第一話 途中の始まり 11

 念のため食料庫に行ってみたがやはり食料はなかった。いくらかの土があるだけで、たぶんそれをパン生地かなにかだと思っていたのだろう。

 部屋に戻り、ベッドに座る。

 正しく認識をした私の部屋はかなりみすぼらしかった。金属は錆び、木製のものは壊れかけていた。掃除をしてどうにかなるレベルではない。ここでずっと過ごしていたのか。

 今の私には選択肢がある。

 一つはこのまま結界の内側で暮らすこと。退屈極まりないが、生き続けることはできる。今度は永遠だと理解した上で暮らさないといけない。それがどう私に影響するのかはわからない。しかし、彼は嫌がるだろうがアランもこの城にいるからひとりぼっちではない。

 もう一つは結界を解いて城の外に出ること。命は有限ではあるが、新しい生活になる。私がずっと望んでいたことだ。こちらは行く先で何が起こるかもわからないが、私は人として生きていくことになる。ただこの道を選ぶ場合、アランは彼の望んだ通り、死んでしまうのだろう。

 何か引っかかる。

 アランが言っていることは本当だと私は思っている。

 それは、『本当』だろうか。

 私にはその選択しか残されていないのだろうか。

 いや、待てよ。

 彼は私がすでに魔術を使えると言っていたのではないか。この城は私の魔力に覆われているのと同然なのだ。

 つまり。

 私が魔術を使う条件は。

 それに気がついて私は跳ね上がった。

 部屋のドアを勢いよく開けて、廊下に飛び出す。

 小走りになって廊下を駆け、アランの部屋にノックもなしに入る。

「アラン!」

 アランは部屋に備え付けられた椅子に座っていた。こちらの部屋の方が私の部屋より朽ちかけている。

「準備ができたのかい?」

 顔を上げてアランが私を見る。

 今さらながら白い顔は疲れているように見えた。

「あなた、嘘をついていたのね」

「嘘?」

 アランが首を傾げた。

「私が城の外に出て、かつあなたが生きていられる方法がある」

「そんなものは……、いいや、君は気づいてしまったのか」

 目を伏せたアランがまた顔を上げる。

「やっぱり。どうして嘘をついたの!」

「私はほとほとこの人生に飽きていたし、それを君が選択するとなると……」

「全然問題ない!」

「いや、しかし……、」

「アラン、お願いだから、私の『選択』を認めて」

「ああ、君がそれを言うとは。そうだね、そうだ、君の選択を私は尊重するよ。君がそれを背負うというのなら、認めるしかない」

「ありがと」

「やり方はわかる?」

「たぶん」

 アランが椅子から立ち上がる。私がアランに近づいていく。アランが両手を広げた。私も同じようにして彼の腰に手を回して抱きつく。

「本当にいいのかい?」

 私の頭の上で彼の声がした。

「アランこそいいの?」

「エミーリア、君がいいならね」

「うん、一緒に行こう」

 魔術の基礎は認識の改変。

 私はそれを自分の認識を拡張して、『内側』だと思ったものに作用することができる。だから、私はアラン、彼を『内側』だと認識すればいい。

 端的に言えば、彼を自分と同一のもの、あるいは自分に属するものだと認識することだ。そうして魔力を彼と共有し、供給し続けることで、彼は私と一緒にいるうちは私と同じく生き続けることができる。

 私が彼を見上げる。

「もう少し強く」

 強く抱きしめ合う。

「アラン、あなたを私の一部とします」

「どうぞ、エミーリア、私は君の一部となろう」

 私は背伸びをして、アランに口づけをした。

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