愛されない貴妃の、想定外の後宮譚

秦 朱音 Ι はたあかね @書籍発売中!

第1話 愛されない貴妃

「陛下は、曹貴妃そうきひにはお会いになりたくない……とのことです」


 その宦官は険しい表情のまま、声を震わせました。


 遠雷轟く荒天の中をわざわざ足を運んで差し上げたというのに、皇帝陛下は私と会うつもりはないそうです。

 無理はないですね。


 だって私たちはお世辞にも、仲の良い夫婦とは言えませんもの。


 私とは幼馴染である劉嘉逸りゅう かいが、故あって皇帝に即位してからおよそ三年。官僚たちは新皇帝に取り入ろうと、こぞって後宮に妃として娘を送り込みました。かく言う私も、その中の一人です。


 貴妃というやけに高い位を頂戴してはおりますが、この三年一度だって陛下の寝所に召されたこともなければ、優しい言葉一つ頂いたこともございません。


 いまだに皇后の座は空席。

 つまり、貴妃である私が後宮内で最も高い位でございますのに。


 陛下は私のことなど、もうお忘れなのでしょう。


 幼少の時分、共に学び、共に無邪気に遊んだ記憶など、陛下の心の片隅に追いやられてしまったのでしょう。


 しかし、それも重々理解できるほど、陛下が置かれた状況は過酷なものでございました。


「陛下が私にお会いになりたくなければ、それはそれで結構です。ですが、きちんと太医には診て頂いているのですか? 薬湯は準備しているのですか?」

「ええ、それが……」

「陛下が臥せっておられると言うのに、その態度は何事ですか! 陛下のお命以上に大切なものは、この世にはありませんよ!」


 奥歯にものが挟まったような口調の宦官かんがんに、ついぞ経験したこともない苛立ちを感じてしまい、私らしくもなく声を荒げてしまったのでございます。


 笑いたくば笑いなさい。

 一度も寵愛を受けたことのない、ただの幼馴染にすぎぬ私の言うことです。


 陛下から愛されてもいないのに、幼き頃の初恋にいつまでもしがみつく、醜い女の戯言ざれごとです。



「……」

「何故黙り込むのですか」

「…………」

「そなたは、陛下に忠誠を誓った臣下ではないのですか」


 回廊に膝を付いて絶望したように頭を垂れる宦官に、私は厳しい言葉を浴びせかけました。


「……曹貴妃にお願いでございます。陛下は貴妃様をへやに通さぬように、と仰っております。しかし私が考えますに、陛下をお救い頂けるのは貴妃様以外にはおられないと思います」


 宦官は頭を下げたまま、今にも消え入りそうなか細い声で言いました。先ほどまで陛下は私には会わぬと言っていたにも関わらず、手のひらを返したように逆のことを言う宦官に、私の怒りは更に増幅してしまったのでございます。


「私以外には陛下を救えぬと……? 何を言うのですか! 太医はなんと言っているのですか」


 私の鬼のような形相に恐れをなしたのか、その宦官は怯えながら、しかしはっきりとした口調で言いました。


「呪い! 呪いなのでございます! 陛下には、何者かの呪いがかけられているのです……!」

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