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 家に帰った俺は手洗いうがいよりも先に、習慣の映画鑑賞を始めた。

 ベッドに横たわり、右手で頭を支え、左手にはリモコン、親指は再生ボタンに添えるだけ。いつもの体勢で見る。


『アレクサンダー博士! 一体何が起きたんですか?』

『これは、収縮じゃ!』

『博士! もっとわかりやすく!』

『つまり、現実のみが、紛れも無い観測結果なのじゃ』

『だから意味不明って言ってんだろじじい!』

『口の悪いガキじゃの! そんな態度じゃ「透視メガネv2」やらんぞ?』

『あれ失敗作だろーが! 透けすぎてみんな人体模型みたいになってたわ!』



 俺が一人笑いながら楽しんでいると下の階から、司令官の呼び出しが聞こえた。

「渉ー! 風呂入っちゃいなさいよ!」

「今いいところだから後でー!」

「あんた昨日もそう言って寝ちゃったでしょ」

「うっせーなー!」

 ったく。風呂入る前に右手とデートしとくか。







 次の日学校へ行くと、教室の雰囲気がいつもと違う。岳に聞いても何も知らないらしい。

 なんでも急遽、学年集会をすることになったらしく結構な大事みたいだ。そういえば美波がまだ来ていない。


 俺たちは体育館へ集まり、学年主任が重い口を開いた。

「昨日、3組の石井くんと1組の田所さんが交通事故に遭いました」


「は?」

 俺は思わず声が出た。

 生徒全員が一瞬でざわめく。


「静かに!」

 体育教師の声で全員が口を閉じる。

「二人は現在、意識不明の重体です」

 女生徒の何人かはすすり泣いていた。


「二人は昨日自転車で二人乗りをしていたそうです。過失は衝突した車側にありますが皆さんも改めて二人乗りなどはしない様に」


 は? うるせーよ。こんな時までお説教はやめろよ。

 俺は美波が心配で仕方がなかった。でも同時に岳の事も気が気でなかった。




 教室に戻るが全員暗い表情を浮かべている。中でも岳は断然酷い。俺は声をかけた。

「おい、岳。大丈夫か?」

「お、おう」


 絶対大丈夫じゃねーだろ。初めて見る表情だ。

 岳がぼそっと言った。

「あいつら付き合ってたのかな」

 俺は何も言えなかった。


 岳は間を空けて続ける。

「まぁ二人乗りしてたなら付き合ってたよな」

 まるで自分を納得させるように言った。

「バカ! そんなのどうでもいいだろ! 二人が生きてるんだからさ」

「そうだな。そうだよな!」




 翌日。美波は死んだ。石井もだ。

 岳は何も言わなかった。俺はアイツをうまく励ます事すらできなかった。







 美波が事故に遭ってから明日でちょうど一週間になる。岳は学校に来なくなった。俺は一人放課後の学校に残っていた。

 あの日みたいに夕日が教室に差し込み風がカーテンを揺らし遊んでいる。


 今回は誰かの気配も視線も感じなかった。間違いなく今、ここには俺だけが静寂の中に存在していた。


 ゆらゆらと学校を彷徨った。誰かがピアノの練習をしている。同じ曲。そうか、あの日もピアノを弾いていたのは美波じゃなかったのか。


 俺は当てもなく学校を彷徨った。

 気がつくとまたここに立っていた。西日が眩しくて腕で影を作る。


 気がつくと、俺は泣いていた。


 自分がなぜ泣いているのかよくわからなかった。自分がどんな感情なのかもよくわからない。

 俺は何気なく、美波達が居たあたりをファインダーから覗いてみた。


「え?」


 思わず声を出していた。あの時と同じものが見える。というか美波と石井の影みたいなものが。声は聞こえないけど右腕を伸ばしてる。あの時と同じ映像だ。


 いや待てよ?なんだこれ?美波と石井と他にも何人も重なっている。なんだこの気持ち悪い映像は。


 俺はファインダーから目を外して、直接見てみる。もちろん誰もいない。

(だよな)

 俺はもう一度ファインダーから覗いた瞬間だ。完全に夕日が沈んで、今まで照らされていた美波達の姿が突然消えた。

(おい、ちょっと待てよ)


 俺は慌ててフラッシュのスイッチを入れた。パイロットランプが怪しく光り、シャッターを切った。




 その瞬間……


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