第283話 最後の勇者との邂逅

 新しい学年度も始まって少し経った頃、特にやることがなくてアンナの授業を見学していた俺は、呼びにきたイヴと共に校舎の方へ向かっていた。


「意外と早く着いたんだな。どうだった、クロムキャスト教授は?」

「話をしたのは初めてでしたが、意外と気さくな方でしたね」


 イヴからクロムキャスト教授について聞きつつ、校舎の中へ。

 玄関口の入ってすぐのところに、ムゥと緑髪の男性が立っていた。


「ん、来た」

「おや? 初めまして、あなたがエンディさんかい?」


 この人がクロムキャスト教授だろうと思い、ああ、と返事をする。


「そうだ。あなたはクロムキャスト教授だよな? ヴァンディさんから話は聞いているぜ」

「スイードで構わないよ。僕もライオット教授からエンディさんについては聞いてるから」

「そうか。じゃあスイードさんで」

「ええ」


 互いに握手を交わした後で、スイードさんをじっと見る。

 長身に後ろで縛った緑の長髪。そして細められた目。見た感じ胡散臭そうではあるが、ムゥ曰く、怒ると怖いけど、基本的に穏やかな人らしい。


「先生、クロムキャスト教授、私はこの後授業があるので失礼します。ムゥも授業があると思うので、よろしければ見学なさってください」

「ああ、うん、ありがとう。色々と参考にさせてもらうよ」


 軽くお辞儀をして去っていくイヴを見送り、俺はムゥに視線を向けた。


「久しぶりの再会だし、話したいこと結構あるんじゃねえか?」

「スイードお兄さん、魔塔、会う機会、多かった」

「そうなのか? 俺も魔塔に足を運んだことはあったが、会えなかったな。運が悪かったのか」


 ライアスの授業で一時期毎週訪れていた魔塔だが、スイードさんには会わなかった。


「ちょうど魔物討伐の要請を受けていて、忙しかった時期だったからね。今もネイラスの街にいることが多かったりするんだけど」

「そっちは大丈夫なのか?」

「準勇者の子を何人か置いているから……それに魔境も大きな動きはないし、近いうちにシエラさんも来訪するらしいからね」


 穏やかに話していたスイードさんは、それに、と続ける。


「スカイグラス学園を見たいっていう思いは魔塔に在籍する者としてあったんだ。ほら、ライオット教授はエンディさんと文通しているし、ナインズ教授もアス……いや、スカイグラス教授とやりとりしているから。僕だけ仲間外れじゃないか」

「いや、そんなことはないと思うが……」

「それに、盗めるところはしっかりと盗まないと。魔塔の伝説、スカイグラス教授を生み出したエンディさんの授業が見れないのは残念だけどね」


 小さく笑うスイードさんを見て、良い性格をしているな、と思った。

 以前ムゥ宛の手紙を確認した時も思ったことだが、意外と気が合いそうだ。


「スイードおじ……お兄さん、ムゥ、呼んでいい」

「ああ、確かにスカイグラス教授って呼ぶと、ここではややこしいか。じゃあお言葉に甘えてムゥ君と呼ばせてもらうよ。……ところでムゥ君」


 じーっとムゥを見下ろすスイードさんの目は、笑っていなかった。


「まさかと思うけど君はこの学園で、僕のことをおじさん、と触れ回っているんじゃないだろうね?」

「!?」


 ブンブンと首を横に振るムゥ。それを見て、スイードさんは何度も頷いた。


「そうだよね? まさかムゥ君ともあろう子が、魔塔で同僚だった僕のことをそんな風に呼ぶわけないよね? じゃあ次はスムーズに呼べるように練習、しようね?」

「わ、分かった」


 イッテツさんの時ほどじゃないけれど、やや顔を青くして頷くムゥ。

 珍しい構図だと思った。あの天然暴走機関車のムゥがイッテツさん以外に恐れる人がいるとは。


「エンディさんも同意だろう? この歳になると、ね?」

「……スイードさんは俺の目から見ても若いと思うがな」


 実際、お兄さん、と呼んでも違和感は全くない。

 正直に気持ちを伝えると、彼は満足そうに何度も頷いた。


「流石はエンディさんだ」

「あ、ああ……」


 なんとも言えない気持ちになりつつも、スイードさんが上機嫌なのでとりあえずは良かったとしよう。






 その後、俺たちは校庭に出て、ムゥの授業を一緒に見学していた。

 俺とスイードさんの視線の向こうでは、ムゥが生徒達に魔法を指導しつつ、実際に使わせている。

 今は二人組を組んで、それぞれが同時に魔法を使うことで、相互理解を深めているようだ。


「指導方法は教師によって違ったりするんだ。ムゥなら今やってるもの以外に、結界を張って、その中で魔法を撃ちつつ当たったら脱落、なんてのもある。他の教師だと、魔物だと仮想させて実際に戦う奴や、一緒になって魔法を撃つやつも居たりするな」


 学園の指導方針を説明すると、スイードさんは興味深そうに何度も頷いていた。


「それぞれの教師の方法も画期的だけど、何よりそれを認めているのが素晴らしいね。魔塔といえば、大人数相手に講義をするか、機会は少ないけど外で魔法を撃つくらいだし……なるほど、指導の段階で色々と種類があるのか」

「それだけじゃなくて、それぞれの生徒が何が得意で何が不得意かも把握してる。だから今も、生徒によっては得意を伸ばしたり、あるいは苦手を重点的にやったりだな。意図的に水魔法が得意な生徒と苦手な生徒を組み合わせたりもしてるんだ」

「生徒の数が魔塔に比べて少ないとはいえ、そこまで考えるなんて……まさに少数精鋭、だね」


 生徒達の授業風景を少しでも見逃さないように必死に見ているスイードさんに苦笑い。


「この人数だからギリギリ回ってるってのはあるぞ? 魔塔で同じことをやったら多分スイードさんが潰れるから、そこは注意してくれ」

「ああ、そうだね。でも優秀な人材に集中的にやる時は使えそうだ。……恥ずかしくなるな。僕は今まで魔法の威力を上げる研究ばかりしてきて、後進を育てるという意識が抜けていたみたいだ」

「あー、まあ、今新たに知れたなら、それでいいんじゃね?」


 頭打ちだった俺に比べて、勇者まで成り上がったスイードさんを考えると、そうなるのも無理はない。

 自分に才能があると、自分の成長が楽しすぎて、自分の教師が自分、みたいな感じになるからなぁ……。


 だがこの学園での見学を通じて、スイードさんの中に何か新しい気づきがあれば嬉しいことだ。

 この後ユウリィやミルキー、ロードやイヴの授業も見学するし、為になると思う。


「……ちなみに、あの子が?」

「ああ、そうだ」


 緑髪の比較的小柄な生徒、アルフを視線の先に捉えて、スイードさんは小声で聞いてくる。

 彼は魔法軍所属なので、アルフのことも名前くらいは聞いているのだろう。


「だいぶ優秀そうだね。実力を隠しているみたいだけど……目立ちたくないから、か」


 流石は勇者兼魔塔教授。一瞬でアルフが力をセーブしているのに気づいたみたいだ。


「ああ、だろうな。ただまだ新学期が始まってそんなに経たないが、ムゥ教室の他の生徒とは普通にやっていってるよ」

「そうなんだね。僕は魔法の実力でしか見れないけど、でもエンディさんとムゥ君なら大丈夫だろう。髪色も僕に近いし、きっと彼女は強くなるよ」

「髪色は関係ないだろ」

「なんとなくってやつさ」


 なんとなくなんかいっ、と心の中で突っ込んでおいた。

 この後、スイードさんは他にも色々な授業を見学。かなり収穫はあったようで、ホクホク顔で帰っていった。

 ちなみに俺の文通相手が一人増えたことを、ここに記しておく。

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