ソウルカードプレイヤーズ

霜田哲

第1話 賭けの行方

十九世紀末――


大英帝国、バークシャー州イートンに広大な敷地を構えるウィザード養成学校、イートン・ウィザード・スクールにて。


「卒業おめでとう!」


「ああ、やったな、卒業おめでとう!」


「これで僕らは自由の身だ! 卒業おめでとう!」


今年もイートン・ウィザード・スクールに卒業の季節がやってきた。


人生の先輩である校長の深い含蓄に満ちた挨拶と説教は、長い囚人生活から解き放たれ、輝ける人生に向かって羽ばたこうとする若者たちにとっては、なんの意味も持たないものだった。校長の話が終わるやいなや、晴れ渡った青空に向かって黒角帽を一斉に放り投げた生徒たちを、彼らとまったく同じ罪状を過去に犯した覚えのある教師たちは苦笑いで見ていた。


そんな教師たちの視線もつゆ知らず、生徒たちは、十三歳の頃から六年間、厳しい規律のもとで切磋琢磨してきた仲間たちと、これからの自分たちの人生についての話に夢中になっていた。


ウィザード・スクールを卒業して晴れて一人前のウィザードとなった若者たちは、世界の各地に植民地を持ち、多大なる財を手中におさめる大英帝国の繁栄の礎だ。


ウィザードというのは、高度な専門技能を身につけた一種のエリートだ。


様々なスキルを持つソウルカードを自在に使役するウィザードの活躍の場は、軍事、医療、行政、研究・技術職、民間企業等の多岐に広がる。そのいずれをとってみても、安定的かつ高収入な道が約束されているのはまず間違いない。


抜けるような青空のもとで、卒業生たちは自分たちの輝ける将来への展望と希望についての話に夢中になっていた。


「それで君はこれからどうするんだったけな、ピーター?」


「おれは医者になるんだよ、ジョージ。最近は科学の進歩によって治療系カードの必要性は低下しているなんていうくだらない論争が巻き起こっちゃいるがね、なに、ウィザードの医者はまだまだ稼げるさ。貴族のかかりつけ医にでもなりゃ、将来安定だよ。ん? どうした、不満気な顔だな、トム。なんだよ、なんか言ってみろよ」


「いや、別に。君の意見にはなんの反論もないよ、ピーター。だがね、僕らはこの六年間で人類の叡智ともいうべきソウルカードの使い方について学んだんだぜ? でも、この人類の叡智については、いまだ計り知れない謎に満ちているんだ。それを解き明かすのが、大英帝国臣民としての僕らウィザードの使命だと思わないかい? なあ、ケント。ピーターよりも聡明な頭脳を持つ君なら、僕の意見に賛成してくれるだろう? 僕らはみんな軍人や医者なんかよりも、ウィザード・カレッジの博士課程を目指すべきなんだ」


「いいや、そうは思わないね。僕は、カード使いとしてのウィザードの能力は公共の利益に還元し、民衆と偉大なる女王陛下のためにこそ捧げるべきだと思う。つまりは、僕の結論としては、魔術省の官僚となることこそが一番の進路というわけさ。皆さん、おわかり?」


「魔術省だって? ふん、社会の秩序を守るためとかいって、インプを使って民衆の秘密をこそこそ嗅ぎ回ったり、諸外国の情報をこっそり盗み取るスパイになるだなんて、おれはごめんだね。そんなのは変態のやることじゃないか」


「変態とはなんだね。君、僕に喧嘩売ってるのかい?」


「もしそうだとしたら、いくらで買う?」


「1ペニーで」


ボロボロで薄っぺらい硬貨が投げられると同時に、血気盛んな二人の若者は自らのデッキホルダーからソウルカードを取り出してそれぞれのソウルを召喚した。


喚び出されたインプとゴブリンが派手にスキルを使ってやり合い始めたのを他の若者たちは面白がって観戦していたが、その中の一人がやがてなにかに気づいたかのように言った。


「変態といえば……あの〈サキュバス狂い〉の進路について誰か知っているか?」


インプとゴブリンがピタリと動きを止めた。学内の有名人について尋ねられた若者たちは一斉に顔を見合わせていた。


「そういえば聞かないな」


「僕も知らない」


「おれはこの前談話室で会ったときに本人から直接聞いたぞ。なんでもトーナメント・プレイヤーになるらしい」


「トーナメント・プレイヤーだって?」


若者たちは再度顔を見合わせた。その顔には一様に驚きと呆れの表情が浮かんでいた。


トーナメント・プレイヤーとは、ここ大英帝国においてウィザードたちの技術向上とそれにともなう国力強化を目的として当局が主催する、ウィザードが使役するソウルとソウルの戦い――すなわち、ウィザード・トーナメントの参加者のことを指す。


ウィザードとしての財産と名声、そしてときには命さえやり取りする魔術戦は、運営側が使役するソウルの能力によって大英帝国本土の各地で放映されており、身分の上下を問わずあらゆる老若男女の娯楽と賭博の対象となっている。


そのため、花形スター・プレイヤーともなれば、巨額の富と名声を手にして上流階級の社交界にも自在に出入りできるうえに結婚相手は選び放題なのだが、負けたときに失うものもそれなりに大きいため、ウィザード・スクール卒業後の進路としての安定的な収入と地位を捨ててまでトーナメント・プレイヤーを目指す生徒は少ない。


「だがまあ、彼ならさもありなんといったところだな。もともと変わっている男だったから、何を言い出してもおれは驚かんよ」


「まあ、確かに計り知れないところがある男だったからな。だが、もしかするとだ。Aランクプレイヤーにまでなるかもしれんぞ」


「ふふっ、それはありえないよ。低級ソウルのサキュバスなんかにハマっていた男さ。サキュバスなんて下品でゴブリン以下の知能しか持たないソウルだというのに、まったくあの男ときたら……我らが栄えあるイートン校の汚点だね。彼なんて、Bランクへの階段に足をかけることもなく終わるのが関の山だろう。あの〈赤毛〉ならともかく、〈サキュバス狂い〉がトーナメントで生き残ることができるとは思えないよ」


「その〈赤毛〉のことだが……知ってるか? 彼もトーナメント・プレイヤーになるらしいぞ」


「……なんだって?」


「その話ならおれも聞いたな。それだけじゃない。知ってるか? なんでも我らがアイドル……〈イートンの女王様〉もトーナメント・プレイヤーになるらしい」


「なんだって! そんなの初耳だ、こんちくしょう!」


悪態をついた若者は盛大に頭をかきむしった。


「〈イートンの女王様〉にして〈竜使い〉たる彼女がまさかトーナメント・プレイヤーになるなんて……彼女ほどのマナと頭脳があれば、カレッジの教授でも魔術省の大臣でも思うがままなのに! それが、貧民街育ちの〈赤毛〉や、授業をサボってサキュバスといかがわしい行為に耽っていた〈サキュバス狂い〉と一緒にトーナメント・プレイヤーになるだなんて……」


「いいじゃないか。ウィザード・トーナメント、おおいに結構。おれは大好きだぜ。おれたちの代でも特に目立っていたあの三人が、同時にトーナメント・プレイヤーになるなんて、ものすごくわくわくするよ。最初はもちろんみんなCランクからのスタートになるけど、ひょっとすると近い内に彼らがBランクへの切符をかけてCランクの最終戦で争うことになるかもしれないぞ」


「はっ、馬鹿な。ありえない。そんなことは断じてありえない。僕だってトーナメントについてはいささか詳しい。Cランクで勝ち上がるのはそう楽な話じゃないんだ。デビューしてから十年経っても上にあがれない者がいるほどなんだぜ。マスターとしての〈赤毛〉のスキルは確かにすごいが、おそらくCランクを抜けることができるのは〈竜使い〉だけだろう。彼女の実力ならばこの一年以内にBランクに上がる可能性は非常に高い。十ポンド賭けたっていい」


「へえ。じゃあおれは〈赤毛〉に二十ポンドだ。やつのソウルの使役技術は凄まじいからな。今にきっと世間を騒がせることになるだろうぜ」


「おいおい、二人だけで盛り上がらないでくれよ。僕も賭けるよ。〈竜使い〉にソヴリン金貨十枚とクラウン銀貨二枚だ。実を言うと、初めてあの金髪と青い目を見たときから、僕は彼女のファンなんだ」


「それならこちらは、〈赤毛〉にソブリン金貨十五枚と十六シリングを。粗暴なアイルランド男ですが、彼のハングリー精神には昔から感じるものがあるのでね。実を言えば、初めてあの真っ赤な髪を見てからというもの、僕は彼のファンなんですよ。ふふっ」


「えっ……?」


不可解な発言に不穏な空気になりつつも、若者たちがワイワイと、自分の馬にまだもらってもいない初任給を投じていたときだった。それまで静かに会話を聞いているだけだった一人の青年がぼそりと発言した。


「……〈サキュバス狂い〉に百ポンド」


若者たちは一斉にギョッとした顔になった。その中の一人が恐る恐る訊き返した。


「失礼、今……なんだって?」


「〈サキュバス狂い〉に百ポンド」


「それはまた、なんというか……大きく出たな」


「僕はやつと六年間ずっと、同室だったからな。あの男とやつのサキュバスについては君たちよりも詳しいし……そもそもやつのことを〈サキュバス狂い〉と最初に呼んだのは他ならぬこの僕だ」


「ほう、そいつは知らなかったな。まあ確かにこのあだ名はやつにピッタリだと思うよ。おれもやつとは軍事学の授業で何回か話したことがあるが、やっこさん、あのサキュバスのことになるとちょっとおかしいからな」


「ちょっと、だって? ふん、なにを言ってるんだ君は」


若者たちはまたギョッとした顔になった。吐き捨てるように言った青年の顔には、ぞっとするほど乾いたものが浮かんでいた。


仲間たちの心配そうな表情をよそに、青年は空を仰いで、一人つぶやくように言った。


「ちょっとどころじゃない。あいつは……ギルバート・ヘインズは本当に……」


――頭がおかしいんだ。


青年のそのかすかなつぶやきは急に吹いてきた風にまぎれて、イートンの真っ青な空へと消えてしまった。


雲ひとつない青空は青年のつぶやきを呑み込んで、未来への道を指し示すような真っ直ぐな陽光を投げかけるばかり。


――この賭けの結果がこれからのちどうなるのか。


この時点での彼らはまだ知る由もない。

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