異世界転生?お断りします。当方は仏教徒ですので。

きのはん

第1話 異世界転生をお断りしました

 

 異世界への転生を断ってきた。


 臨死体験をするのは何度目だろうか。

 子供の頃から虚弱体質だったので、もう慣れてしまってはいるのだが、今回はトンネルが縦型だった。大抵の場合は死にかけると自分の意識だけが体の方と体ではない何かに別れて、体の方の目で見る視点と体ではない方の視点が二重に感じられる状態になる。

 体の方は目が開いていれば天井とか景色とかがそのまま見え続けるし、目を閉じていたら暗闇だ。そして同時に、体ではない方は黒いモヤみたいなトンネルに入る。黒いトンネルは横型と縦型が有り、いずれもその中をフワフワと浮いたように移動出来て、進む毎に過去の記憶を今体験しているように振り返る事が出来る。完全にトンネルを抜けたら御臨終となるのだろうけれど、幸か不幸か私はこれまでに抜け切った事が無い。

 そういえば、今回は縦型なのに下から入って上に昇る形式だった。過去に経験した縦型トンネルは上から入って下に向かうものばかりだったのに。

 そして、自分の記憶を巡りながら下から上に向かっていくとトンネルの出口が見えた。


 よし、初めてトンネルを抜けた。そう思うと同時に景色が変わり、意識の中に声が響いた。

「ハジメさん、ですね」

 女の人の声だ。響きは美しく耳に心地よいのだが、いつだって臨死体験中はひたすらに安らかで眠る直前の心地良さを倍化したような状態なので、心地よい状態に上乗せして心地良い声が響くと一周回って不思議な気分になってしまう。

「ハジメさん……ハジメさん……」

 美しい声は私の名前を呼び続ける。

「ハジメさん……ハジメさん……ハジメさん……ですよね?読み方間違ってませんよね?発音の関係でしょうか?HA・ジ・mn」

 何だか変な呼びかけになってきたので返事をしてみた。

「はい。私はハジメですが、どちらさまでしょうか?」

 返事と言っても肉体とは別の意識だけがトンネルを抜けた状態なので、意識で叫ぶというようなよく分からない行いになるのだが。

「はい。私はハジメですが、どちらさまでしょうか?」

 もう一度同じ返事を返してみる。

「あっ、通じてた。良かった。ハジメさん、で合ってますよね。お名前」

「はい。私はハジメですが、どちらさまでしょうか?」

 同じ事を三回返した。

「女神です」

「え?」

「女神です」

「何ですかそれ」

「女神です」

 自称女神も三回繰り返した。最後の方は少し苛立っているのが口調から感じられた。

「女神様ですか」

 私は確認する。

「はい」

「女の神様なんですか」

「はい」

「どういう宗教ですか?」

「宗教?」

「仙女様みたいなお方でしょうか?それとも多神教の中の一柱とか、一神教の全知全能なる存在とか、世界原理そのものとか……それ以外?」

「ですから、女神です」

 声はまた苛立ち始める。

「あの、私ハジメは神仏習合で、細かく言うと南伝仏教重視の生活を送っておりまして」

「ハジメさん、結論から申し上げます。転生させてあげますからスキルを二つ選択して下さい」

 混乱しながら自己紹介を試みた私の言葉を遮って、自称女神は一方的に話を進めた。声の苛立ちも増している。

「転生?来世に行くんですか?」

「来世ではありません。転生です」

「輪廻転生でしょう?」

「いいえ。転生は転生です。あなたの知る世界とは異なる世界へ転生するのです」

 自称女神、苛立ちに困惑が混ざり始めたのが何となく分かる。

「スキルって何ですか?技術?それ公的資格?法に紐付けされているものですか?」

「ハジメさん、女神が与えてくれるスキルですよ。そういうお話知らないのですか?奇跡とか起こせるアレですよ」

 私の混乱は進み、自称女神の言葉もどこか俗っぽくなってきた。

「ああ、つまりアレですか。神通力」

「ええと、まあそういう感じです。おそらく。あなたの暮らす文化圏ではそうなるものも有るでしょう。他にもパラメータ介入とか色々ありますが」

「要りません」

「え?」

「神通力は別に無くても良いです。お釈迦様もそう言っておられたらしいですし」

「では、ハジメさんはスキルのアドバンテージ無しで転生を?」

「転生も要らないです」

「え?」

「だってその転生、輪廻転生とは違うものなんでしょう?そういうものは望んでおりませんので」

「いや、その、死んじゃうんですよ、あなた。このまま行くと」

「はい。人は皆死にますから」

「消えちゃうんですよ。良いんですか?」

「えっ、滅に入れるんですか、私?嬉しい。でも本当に?輪廻の輪から解脱完了?そこまで修習出来ていない筈なのに」

「何、この人間。ええと、ちょっと待って、どうしよう。ええと、ええと、一旦、あなた帰りなさい」

「え?え?え?」


 そして私はベッドの上で目を覚ましたのである。



【現時点のパラメータ】

 ハジメ・フジクラ

 性別:おとこ

 職業:僧侶(在家)・錬金術師(技師3・化学5・製鉄1)

 功徳値:80

 修習度:60

 布施:10

 業:55

 解脱近似値:????

 種族:太陽系惑星人・太陽派

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