少年趣味(ショタコン)の少女が、ショタのような少年に恋をする物語

138ネコ

少年趣味(ショタコン)の少女が、ショタのような少年に恋をする物語

 コツコツと、朝の駅の構内を一定の速度で歩く少女。

 少女の名は、綾瀬 梨花(あやせ りか)16歳。

 この辺りでは一番の進学校に通う学生である。


 髪はショートに切りそろえられ、メガネをかけ、まるで真面目が服を着て歩いているような風貌をしている。

 そんな真面目そうな少女は、電車に乗り込むと右手に吊り皮を掴みながら、左手で参考書を開き問題を読み解いていく。

 見た目通りの、真面目な性格である。 

  

 参考書に集中していた少女だが、不意にその思考を中断させられる。


「たっくんすげぇ! 体操選手みたいじゃん!」


「すげぇだろ! こんなことも出来るぜ!」


 ランドセルを背負った子供たち2人が、吊り革で遊んではしゃぎ始めたのだ。

 ぎゅうぎゅう詰めと言うほど混んでいるわけではないが、座る場所は無い程度には込み合っている。

 そんな状況で吊り革ではしゃげば、当然他の乗客に迷惑がかかる。


 少女はパタンと本を閉じ、キッと目を吊り上げながら子供たちに近づき、声を張り上げる。


「貴方達、他の人の迷惑でしょ!」


「うわっ、またガリ勉女が出た!」


「電車の中で大声を出す方が迷惑だと思いまーす」


 少女に叱られた少年たちは、全く反省するそぶりも見せない。

 更に詰め寄ろうとする少女だが、電車の扉が開くと同時に、子供たちは走って逃げ去ってしまう。


「じゃあなガリ勉女!」


「大声出し過ぎて迷惑かけるなよ!」


 一人はあっかんベーをしながら、もう一人はお尻をペンペンしながら去っていく。

 完全にガキそのものである。


「全く」


 ため息交じりにそう言うと、少女は参考書を開く。


(今日も合法的に子供たちと会話出来ちゃった! フヒッ!)


 参考書で周りから顔を見られないようにしながら、少女は口元を緩ませた。

 思わずよだれが出そうなのを必死に堪える。


 綾瀬梨花は少年趣味(ショタコン)である。


 子供達には注意という名目で話しかけていたのだ。

 ガリ勉女などと不名誉なあだ名をつけられているが、本人は気にしていない。

 なんなら、子供たちに愛称を付けて貰ったうれしーとまで思ってしまっている程である。


 学校に到着した綾瀬は、机に座り参考書を開きまた勉学に勤しむ。

 そんな彼女を、周りは出来る限り刺激しないよう、まるで腫れ物のように扱っていた。


 学力でヒエラルキーが決まる進学校に置いて、成績が優秀と言うのはそれだけで頂点に立てるのだ。

 そして綾瀬の成績はと言うと、学年トップである。


 無愛想な表情と、誰が相手でも容赦しない性格から、氷の女王などと恥ずかしい二つ名まで付けられる程になっていた。

 授業中に少しでもぼーっとしている生徒が居れば、すぐに彼女の罵倒が飛び交い。

 テストの返却の際には、学級委員長の彼女がクラスメイトの答案用紙を教師から受け取り、点数と共に呼び上げて渡すという非道っぷりである。

 そんな彼女に対し、誰も文句は言えない。成績が優秀過ぎるから。


 そんな綾瀬ではあるが、彼女の容赦ない性格のおかげかクラスの平均点は他のクラスよりも高く、一緒のクラスというだけで羨ましがられたりもする。

 スパルタではあるが、それだけの恩恵ももたらしている。


 始業の鐘がなる。

 氷の女王こと綾瀬梨花に難癖付けられなかった事に、周りがホッとしながらホームルームが始まる。 


「今日は転校生を紹介する」


 担任の教師が教室に入って来るなり、突然の転校生が来る発言。

 誰もが一瞬「おお!」と驚きの声を上げ、そして気まずそうな顔をして息を潜める。氷の女王の機嫌を損ねてないか不安になったからだ。

 だが、綾瀬本人は気にした様子はない。驚けば声が出るのは当然の反応だ。そんな程度にしか思っていないからだ。


 綾瀬の反応を見てから、教師がコホンと軽く咳をして「入って来なさい」と言うと、教室のドアが開かれた。

 転校生の姿を見て、またもや驚き声が出そうになるクラスメイト達。

 そこに居たのは、高校生の制服を着た小学生だった。


 いや、正しくは小学生ではない。

 れっきとした高校生である。見た目が子供っぽいだけで。


 身長は150あるかないか。

 緊張しているのか、少しおどおどした様子が尚更幼く見える。

 

「自己紹介しなさい」


 教師に促され、転校生の少年が黒板に名前を書き自己紹介を始める。


「あの、小内 翔太(おさない しょうた)です。よろしくお願いします」


 そう言ってぺこりと頭を下げた。

 彼が頭を下げると、控えめな拍手が起きる。

 クラスメイト達の目線は、転校生の少年ではなく、綾瀬に向かっている。

 拍手の音量はこの程度良いのかと、ご機嫌を窺うように。


 対して綾瀬はクラスメイトなど眼中に無かった。

 もはや担任の教師ですら目に入っていない。見据える先は、小内翔太ただ一人。


(幼い、ショタだって!?)


 小内翔太である。


 少年趣味(ショタコン)の綾瀬に、雷が落ちたような衝撃が体中を駆け巡っていた。

 目の前に居る少年は、どう見ても小学生にしか見えない。

 だというのに、自分たちと同い年なのだ。


 そう、これは合法ショタなのである!

 そんな奇跡の逸材が、同じクラスに転入してきたのだ。


「小内の席はそうだな」


「私の隣が空いています」


 とにかく冷静を装い、手を上げて自分の隣の席が空いているアピールをする綾瀬。

 彼女の席は一番後ろの窓際の一つ隣。窓際の席は空席になっている。


「そうか、それじゃあ小内、綾瀬の隣に座りなさい」


「は、はい」


 何が嬉しいのか、えへへと笑いながら周りにペコペコして歩く小内。

 彼が綾瀬の隣に座ると、ホームルームがつつがなく始まる。

 これでようやく授業に入る準備が出来る。

 クラスメイトがホッとしたのもつかの間。


「えっと、初めまして。ボクは小内 翔太っていいます」


 小内が綾瀬に向かい、自己紹介を始めたのだ。まだ教壇では担任が話をしている最中だというのに。

 教師が話をしている最中に、話を中断するような行為は綾瀬の逆鱗に触れる行為の一つである。

 クラスメイトの誰もが「あぁ、終わった」と思った。 


「そう、さっきも聞いたわ」


 だが、そっけない感じで返事をするだけで、何も起こらない。

 いや、実際には大事になっていた。


(なになに、見た目ショタな上に、一人称ボクって完璧じゃない!)


 綾瀬梨花、脳内では大はしゃぎである。

 見た目がショタなだけではない、ハスキーがかった声、しぐさどれを取ってもパーフェクトであった。

 そこいらにいる少年よりも少年らしい小内に、綾瀬は既にメロメロ状態である。


「あの……」


 何か言いにくそうにもじもじする小内。

 綾瀬は聡明な少女である。彼が何を言いたいのか察した。


「綾瀬。綾瀬梨花よ」


 自己紹介をして欲しい、多分そういう事なのだろう。

 もしかしたら聞きたい事は別にあるが、名前が分からないから、どう呼べば良いか悩んでただけかもしれない。

 だが、それも名前を名乗るという事で解決する。二段構えの作戦である。


 名前を教えてもらい満足なのか、ニカっと笑いかける小内。


「うん。よろしくねリカちゃん!」


 今度こそ終わったとクラスメイトが青ざめる。


「ええっ、よろしく。それとホームルーム中だから静かにね」


 そっと人差し指を口に当てる綾瀬。


「あっうん。えへへ」


 綾瀬がいつ爆発するか不安になるクラスメイト。

 対照的に、綾瀬は内心ルンルン気分である。


(何この子、凄く可愛いんだけど! 家にお持ち帰りしたいわ!)


 小内が綺麗に綾瀬の地雷を踏みぬきながらも全てを不発にさせる事により、クラスメイトと教師の胃を痛める以外は何事もなく全ての授業が終わった。


「これでホームルームは終わりだが、小内はまだ転向の書類とかが残っているからこの後職員室に来るように」


「はい」


「それでは委員長、号令」


「起立!」


 ホームルームが終わり、漫画だったら「てってって」などという効果音が出てきそうな走り方で教室を出ていく小内。

 そんな小内を恍惚な表情で見送る綾瀬。小内を見送ると、部活動に所属していない綾瀬はカバンに荷物を詰めそのまま下校する。


(どうせなら小内君と一緒に帰りたかったな。家どっちなんだろう)


 綾瀬の頭の中は小内の事で一杯だった。

 少年趣味(ショタコン)の前に合法ショタが現れたのだ。仕方がない事である。


 少しだけ頬を緩ませながら、綾瀬は駅の構内を歩く。

 ふと、ガラの悪い怒声が聞こえた。


「おいクソガキ、テメェがぶつかったせいでケガしたじゃねぇか。どうしてくれるんだ?」


 3人組のチンピラのような青年たちが、ランドセルを背負った子供の胸ぐらを掴み恫喝していた。


「ご、ごめんなさい」


「ごめんなさいじゃねぇんだよ。分かってんのか。あぁん!?」


 涙目でごめんなさいを繰り返す子供。その姿に綾瀬は見覚えがあった。

 朝吊り革ではしゃいでいた子供たちである。


 遠巻きに見ている通行人に対し、青年たちは「何見てるんだコラ!?」と威嚇を始めている。

 誰も子供たちを助けようとはしない。巻き込まれるのは御免とばかりに見て見ぬふりだ。

 そんな子供たちを助けに入ったのは、綾瀬梨花だった。


「やめなさい。こんな子供相手に恥ずかしくないの!」


 物怖じをせず、誰が相手でも容赦はしない。

 そんな彼女だから、チンピラまがいの青年たち相手にも一歩も引かず強気に出られる。


「何だテメェ?」


「貴方達に名乗る名前なんてないわ!」


「クソムカツク野郎だな。コイツからやっちまうか?」


「おいおい、待てよ。よく見たら中々良くないか?」


「……確かにそうだな」


 青年たちが、ニヤニヤとした表情で綾瀬を無遠慮に見る。


「お前がガキ共の代わりに俺達と話し合いするって言うなら、このガキ達を離してやっても良いがどうする?」


 一瞬だけ、助けを求めるような目で綾瀬を見る子供たち。

 そんな目で見られなくても、綾瀬の中で答えは決まっていた。


「良いわ」


「おうそうか。じゃあこっちへ来い」


 チンピラが胸倉を掴んだ手を放し、解放された子供たち。その場で不安そうに綾瀬を見ている。

 ここで子供たちが走って逃げたなら、綾瀬もそれに乗じ走って逃げ出せただろう。

 だが、恐怖で動けなくなった子供たちを置いて逃げ出す事は出来ない。そんな事をしたら助けた意味が無くなってしまう。


 綾瀬は仕方がなく、男達について行くしかなかった。

 駅を抜け、人通りの少ない路地裏まで歩かされた。

 逃げ出すタイミングを何度も図っていた綾瀬だが、男たちが綾瀬を囲むようにしているため逃げ出せず、気づけば人気のない路地まで来ていた。


「こんな所まで付いて来たって事は、どうなるか分かってんだよな?」


 そう言って綾瀬に手を伸ばすチンピラ。

 その手を綾瀬はパシリとはたいた。


「汚い手で触らなッ」


 手をはたいた時よりも、ひと際大きな、乾いた音が鳴り響いた。

 頬が熱く感じる。一瞬遅れて綾瀬は自分が殴られたのだと気づく。


 綾瀬梨花は強い女である。

 進学校で成績トップ。ヒエラルキーの頂上に君臨する氷の女王。

 品行方正で、無愛想な表情と、誰が相手でも容赦しない性格から生徒だけではなく、教師ですら彼女には誰も逆らえない。


 だが、それはあくまで彼女の通う学校の中だけの話である。


「よし君、顔はひでぇよ」


「はんっ、俺は男女平等主義だからな。こういうのはどっちが上か先に教えておくのが大事なんだよ」


「おーこわ」


 ゲラゲラと厭らしい笑いを浮かべるチンピラのような青年たち。


「えっ……あっ……」


 思わず頬を抑える綾瀬。

 何か言ってやろうにも、上手く言葉が出ない。


 彼女は自分が強いと思っていた。例え相手が大人でも引けを取らないと。

 だが、たった一発の平手打ちで、彼女の心は折れてしまったのだ。 

 震えが止まらず、逃げ出そうにも足が動いてくれない。


 恐怖で声すら出なくなっている。

 もはや彼女が出来る抵抗は、何もなくなっていた。


「さぁて、お楽しみはこれからだ」


 よし君と呼ばれた男の手が、綾瀬に伸びる。

 小さな声で「嫌、やめて」と言うだけの綾瀬の瞳には、もはや恐怖の色しか映っていない。

 ここは都市開発計画で次々と高層ビルが立ち並んだ結果、入り組んだ迷路のような路地裏である。

 誰かが偶然通る事も無ければ、大声で叫んだとしても人通りのある場所まで声は届かない。

 

 綾瀬の耳には自分の歯がガチガチと鳴る音だけがやけに大きく聞こえ、その音が更に彼女を恐怖に陥れる。

 目をきょろきょろと動かしてみるが、当然助けに来る人など誰も居ない。

 絶望的状況である。


「やめろっ!」


 だが、そんな人気のない路地裏に、ハスキーがかった、良く通る声が響いた。

 綾瀬もチンピラも思わず振り向く。

 振り向いた先に居たのは、高校生の制服を着た子供だった。


「おさない、くん?」


「りかちゃん、大丈夫!?」


 綾瀬の元へと駆け寄ろうと走る小内。

 そんな彼に、綾瀬は必死に声を張り上げる。


「小内君、逃げてっ!!!」


 小内1人に対し、チンピラたちは3人。

 明らかに勝ち目はない。戦っても小内が酷い目に合うのが目に見えていた。

 自分がこの後どうなるか分かった上で彼女は叫んだのだ。逃げてと。


 心が折れても、それでも綾瀬は強い女だった。


「大丈夫、今行くから」


 だが、綾瀬の制止の言葉を聞かず、そのまま向かって来る小内。

 当然、チンピラがすんなりと通してくれるわけが無い。

 小内の前に、よし君と呼ばれたチンピラが立ちふさがる。


「ガキ、痛ぇ目にあいたく無かったらさっさと帰れ」


「いやだ!」


 小内の言葉がゴングとなった。

 右腕を振り上げるよし君が、小内に勢いよく殴り掛かる。

 体格差は大人と子供、勝負になるはずがない。


 思わず目を閉じる綾瀬。

 この後の小内がどうなるかを想像するだけで、涙が出そうになる。


「ぐおっ」


 目を閉じた綾瀬の耳に飛び込んできた悲鳴は、野太く汚い声だった。

 薄目を開けてみると、そこには腹を抑えうずくまるよし君と、無傷の小内が立っていた。


「て、てめぇ……」


 立ち上がろうとするよし君に、小内が容赦なく殴り掛かる。

 小内の右ストレートが、吸い込まれるようによし君の顎にヒットする。

 頭をグラグラと揺らし、白目を向き倒れるよし君。


 倒れたよし君に目もくれず、綾瀬の元へ向かう小内。

 綾瀬をチンピラから守るように立つ。


「次は、キミ達?」


 小内に睨まれ、チンピラ2人は思わず「ヒッ」と声を上げた。

 このよし君と比べると、彼らは弱いのだろう。


「ねぇ、リカちゃんの頬赤くなってるよね? 殴ったのは誰?」


 先ほどのハスキーがかった声よりも、幾分か声が低くなる小内。 


「ち、違う俺達じゃない。よし君、よし君がやったんだ!」


 そう言って、倒れたよし君を指さすチンピラ。


「でも、キミ達もそのよし君の仲間なんだろ?」


「ち、ちげぇし。俺達はコイツ脅されてやってただけだよな?」


「そうそう。コイツが悪いんだ。オラッ!」


 倒れてるよし君に対し、強気に踏みつけるチンピラ2人組。


「これで仲間じゃないって分かっただろ? な?」


 愛想笑いを浮かべ、降参アピールするチンピラたち。


「はぁ……それだけ?」


「ヒ、ヒィ。分かりました。お金ですよね、お金なら」


「違う!」


「じゃ、じゃあなんなんだよ!」


 チンピラ逆ギレのような懇願である。


「りかちゃんにごめんなさいでしょ!」


 思わず全員が目を丸くした。

 よし君をあっという間に倒した小内。小さいながらも、その腕っぷしから綾瀬ですら彼を恐ろしく感じた。 

 倒れた相手への追撃は明らかに喧嘩慣れした動きだ。

 見た目に反した腕っぷしだが、発言は見た目通りの子供そのものであった。


「えっと……ごめんなさい!」


 このガキなら倒せるかも。

 そんな風に考え直したチンピラ達だが、足元でいまだ白目を向いてのびているよし君を見て素直に謝る事にしたようだ。


「りかちゃんは、これで良い?」


「あ、はい」


 思わず返事をしてしまった綾瀬。


「リカちゃんが許してくれたんだから、よし君連れてもう家に帰りなさい」


「はいぃ。すみませんでした!」


 チンピラ2人がよし君を抱えて逃げていくのを、放心した様子で見つめ続けていた。


「ところで、小内君何でここに?」


「うん。あの子達が助けて欲しいって言ってたんだ。特徴を聞いたらりかちゃんに似ていたから急いで駆け付けたんだ!」


 物陰からコソコソと覗いていた少年たち。

 先ほどの子供たちである。


 鼻を掻いたりしながら、バツの悪い表情を浮かべている。


「あ、あの程度俺でも勝てるし」


 そして、少年が絞り出した言葉はそんな強がりである。


「ガリ勉女に助けて貰えなくても、平気だったし!」


「ってか今回はソイツに譲ったけど、次は俺が助けるからな!」


 必死な強がりを喚き、顔を赤くして去っていく子供たち。

 彼らが綾瀬をガリ勉女だと言ったりするのは、気を引きたいからだったのだろう。

 だが、当の本人にはそんな気持ちは全く伝わっていないのである。


(良く分からないけど、あの子達そそる表情だわ)


 帰ったらあの子達の表情を思い出して楽しもう。

 あぁどうせなら写真も撮ればよかった。そんな風にちょっと後悔をする綾瀬。


 段々と冷静になって来た彼女は分かっていた。

 そんな風にふざけた考えをしないと、自分が泣いてしまいそうだという事に。


 恐怖からか、それとも助かった安堵からか、はたまた頬にまだ感じる痛みからか。

 原因は分からないが、自分が泣いてしまうという結果だけは分かっていた。

 だから、少しでも気を紛らわそうとしているのである。


 いまだに振るえる足で上手く歩けるようになるには、まだ時間がかかるだろう。

 そんな彼女を、小内は小首をかしげて見ている。何故立ち止まったままなのかと。

 そして、「あっ」と言った感じの表情をすると、綾瀬に近づく。


「りかちゃん、ちょっとしゃがんでくれる?」


「こう?」


 良く分からないが、その場にしゃがもうとする綾瀬。


「あっ……」

 

 震える足では、上手くしゃがむ事が出来ずそのままぺたんと地面に座り込んでしまった。

 立ち上がろうにもうまく足が動かない。


「ごめんね小内君、上手く立てないからちょっと待ってね」


 頑張って立とうとする綾瀬に小内が近づくと、そっと頭を抱きかかえた。


「大丈夫。もう大丈夫だから。安心して」


 まるで小さい子をあやすように、そっと綾瀬の頭を撫でる小内。


「うぐっ……怖かった……」


 小内の行動が決め手だったのだろう。

 彼女の中で抑え込んでいた物があふれ出した。


「このまま何されるのかと思うと……怖かった。私……殴られただけで何も出来なくなって……」


「うんうん。怖かったんだね」


 あとは涙と共に言葉があふれ出るだけだった。

 賢い彼女からは、信じられないような、文法も無視したような感情を羅列しただけの言葉があふれ出る。

 それをうんうんと言いながら、ただただ小内は相槌を打ちながら「もう大丈夫だよ」と言って慰め続けた。



 帰り道。

 落ち着きを取り戻した綾瀬を家まで送るため、小内は綾瀬と一緒に歩いていた。手を繋いで。

 自然に手を繋いだ小内に対し、綾瀬は何も言わない。


(合法ショタと手繋ぎ! 今日はもう手を洗わない!)


 落ち着いた途端これである。

 ショタにこれだけ合法的に近づける機会は無いのだから、そのご尊顔を楽しませてもらおう。

 そう思い小内を見た綾瀬。 


「ん? どうしたの?」


「い、いや。なんでもないよ」


(なんでだろう。小内君の顔を直視できない)


 綾瀬の手汗が溢れるのはショタと手を繋げた緊張からか、それとも……。


「そういえば、小内君ってここに来る前はどこに住んでたの?」


「本島とは離れた小さい島だよ。そっちの学校が廃校になっちゃったから、おじいちゃんの家があるこっちに引っ越して来たんだ」


「へぇ」


 島にいる頃は、近所に道場がありそこで護身術を習ったり、近所の子供たちと遊んだりしていたと話す小内。


「僕が一番年上だからね、いつも子供たちの面倒を見てあげてたんだ!」


「そうなんだ」


 そう言ってクスッと笑う綾瀬。

 エッヘンと言わんばかりに胸を張る小内だが、一緒に秘密基地を作ったなどと話す小内は、近所の子供たちにはお兄さんじゃなく同年代に思われていたのだろう事が容易に想像がつく。


 楽しい時間と言うものはあっという間である。

 気が付けば、綾瀬の家の前に到着していた。


「あっ、私の家ここだから」


「それじゃ、また明日学校でね」


 繋いだ手がするりと解けていく。

 少しだけ名残惜しそうに、小内の手をチラッとだけみる。


「うん。翔太君、あの、今日は助けてくれてありがとね」


「男として当然の事をしたまでだよ。りかちゃんもまた困った事があったら呼んでね。バイバイ」


 何度も振り返り手を振る小内。

 彼が見えなくなるまで手を振り続ける綾瀬だったが、最後まで上手く目を合わせることは出来なかった。


(せっかくのショタだというのに、なんか顔を直視できない!)


 勿体ない事をしたな等と思いながら首を傾げる綾瀬。

 なぜ小内の顔を見れなかったのか、彼女はまだ気づかない。

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