ルビー色の乙女たち

中田もな

một

「正午になりました。本日のニュースをお伝えします」


 一人暮らしには大きすぎる居間に、ニュースキャスターの声が響く。今日は何日だったかしらねと思いながら、千賀子はぼんやりとテレビを見ていた。


 年を取ると、時間感覚が無くなるからいけない。ジィジィと鳴く蝉の合唱で、ようやく夏だと分かるレベルだ。壁に掛けたカレンダーは、一九七二年の八月となっている。ついこの間還暦を迎えて、ドタバタと年明けを迎えたと思ったのに、いやはやあっと言う間である。


 ……いやいや、こんなことではダメだ。千賀子は小さく被りを振った。こういう考えこそが、神経を老化させるのだ。彼女はヨイショと立ち上がり、天井に向かって伸びをした。そろそろ盆も始まることだし、仏壇の整理をしようと思っていたのだ。


「さてと、雑巾はどこにあったかしら……」


 ぶつくさと独り言を言いながら、千賀子は物探しを始める。先の大戦で夫を亡くし、次の嫁ぎ先も見つけないまま、この年になってしまった。必然的に一人でいる時間が多くなった今、せめて独り言でも言っていないと、声帯が衰えてしまいそうで怖かった。


「やぁね、押し入れに仕舞ったんだったわ」


 記憶を手掛かりにうんしょと引き戸を開けてみると、出るわ出るわ、捨てられなかった物の数々。「次は押し入れの掃除ね」と言いながら、奥に手を伸ばしてジタバタしていると、コトンと四角い箱が落ちてきた。手のひらに乗るサイズの、指輪でも入っていそうな小さな箱。何だったかしらね、これ、と千賀子は思い、試しにパカリと開けてみた。


「あら、懐かしいわね」


 そこに入っていたのは、ルビーの原石だった。押し入れの奥深くに仕舞われて、いくらか色が燻んだように見えたが、間違いなく宝石の輝きだった。


「思い出すわね、若い頃のこと……」


 仏壇の準備もそっちのけで、千賀子はついつい、思い出に浸ってしまう。

 そう、あれは、彼女が三十代の頃だった。戦争で世界に歪みが走る中、夫と共に越南に渡ったのは。

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