異世界で冒険者ギルドに入ったら、そこはマフィアだった
霜田哲
第1話 裸一貫異世界ワープ
「はい、次の方―」
「……」
「えーと、地球世界からお越しの大神真理央さん。あだ名はマリオ……ってそのまんまですね。えー、あなたの死因は……ははっ、こりゃすごい。ヤクザに喧嘩売って拉致された学園の友人を助けに、ヤクザの事務所乗り込んだんですか。そこで十人の相手に大立ち回りして、結局チャカで心臓撃たれて死亡、と。あーでも、これ、お友達助かったみたいですね。マリオさん、良かったじゃないですか」
「……ここどこだ?」
マリオと呼ばれた黒髪黒目の青年は狼のように野性的で鋭い顔つきをしていた。身長は高めで筋肉のしっかりとついた体格。その物腰や口調は落ち着いているが、どこか嵐の前の静けさを思わせる。ぶっちゃけ怖い。たぶん彼を見た人たちに聞けば、十人中十人が「絶対怒らせたくない」「関わり合いたくないその筋の人」「マフィアのドンの息子だ」と答えるだろう。
マリオは目の前でワイシャツを袖まくりした公務員風の男に問いかけた。
「もしかして、天国――」
「その前の管理局的なとこですね、ここ」
公務員さんは手に持ったシャーペンで周りを指し示した。
仕切りで区切られたビジネス机といい、安っぽいタイルといい、どこかの市役所にしか見えない。が、そこを行き交う人々は、決して普通の市役所では見ることのない人々だった。
甲冑をつけた戦士風の男、宇宙人のようなタコっぽい触手の生物、小指の先ほどの小さな人間。それらの人というか、生物に、マリオの目の前にいる公務員さんのような人たちがそれぞれ対応している。
「あなたには役所のように見えてるんでしょうね。たぶん、あそこの戦士さんには、ここはヴァルハラに向かう前の審判の座に見えてると思いますよ」
「……意味がわからん」
「ま、それは置いといて。マリオさんの生前の行いについて調べていきましょう。えーと、まずは周囲の人の評価は、と」
公務員さんは机に備えつけられたパソコンに向かった。
「あー、女性からの評価はわりと最悪ですね。『セクハラされた』『目つきがいやらしい、視線で犯されてる感じがする』『そばにいるだけで妊娠しそう』。マリオさん、あなた何やったんですか、これ」
「……」
「男性からの評価は……おお、めちゃくちゃ高いですね! 『何度も助けられた』『命の恩人』『侠気あふれる人』『惚れた。兄貴と呼ばせてほしい』『おれの処女を捧げたい人』。マリオさん、あなた何やったんですか、これ……」
「おれが聞きたい」
特に最後のコメントについては問いただしたい。
「生前の行いをまとめると――悪いこともしてるみたいですけど、周囲の人間をかばったり、身を呈して守ることが多かったみたいですね。人の命も何度も救ってます」
「成り行きだ」
「謙遜することないですよ。カルマポイントがプラス50ポイントというのはかなり高いですよ、これ」
「カルマポイント?」
「生前の善行や悪行をポイントで表したものです。嘘をつくとマイナス1ポイント、正直でいるとプラス1ポイントって感じですね。自分の利益のための殺人とかすると、マイナス50ポイントとか」
「……質問いいか?」
「どうぞ」
「まだ生まれていない命の種をティッシュに出してしまうと、カルマポイントは……」
「……それ、本気で聞きたいですか?」
「……いや、いい」
深い罪の意識に囚われそうなので遠慮しておいた。
「えーコホン。それでカルマポイントについてなんですが、マリオさんはプラス50ポイントということなので、この先の進路について、いくつかオプションをお選びいただけます」
「進路? オプション?」
「はい。低いポイントだと、このあとの人生をこちらで勝手に選ばせてもらうのですが、マリオさんの場合、大きく分けて二つの選択肢があります」
公務員さんはニコニコしながら続ける。
「一つ目が人生強くてニューゲーム。今までの人生の記憶を持って、同じ親の元、同じ生活環境の元で、人生を生まれた瞬間からやり直すというコースですね。最近ですと、芦○愛菜ちゃんなんかがわかりやすい例かと」
「やっぱり、あのガキはそうだったのか……」
あの大人顔負けの落ち着きはただ事ではないと思っていたが、こういうことだったとは。
「もう一つの選択肢が、裸一貫異世界ワープですね。マリオさんの今の肉体と記憶を持ったまま、異世界にワープしてもらいます。あまり大きな声じゃ言えないですけど、地球の歴史上の人物なんか、異世界からやってきた人多いですよ」
「異世界っつーと……」
「一口に異世界といってもいろいろありまして。まず先にどちらのコースにされるかを選んでいただいた方がいいと思いますよ」
「異世界ワープで頼む」
即答だった。迷うことなどなかった。
「いいんですか? もう少しお考えになった方が……」
「いい」
「あー、そうですよね。マリオさんの場合、生前の生活環境ってあまり……おっと、失礼」
酒を飲んでは暴力を振るう父親と、それから逃れるために息子である自分まで捨てた母親。自分を畏れ敬う取り巻きはいても、対等な友人などいなかった孤独な日々。それらを思い出してマリオは少しうつむいたが、すぐにまた顔を上げた。
「あんな親の元でやり直したいと思わん」
「でも、ご友人はそれなりにいたはずでは?」
「ダチっていうより、ありゃ子分だ。それも最期にあいつの命を救えたらしいから別に未練はない。あいつらはおれのことなんてすぐ忘れるさ」
「潔いというか、さっぱりしてますね」
「喧嘩ばかりの毎日だったからな。いつでも死ぬ覚悟はできてた」
「いやはや、その若さでそこまで覚悟しているとは。なかなかいないですよ、そういう人。なんだか私まで惚れ――」
「それで、どんな異世界にワープできるんだ?」
背筋がぞくりとしたので先を促した。
「ああ、そうでしたね! えーとですね、何かご希望は?」
「……特にはない」
「だったら、これなんかどうですか? 世界支配を目論む魔王と選ばれし勇者が戦いを繰り広げる世界!」
「……いい。とてもいい」
人にはよく意外に思われるが、ゲームとか漫画とか映画は大好きだから、そういう異世界だったら大歓迎だ。
「あっ、でも言っておきますけど、マリオさんが勇者になれるわけではないですから。あくまで今の状態のままでのワープということになりますので……」
「つまり、えーと……」
「特別なスキルとかチート能力なしでのワープになります。そういったオプションはカルマポイント70くらいからのサービスになりますので。あっ、でも、言語設定とか、運動能力とかは向こうの世界の標準を考慮しますので、ご安心を」
結構へこんだ。それでは喧嘩しか取り柄がない自分はどこの世界に行っても、村人Aではないか。
「ちなみにカルマポイント100を超えると、どうなるんだ?」
「そんなのは、あれですよ。お釈迦様とかイエス様レベルですから、新しい世界を創って管理したり、輪廻転生の輪から外れちゃいますよ」
神様レベルの待遇を望んでも仕方がない。人殺しこそしたことがないものの、喧嘩に脅迫、なんでもござれの不良学生だった自分が、地獄に堕ちなかっただけでも感謝しなければ。
「そうです、前向きに考えてください。あ、これなんかどうですか。宇宙を舞台に帝国と共和国が戦いを繰り広げて……」
「光る剣とフォースを操るジェ○イ的な世界?」
「そうです」
「それ、すげえいい」
「あ、でも、ダメだこりゃ。スタート地点が宇宙空間だから、地球出身のマリオさんは酸素がなくてすぐ死んじゃいます」
期待させないでほしい。最初に見た宇宙人っぽい生物なら、この世界にいけたのだろうか。
ショボンとしたマリオに、公務員さんは慌てて別のものを提案した。
「じゃあこれは? 這い寄る混沌的な存在たちが闊歩する世界です。ニャ○子さんの方じゃなくて、本家の方ですけど……」
「絶対イヤだ」
「じゃあこれは? 人間が一人もいない猿の星で……」
「オチが見えてる」
「うーん、あ、これおすすめです。キノコを食べたらなぜか巨大化したり、亀の化物がお姫様をさらったりする世界で……あなたの名前的にもバッチリじゃないですか!」
「それ以上は危ないからやめろ」
「幼馴染とツンデレ妹とクラスのマドンナに囲まれたハーレム生活というのもありますが」
「それだ!」
「あ、でも、これは女性関係カルマポイントがプラス50以上の人限定だ。マリオさんは女性関係についてはマイナス50ポイントだから、無理でした」
「だったら、勧めるんじゃねえよ! ナメてんのか!」
期待を裏切られたマリオは突然本性を現した。
マリオが机を叩き割る勢いで殴って立ち上がり、野獣のような目で睨みつけてやると、哀れな公務員さんの顔はさっと青ざめた。
「す、すいませんすいませんすいません! ……そ、そんなに残念だったんですか。え、えーと、でしたら、他のものをご提案する前に、できればマリオさんのご希望もお聞かせ願いたいのですが……」
マリオは再び椅子に座った。もうすっかり落ち着いている。
「え、いや、そう言われると……」
結構悩むので、最近のトレンドなんかを聞いてみる。
「異世界で冒険者ギルドに入って、あれやこれやするのが多いみたいですよ」
「魔物を狩ったり?」
「冒険者ランクを上げたり、アイテム調合したり」
「それにする!」
「でも、こういう系は人気高いって言ったでしょ。競争率も高いんですよ。それぞれの世界の神様から、もう人は採らないからって言われちゃってて……」
「どこか空いてるとこないか?」
「あったら、最初から勧めてますよ」
ぞんざいな手つきでパソコンを操作する公務員さん。ブツブツ言いながら、マウスを動かしていたその手がふと止まる。
「一つだけ残ってました……あー、これ、あそこかー。あそこの神様、異世界人が欲しいって言ってたもんなー……」
「どんな世界なんだ?」
額に手を当てて唸る公務員さんはこちらの質問に答えずに、周囲を見渡した。どのブースにもかなり長い列ができていて、マリオの後ろにもいろんな人種の人が苛立たった様子で順番待ちしている。
「……別に普通の世界ですよ。ふつーに依頼を受けて、ふつーに魔物を退治して、ふつーにお金もらう感じの。ただ、この世界の冒険者ギルドがちょっと特殊な業界というか、なんというか……」
「なんだよ? もっとはっきりしろ」
「いや、まあ、その義理と人情的で、血の掟な業界っぽい感じの……」
「どういうことだ?」
「……マリオさん、突然ですが適性検査です」
「はあ?」
「道を歩いていると、チンピラに絡まれました。どうしますか? 1、逃げる 2、金を出して見逃してもらう 3、助けを呼ぶ 4、断固応戦する」
「5、全員半殺しして慰謝料をいただく、だな。6の、そいつの携帯奪って仲間を呼び出してさらに金をいただくという選択肢も捨てがたいが……」
「じゃあ、だいじょうぶ! じゃあ、問題ない! むしろあなたにピッタリ! それではご活躍を期待してます! 死なないよう頑張って! はい、次の方!」
「えっ、ちょっ待てコラ――」
マリオの目の前の何もかもが真っ白な光に包まれていき、やがてその体までもがその光の中に溶けていった。
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