデーも話していたし、マリアの記憶からなのか分からないけれど、どんなことかも分かっている。

 というかサナ、マッサージできたんだ。


 そう思ってサナをじっと見ると、彼女は満面の笑みだった。


「はい、最終目標はお父様に日頃の感謝を込めて、してあげることなのですが、その前に練習をしたいなと。あ、イヴさんには以前協力してもらったんですよ」

「ふーん。まあ、いいけ……ど……」


 エンデーに報いたいというサナの気持ちは微笑ましいものだ。

 しかもマッサージをエンデーより先に堪能できるならちょっとした自慢にもなるだろう。

 けれどその途中であることに気づき、サナを、正確には彼女の両手を見つめる。


 思い出すのは、シエラとサナの模擬戦。

 刀が掠っただけで吹き飛ぶシエラ。そして力が入りすぎて粉々になった木刀。

 その木刀が形を変えて、白くなり、骨になる。骨が、粉々になる。


「……ちょっと……ちょっと、待つ」

「え? 何かありましたか?」

「よ、用事、思い出した。すぐ終わる。少し待つ」

「はあ……」


 サナにそう言って、私は勢いよく部屋を出た。

 そしてそのまますぐ隣の部屋に向かい、ノックもせずに扉を開く。

 そんな余裕あるわけがない。私の体が、私の骨が……死活問題だ。


「わっ……び、びっくりした……」


 部屋の中には、ベッドの上で寛いでいるイヴが居た。

 書類や本がベッドの上に散らばっている。


「こ、これは違うのよ? ちょっと机に向かっていて疲れたから体を伸ばそうかなーって」

「イヴ」

「え? ム、ムゥ?」


 何か言っているイヴを無視し、私は彼女に近づいてベッドに上がり、その両肩を掴んだ。

 そして努めて小声で、恨みがましく告げた。


「サナ、マッサージ、なんで、言わなかった?」

「……ああ」


 納得がいったように、イヴは呟く。


「次はムゥって言ってたけど、今がそうだったのね。別にいいじゃない。受ければ」

「心の準備、ある」

「まあ、それは分かるけど。私も急に言われて不安はあったし」

「じゃあ、なんで、言わなかった?」

「だって面白そうだったもの」


 なんてやつだ。私が犠牲になっても良いということか。

 この鬼、イヴ、金庫番、エンデー馬鹿。

 そう思って恨めしい視線を向けると、呆れた視線を返された。


「じゃあ聞くけど、ムゥが私の立場だったら言わなかったんじゃない? 面白そうってことで」

「…………」


 ノーコメント。私がそんな、そんな面白い……いや、酷いことをするわけないじゃないか。

 イヴは私の手を自分の方から外して、そういうわけだから、と続ける。


「恨まれるのはお門違いと言うか、別に恨まれてもいいというか……そもそも、普通にサナはマッサージ上手いわよ。コリも取れるし最高よ。肩とかいい感じになるわ」

「……どっちかというと、必要、サナ」


 サナの持つ立派なものを想像して、けっ、と声を出す。

 大きければ良いわけじゃないんだ。世の中の連中はそれが分かってない。


「……まあ、あなたは凝らなさそうね」

「イヴ、戦争、する?」

「しないわよ。どっちが勝つにせよ、被害が大きすぎるでしょ。……あ、でも経験者として一言言っておくわ。先生の話はなるべくしないことね……腕の骨を折られたくなかったら」

「え」


 あのイヴにしては珍しく青い顔をするので、思わず思考が停止してしまった。

 え? それ大丈夫なのだろうか。イヴの腕の骨を折る?


「折られてはいないわよ。その寸前までは行ったけど」

「行ったんだ」

「私の声があと一秒遅かったら、折れてたわ」

「折れてたんだ」

「冗談よ」

「…………」

「そこは、冗談なんだ、よ」


 いや、そんな真顔で言われても冗談とか信じられないし。

 いずれにせよ、エンデー関連で変なことを言わない方が良いのは分かった。

 ベッドから降りて、息をつく。


「ありがとう。逝ってくる」

「だから大丈夫だって……変なこと言わなければ」

「ん」


 心に刻んだ。経験者の発言って、こんなに有難いものだったんだ。

 イヴに別れを告げて部屋を出て、サナの部屋に戻る。

 彼女の部屋に入ると、サナはさっきと変わらず座布団で正座していた。


「お待たせ」

「イヴさんに用事があったのですか?」

「ん、でも、済んだ。マッサージ、する」


 やるなら早くしよう。そう思って告げると、サナは微笑んだ。


「はい、ではこちらにうつ伏せになってください」

「……ん」


 ちょっと緊張するけれど、イヴはエンデーの話をしなければ大丈夫だと言っていた。

 その言葉を信じて、うつ伏せで布団に横になる。

 ……この体勢、ちょっと苦しいし、首もきついかも。


「では始めていきますね。最初はとても弱くやっていきます。次第に強くしますので、ご安心ください」

「サ、サナ、最初、ものすごく、弱く。強く、少しずつ、少しずつ」

「はい、イヴさんにも同じことを言われたので、心得ております。お任せください……ムゥさんは、背中ですかね」


 サナの手のひらが私の背中に触れ、少しだけ不安で硬くなってしまう。

 けれどサナはそれを気にせずに、手で摩り始めた。


「……ん。ん?」


 ものすごく覚悟を決めてこいっ! って感じだったけど、ちょうど良いくらいの気持ちよさ。

 サナの手が動くたびに、痛みではなく背中の筋がほぐされていくのを感じた。


「あぁ、イヴさんはそうでもありませんでしたが、ムゥさんは凝ってますね。よく魔法式を弄ったりと、室内で下を向いて作業をしているからでしょうか。これはいけません」

「ん……下見るの……っ……多い」

「強さはこんな感じで良いですか?」

「ん、大丈っ……夫……もう少し、強い……良い」

「了解しました」


 サナの力がほんの少しだけ増す。

 指が、私の背中を正確になぞっていく。

 部屋に来る際に薄着で来てと言われたけど、従っていて良かった。


 マッサージというものを初めて受けたけれど、こんなに気持ち良いとは。


「ん……ふあっ……くっ……」

「おぉ……良い感じに解れてきましたね」


 というか、サナ、マッサージの才能もあったのか。

 指圧は上手いし、彼女の優しい声がどこか眠気を誘ってくる。

 瞼が……落ちそうになる。


「おや? 大丈夫ですよムゥさん、眠ってしまっても。お疲れでしょうし」

「ん……大丈夫……んんっ……ふっ……んん……」

「くすくす。本当にムゥさんは可愛らしいですね」


 なんて自分が返事をしているかも分からなくなって、日々の疲れが溜まっていたのか瞼が降りてくる。

 結局私は気持ちよさと眠気に耐えられずに、微睡の中、意識を落としていった。

 意識を手放す直前に思ったのは、またやって欲しいな、という願望だけだった。

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