第二話 魔術師の資質

第二話 魔術師の資質 1

「とりあえず、今日はここで休憩にしよう」

 アランが言った。

 私とアランは城を出て街道に沿って半日ほど歩き、日が暮れる前で野宿をすることにした。街道は普段使っている人がもういないのか、整備もされておらずガタガタになっていた。一緒に街道の脇に置かれていた石に並んで座る。

「あとどれくらい?」

「そうだな、記憶通りなら、あと半日歩けば小さな街があったはずなんだけど」

 アランが城の反対側を指さした。

「それから……」

「エミーリア、君はどれくらいをかけて来たか覚えている?」

「ええっと、はっきりはわからないけど、お父様が『これで最後だ』って言っていて、そう、馬車で一ヶ月くらいはかかったかも」

「そうか、じゃあ少なくともどこかで馬を手に入れるかしないといけない」

「うん、でも別に急いでいるわけじゃないし」

 私たちは当初の目的を私のいた故郷に向かうことにしていた。本当はどこに行くこともできるけど、さしあたりの目的が私たちには必要だった。

「とはいえ、旅を続けるには路銀があるわけでもないし、困ったな。少し行き当たりばったりで出過ぎたかもしれない」

 アランが少し困った顔で眉をしかめて苦笑いをした。

「路銀? お金? これ?」

 私がカバンに入れていた麻の袋から一枚のコインを取り出す。

「これは……」

「私の部屋の机にあったの」

 金貨をアランに渡すと彼は裏表を確認した。

「私の物だ」

「ふふ、それはそうだけど」

 城の主はアランなのだから金貨もアランのものだったのだろう。

「百年経って今これがどのくらい価値があるのかわからないが、街に出たら聞いてみよう。せめて今使える銀貨か銅貨に交換しないといけない」

「十枚はあったよ」

「昔なら二人で一ヶ月は持つだろうが、馬と交換するとなると難しいかもしれないな」

「うーん、それなら二人で何かして働かないといけないね」

「働く? エミーリア、君がか?」

「アランもだよ」

「働くといっても」

「なんか、こう、魔術を使って」

 私がくるくると指を回す。

 アランは呆れたような顔をした。

「魔術はそういうものじゃないよ、便利道具ではない」

「アランはそう言うけどさ、魔術で人が助けられるなら、それでいいじゃない」

「いいや、魔術は真理への……」

「アラン、もしかしてあなたも働いたことがないの?」

 アランが無言で肩の砂を払った。不機嫌になったようにも見えた。

「私は研究者だよ、そういう細かいことをしていたわけじゃない。もっと大きなことのために働いていた」

「でも今は違う、そうでしょ?」

 しかめていた顔を少し緩める。

「そうだな、君が私の主なのだから、君の言うことには従うよ」

「そういうんじゃなくて」

「ああ、エミーリア、君の言う通りだ。旅を続ける以上、そういうこともしないといけないかもね。できれば御免被りたいところだが」

「うん」

 アランが肩をすくめて、私が頷いた。

 アランが空を見上げる。私もそれに釣られて空を見た。そろそろ夜になりかけているようだった。

「この辺りは危険な獣も出なかった記憶があるが、一応火は起こしておこう。エミーリア、君が火を起こすんだ」

「え?」

「基礎的な魔術だよ。誰もが最初に習う」

「でも私」

 六年もかけて、その基礎的な魔術も使うことができなかったのだ。思わず下を向いた私にアランが語りかける。

「君は自身の内側にあると認識したものに対して魔術を行使することができる。要するに、だ」

「うん」

 アランが私に向けて左手を伸ばす。

「君のものである私を媒介とすれば魔術が使える。私は魔素に接続できるわけだからね。手を取って」

 アランの手を左手で掴む。冷たさは相変わらずだった。アランが胸から腕ほどの長さの杖を左手で取り出した。杖の先端で地面を指し、円を描く。

「詠唱はわかるね」

「それは、うん」

 頭に思い浮かべる。何年間も何百回も失敗し続けたものは忘れようにも忘れられない。

「では」

 描いた円の中央をアランが杖で指す。

 魔術の基礎はイメージだ。

 イメージできることはできるし、できないものは決してできない。

 詠唱はその補佐に過ぎない。詠唱は自然界にある魔素と自身の魔力を接続するほんのきっかけに過ぎない。

 すーっと息を吸い、気合いを入れてアランの杖の先を見る。

「緊張をするようなことじゃない、別に失敗したからって誰が怒るわけでもないよ」

「うん」

 アランの言葉で少し気が楽になる。

 火をイメージ。

 私が口を開ける。

「主よ契約を、

 我のわずかばかりの糧を捧げる、

 風は土に、

 土は火に、

 ただそこにあるように願う、

 そうあれかし、

 そうあれかし」

 息を吐ききる。

 杖の先がぼうっと明るくなる。

「まあ及第点かな」

 アランが笑顔で言った。

「できた、の?」

 アランが杖を引く、火は揺らめきながらその場に留まっていた。

「ああ」

「やった!」

 勢いよく立ち上がってしまった。

「最初の三ヶ月で学ぶことだよ」

「そんな言い方しないで、だって、私、私は、もう、六年も……、一度だって……」

「わかったわかった。頬を拭って」

 アランに言われて、私が涙を流しているのがわかった。空いている左手で涙を拭う。

「手を離すよ」

「うん」

 アランと繋がった手を離すと、火は消えてしまった。

「……ああ」

 溜め息をこぼしてしまう。

「維持はまだ難しいみたいだね、いずれコントロールできるようになるよ。練習をすれば私を介さずに使えるようになるかもしれない」

「ほんとに?」

「ああ、そうだね、おそらくは、自分に対する認識を作り替えるところからだ。『知識は認識を書き換える』だ。できるという知識、できたという経験は、これからもできる、という認識を持つことになる。最初の一回が大事なんだ。そういえば君は杖を持っていないね」

「うん、だって、魔術師としては認められなかったから」

「そうか、旅のどこかで良い杖があるとよいのだが」

「うん」

「では、私が火を起こしておこう」

 アランは杖で土を叩いた。

「契約を」

 とだけアランが言うと、そこに先ほどと同じように火がともった。アランは詠唱をほとんど省略することができるのだ。それが私とアランとの魔術師としての力の差だろう。

「さあ寝てしまおう。明日は朝から出かけよう、街に着いたら状況を確認しよう。魔術師がいれば話が簡単になりそうだが」

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