「エリカ」
柚月まお
春が来ない僕
時計の針が進むほど四季は移れゆく。
肯定だけを繰り返すうちに僕は言葉を忘れた。別に否定をしたいんじゃない。僕の意思が伝わらない、いや伝えるのが怖いのか。
それすらもわからないほどに僕は僕がわからない。いくつ“いい子"の仮面を被って自分を偽る?気づけば何度目の冬かもわからなくなった。僕は何歳になった?ねぇ、誰か僕を見つけてよ。
僕の名前を呼んでよ。
いつから僕は僕を忘れたんだろう。
「エリカ」
僕は無意識にその名前をこぼした。
思い出したのは名前と顔だけで声は思い出せやしない。
もしもう一度出会えたならこの真っ白な銀世界から連れ出してくれるのかな、でもやっぱりこんな意気地のないやつを連れ出しても足手まといになるだけだろうな。もう一度会えたなら僕はなにを思うのだろうか。ハーフだった銀髪の美女。まさしくこの雪の
この雪景色の頂上まで行けたなら、エリカにもう一度会えたなら……。
僕は雪の冷たさを感じながら意識が遠のくのを待った。
**
今頃僕は冷たい雪のじゅうたんで
まだ全然現世なんですけど?
「なんで、死んでいないんだ」
見慣れない天井に一言投げた。
視界が鮮明になってあたりを見渡すと女性が僕のそばで心配そうな表情を浮かべて祈りの手を合わせている。この様子だと僕が目を覚ましたことに気づいていないようだ。
『あの、助けていただいてありがとうございます。』
僕は控えめに話しかける。
「ひゃっ!」
びっくりされた。
ちょっとだけ僕もその声にびっくりしてしまったのでお互い様(?)ということにしておこう。
まぁ現世に身も心も残ってしまったのでまだ来るなということなのかもしれない。
「あの、突然で申し訳ありませんがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。
あ。い、いえ私から名乗るのが筋というものですよね。私はエリカと申します。」
『こちらこそ名乗らず申し訳ありません。僕はツバキと申します。
助けていただきありがとうございます。』
僕はふと本名を言ってしまっていた。いつもはカメリアと名乗っているのにエリカさんには本名を名乗ってもいいのではと思えた。
『助けていただいたことに疑問を持つのは変な話かと思われるのですが、なぜ助けていただけたのですか。』
これを聞かずにはいられなかった。だって僕は雪と共に消え去りたかったのだから。
救っていただいたのに面倒だと思うだろうけど知りたかった。
「それは、私の名を呼ぶ声が聞こえて来たからです。助けないわけにはいかないと体が勝手に動いていました。もしかして、どこかでお会いしましたか。」
僕は無意識のうちにエリカと口走っていたのか、申し訳ないことをした。
『そうでしたか。僕が出会ったエリカは生まれつき白髪でした。でもあなたは紫がかった黒髪ですよね。声は思い出せなかったので目の前のあなたが僕の言っている本人かも知れませんけれど。』
「では、私から少し質問をします。覚えている限りでいいので答えてください。」
『わかりました。お答えします。』
「では、一問目あなたはあの頃のエリカさんにどのように名乗っていましたか。」
『どのように名乗っていたかですか、少しお伝えすることをためらいますが。お答えしますと言いましたのでお答えします。カメリアと名乗っていました。ですがエリカさんに名乗ったツバキが本当の名です。』
「そうでしたか、ありがとうございます。
それでは、次の質問に……ゴホッゴホッ」
エリカさんがむせた。
『大丈夫ですか。』
僕は心配の言葉を贈る。結構な咳だったので少々驚いた。
「ええ、少し身体が弱くて。最近は落ち着いていたのですがまた症状が出てしまったようです。」
『ああ、僕のせいですね。話しやすいエリカさんに甘えてしまいました。」
「いいえ、私の方こそ“久しぶり"に出会えて良かった。また元気になったらお話ししようねカメリア。」
そう言ってエリカさん部屋を後にした。
後で聞いた話によるとエリカさん否エリカはこの家に養子として受け入れられたそうで髪色が変わっていたのは外に行くことになった際浮かないようにするためだったという話だった。
僕が知っているエリカだったんだ。
さっきの質問は疑問を確証に変えるための確認だったんだ。そういえば、以前のエリカも質問することが好きだったな。
世の中は偶然の連続でその中にほんの小さな奇跡がひそんでいるんだとそう思えた。
あの雪の中でエリカと呼んだからこんな未来がある。もし、呼んでいなかったなら……そんなこと考えたくはないな。
その後も僕はカメリアとしてこの家にお世話になることとなりツバキはいつの日か名乗ることはなくなった。
赤司椿はもう孤独じゃないんだ。——
「エリカ」 柚月まお @yuduki_25nico
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