パトローネのゆらぎ。

髙倉 洋

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 俺は現像した写真を机に広げた。

「おい、わたる! 俺にも見せろよ!」

「おめーが見たいのは美波みなみの胸だろ!」

「ったりめーだろ? 今日の発電に使うから美波の写ってるの全部よこせ! 透けてんのあるだろ⁉︎」

「お前クズだなー。ネガフィルムならやるよ」

 俺が笑いながら言うと、がくも笑いながら首を締めてきた。




 俺の名前は、髙倉渉たかくらわたる。俺に首絞めをするこの男は天野岳あまのがくだ。


 俺たちの家は近所で、小学生の頃から何をするにも一緒だ。まぁ最近は、悪さしかしていないが。


 俺たちがいつもの調子で戯れ合っていると、一人の女子が声をかけてきた。俺は持っていたカメラを机に隠した。

「ねぇ! まだやってんの? ちゃんと掃除してくんない?」

 そう。彼女が美波みなみだ。岳と同様、少し離れてはいるが同じ地区に住む幼馴染だ。

 自慢じゃないが俺たちの学年で一番可愛い。いやこの学校で一番可愛い。

 いやいや、俺の個人的意見ではなく岳も言っているし、他の男子連中も口を揃えていっているのだから間違いはないだろう。


 ――じゃぁ場面を戻そうか。

「ねぇ! またやってんの? ちゃんと掃除してくんない?」

「うっせーなー!」

 俺はいつもの調子で答えた。続けて岳は挑発する様に言った。

「かしこかしこまりましたかしこー」


「あーホントあんたらいい加減大人になってよ」

「へいへい」

「かしこかしこまりましたかしこー」

 いつも通り、適当にあしらった。

 美波は振り返り、ほうきを握ったまま行ってしまった。


「おい、渉。見たか?」

「あぁ、ブラジャーNo8。スカイブルーを目視で確認。透視率47%」

「お前俺の事クズって言ったけど、お前もなかなかだぜ? ブラジャーの観測は」

「『何事も観察と傾向、そしてデータ化だ』って映画で言ってた」

「お前影響受けすぎなんだよ」







 いつも通りの学校生活。終わりを告げるチャイムが鳴る。

 特に帰り支度をするほどの荷物のない俺はリュックを遠心力で肩にかけて岳に言った。

「岳、帰ろうぜ」

「おう」

「美波もかえ……あれ?」

 美波の姿が見えない。俺は辺りを見回したが見つからず、近くの女子に尋ねた。

「美波ちゃん、さっき誰かに呼ばれてたよ」

「マジで?」

「あっ帰ってきた」

「おい美波、帰ろうぜー」

「ごめん、今日ちょっと急用で。二人で帰って」

 美波が俺たちと別々に帰るなんて本当に珍しい。まぁいいか。

「あいよー。岳行こうぜ」




 自転車を回収し校門を出ると岳が言った。

「腹減ったからなんか食ってかね?」

「今月小遣い使い果たしちまった」

「しゃーねーな、おごってやるよ」

「おっさすが! 心の友よ!」

 給食の量を増やす様にPTAにそろそろ直談判した方がいいな。これじゃ小遣いがいくらあっても足りない。







 町の中心部にある、地元では有名な『泉屋』というパン屋で、俺はお気に入りのピザフランスをかじり、岳はガーリックフランスを食べる。

「お前それ口臭くなるじゃん」

「ほれはいいはんうはひんはほん」

「え⁉︎」

「これが一番うめーの!」

「臭っ!」

 入り口の目の前に座り込み、俺たちは空に向かって大声で笑った。




 少しの間沈黙が訪れ、岳がポカリスエットで流し込み息を整えて言った。

「渉さ、美波に告らねーの?」

 俺は突然の一言に動揺してむせた。慌ててポカリで流しこみ答える。

「ばか! アイツはそんなんじゃねーよ。 まぁ確かに? オカズとしては間違いないけどな」

 俺は笑いながら言った。しかし、岳は真顔で話を続けた。

「マジか」

「え? なんだよお前。いきなりどうしちゃったの?」

「あのさ、じゃぁ俺が告っても問題ねーよな?」

「え?」

 俺は岳の一言に固まってしまった。


 いやいや、別に岳の自由だろ?そもそも俺は美波のこと好きとかじゃなくて、右手の彼女みたいな存在、そうだ。欲望を満たす為の存在だ!


「別に、お前の好きにしろよ」

「マジ⁉︎ んだよずっと美波の事好きだと思ってたよー」

「俺が? ないない!」

「だってお前、誰かと付き合っても秒で別れるじゃん。美波が好きだからだと思ってたわ」

「ちげーし、おっぱい揉ませてくれないからだわ!」

「さすが、期待通りのクズだな渉は」

「当たり前な。告ったら教えろよ」

「おう」

(まぁ岳が付き合えることを祈ってやるか)




 泉屋のベンチで岳とPSPで壮絶な戦いを繰り広げ、気がつくと空は茜色に染まっていた。こんな瞬間が一番楽しかったりする。

「そろそろ帰ろうぜ」

「おう」


 俺はPSPをリュックにしまいながら気がついた。

(あっいけねー、カメラ机の中じゃん)

 仕方ない。取りに行かねば。まだ使い切っていないフィルムカメラだし。

 誰かにパクられるのも嫌だしな。


「岳すまん。忘れ物したから先帰って」

「あっマジか、わかった」

「じゃあな」


 俺は学校まで自転車を走らせた。

 さすがに日も短くなってきたな。そーいや、もうちょいで文化祭か。あっ、だからか! 美波のやつピアノ練習か? だったらまだ学校居るかもな。もし居たら送ってやるか。


 学校に着き自転車を昇降口近くに止める。

 面倒だしすぐ終わるから上履きも履かなくてもいいだろう。俺は靴下のまま階段を駆け上がった。


 確か美波に注意された時に机の中に入れたんだよな?俺は机を覗き込んだ。

(あったあった!)


 ふと我に返ると、不気味なくらい静かだ。

 俺は教室の隅々を見る。なんだか誰かがいる様な、誰かに見られている様なそんな感覚に陥る。でも不思議と幽霊的な怖さは感じない。


 夕日が教室の窓ガラスから差し込み、風がカーテンを揺らし遊んでいる。

 あれ?ピアノの音だ。美波だろうか?


『Fly me to the moon』

 この曲は俺が好きな曲だ。


 俺は不思議な気分になって学校を探検してみることにした。いい写真が撮れそうだし残りのフィルム使い切っちゃうか。


 人気のない学校。なぜか好きだ。ちょっと寂しい感じとか、独特の匂いが。

 ゆらゆらと学校を彷徨っていると屋上へ続く階段が目に入った。引っ張られる様に階段を登りだす。


 屋上への入り口をくぐり、西日で目がくらむ。俺は自分の腕で影を作り目を細める。

 あれ? 誰かいる。二人だ。少しずつ目が慣れてくる。


 え? 美波じゃね? それにもう一人は3組の石井じゃん。何してんだ?

 俺は二人に声をかけようと息を吸ったその瞬間だ。


「俺と付き合ってください!」

 石井が大声でそう言いながら右手を伸ばした。


 俺は今吸った空気を無理やり止めたもんだから、気管で迷子になりパニックになる。俺は手で口を押さえたまま入り口に身を隠した。


 吸った空気を吐き出し、呼吸を整える。再び覗き込んで二人の様子を伺った。

 マジかよ。美波告られてんじゃん。岳もそうだけど、やっぱモテんだな。


 多分、石井の野郎フラれるぞ。つかフラれてもらわねーと岳から話聞いた手前どんな顔すりゃいいかもわかんねーし。


「いいよ」

「まじ?」

(マジー⁉︎)

 おい、美波って石井みたいなのがタイプだったのかよ。待て待て、俺の方が石井より顔マシだろ? 性格も悪くねーぞ? あんまり話したことないけどさ。


 てか俺は何を動揺してんだよ。そうだ。岳の事もあるから驚いただけだ。

 マジかー。アイツになんて説明したらいいかな。


 知らないふりをしておけばいいか? いやそれじゃ嘘つくみたいだしな。


 考えるのが面倒になってきた! とにかく! これは後で美波をイジる材料にもなるし。よし! しておくか。


 俺は再び入り口から顔を出して、フラッシュを焚かずにシャッターを切った。

 その瞬間、俺はダッシュで階段を降りて昇降口へ向かった。上履きを履いていない俺は曲がり角をドリフトしながらOut In Outで最短距離を最速で走り抜け昇降口を出た。


 俺はチャリに飛び乗った。

 なんかイライラすんな。今日の右手は荒れるぞ!




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