きよし、この夜。
sorarion914
第一夜 Silent Night
夜の街が、1年で最も光り輝く
僕が1番キライな日。
クリスマスだ。
「どうぞ!今ならサービスしますよ」
僕はカラオケ店のチラシを道行く人に配っていた。
チープなサンタの衣装を着て――
「どうぞ!おねぇさん!」
「お兄さんもいかがですか?」
楽しそうに身を寄せ合って歩いているカップルに、僕は笑顔でチラシを差し出した。
イブの夜限定の割引チケット。
カップルならドリンク一杯無料券付き。
イルミネーションがひと際輝き出す聖なる夜に、食事を終えて一息ついたカップルは、そんなチラシ見向きもせずに足早に立ち去っていく。
そりゃそうだろ……
「これからがお楽しみの時間だもんな……」
僕はそう呟いて、呆けた様に歩道のど真ん中で立ちすくんだ。
サンタの衣装は薄い素材でできているので、インナーを重ね着していても寒さが染みてくる。
チラシを配り終わるまでは帰ることもできない。
こんな日に。
なんで僕はまだ、ここにいるんだろう?
――交差点から車のスキール音が聞こえてくる。
街の喧騒がひと際大きくなり、緊急車両のサイレンがイルミネーションを赤く染める。
僕の記憶が、そこで途切れる。
(なんで、こんな日に……)
僕は、サンタの衣装のポケットに手を入れた。
掴みだした小さな箱。
あの日から、ずっと持ち歩ている。
もう渡せないと分かっているのに――
それでも。
ここにいれば。
聖なる夜なら。
なにか奇跡が起こるのではないか?
そんな、あるはずもない夢を僕は見続けているのだ……
あの日からずっと。
笑いながら目の前を通り過ぎるカップルに、僕はチラシを差し出す。
「どうですか?今ならドリンク一杯無料ですよ」
男は鼻で笑い、女は小声で
「こんな日にバイトなんて可哀そう」と呟き、クスクス笑う。
クリスマスイブに、共に過ごす彼女のいない寂しい男――
今の僕はきっと、そういう風に映っているのだろう。
「会いたい……」
僕は、受け取られることのないチラシの束を掴んだまま、じっと天を見上げた。
「君に会いたい」
呟きは白い吐息になって、暗い空に消えていった。
――その時。
ポンポンッと足を叩く軽い衝撃に、僕はハッと我に返った。
視線を落とすと、真っ赤なコートを着た少女が1人、僕の事を見上げていた。
5歳くらいだろうか?
長い髪をゆるくカールしていて、サンタの様な真っ赤なコートを着ている。
可愛らしい女の子だった。
「あれ?どうしたの?」
迷子かと思い、僕は周囲を見回した。
が、親らしき姿は見当たらない。
こんな夜更けに……まさか一人で繁華街にいるとは思えず、僕は身をかがめて少女に言った。
「お父さんとお母さんは?」
少女は何も言わず首を振った。
「え?まさか、1人?」
少女はニッコリ笑っている。
「参ったな……」
僕はサンタ帽の上から頭を掻いて呟いた。
「交番連れていていくか……」
僕がそう呟いていると、少女がサンタの衣装を引っ張って、言った。
「お兄さん。何で泣いてるの?」
「え?」
少女に言われて、僕は慌てて顔に触れたが、涙は感じなかった。
「僕、泣いてる?」
少女は黙って頷いた。
「でも……」
「プレゼントあげるから、泣かないで」
少女はそう言うと、コートのポケットからビーズで作った指輪を取り出すと、徐に僕の手を掴んで指にはめた。
「はい。これあげる。サンタさんからのプレゼントよ」
「……」
僕は右手の小指に、無造作にはめられたビーズの指輪を見て、思わずクスっと笑った。
「もう泣いちゃダメよ」
そう言って笑う少女に、僕は泣いてもいないのに嬉しくなって頷いた。
そして。
何故だか。
急に思い立って、ポケットから小箱を取り出すと、それを開いて中身をじっと見つめた。
そこには――小さな宝石をあしらった指輪が一つ。
「……」
僕はそれを手に取ると、目の前の少女を見た。
少女の目が、じっと自分に向けられる。
それは、どこか懐かしく、不思議な温かさを感じる目だった。
僕は、まるでプロポーズでもするように少女の前に片膝をつくと、その小さな右手を取って、言った。
「お嬢さん。僕と結婚してくれますか?」
最初は冗談のつもりでそう言ったのだが……
不思議と、少女の目を見ているうちに、胸の奥から抑えきれない感情が込み上げてきた。
そして、はにかむ少女の薬指に、僕は指輪を通してしまった。
子供の指には余る大きさだが、少女はそれを見ると嬉しそうに笑った。
そして、跪く僕にそっと抱きつく。
まるで空気のように軽い感触だった。
その、少女の体に触れるより早く、少女は僕から体を離すと、「じゃあね」と手を振って、夜の街へ走り去っていった。
「あ――」
雑踏の中へ。
まるで溶けるように消えていく少女を、僕は呆気に取られて見ていた。
高価な指輪をあげてしまった事よりも、そのことで親に叱られないか、その方が気になり後を追いかけようとしたが……チラシ配りの進捗を尋ねるスタッフがやって来たので、結局そのまま。
仕事が遅い事を叱られた上、大事な指輪も失った僕は、奇跡など起こらぬまま――聖なる夜を終えた。
【第二夜へ続く……】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます