拳
数分前。
某所。
伊達寺削鍬は欠伸をした。
人混みを避けつつビル群を縫い歩く。
高層ビルが落とす影で涼みながら色々と考える。
先輩に探知機を設置しろと指示された。しかしこれで何が変わるというのか。こういうちまちました作業は苦手なのだ。
其の探知機を軽く投げ上げながら空を仰ぐ。
デーモンを放逐するのは得意だ。
目の前に出てくれば直ぐにでも殺してやるのに。
ゆらゆら歩きながらゆらゆら考える。
伊達寺はデーモンを殺そうと考えてはいるが探して殺したいとは思っていない。
ある意味矛盾ともとれる厄介な性格。
接敵しない限り彼の強みは発揮されないのだ。
目的も無くふらふらと進む。
人混みは苦手な様で人通りの少ない場所へ自動的に移動している。
「あ」
ここで持っていた探知機を落としてしまった。
田擦がその場に居たら拳骨ものである。
コロコロと転がる其れは曲がり角へと入り見えなくなった。
「もー」
牛みたいな音を奏でながら探知機を追う。
角を曲がるとそいつは居た。
いや。デーモンでは無かったが。
「いいじゃん?一寸だけお茶しに行こ?」
優秀な優秀な第二種放逐官、揉短班長。
オレンジの髪を弄りながら女性に迫っている。
黒髪ショートカットの女性は壁に追い詰められたじろいでいる。
んー?あの人どっかで見たことある様な。
揉短の事は知っていて当然だが伊達寺が注視しているのは女性の方だ。
あの女性、どこかで誰かに紹介された様な。
「んんー?」
記憶の底を精一杯掘り出す。
思わず首を傾げた伊達寺に揉短はいち早く反応した。
「っああ。なんだお前か。安心してよこの人うちの下っ端だからさ」
柔らかく女性に説明する。
下っ端という表現に含みを感じる。
含みを感じたのは迫られていた女性だけだったが。
獲物の女性から離れ此方に近づく揉短。
「どうしたの?仕事中でしょ?俺は休憩中だけど。まあそう硬くならないでよ。この前のことはお互い忘れよ?」
既に忘れている伊達寺にそう諭す。
肩にぽんと手を置き顔を近付ける。
「ここは空気読んで下っ端はどっか行ってくれる?」
嘲りを含め耳打ちする。
怯えた顔を想像し笑みを浮かべる揉短。
財力、権力、筋力。力は全てを解決するぅ。
にやつく揉短を歯牙にもかけず伊達寺は前進した。
「は?」
肩から思わず手が離れる。
「どっかで会ったことありませんか?」
女性の前に立ち聞いてみる。
「え、えと」
女性はナンパの仲間が来たと勘違いし、恐怖で顔が見れない。
震える手を握っている。
「俺ですよ俺」
詐欺等に使われる文言に一層警戒心を強めたが恐る恐る顔を見る。
強張った顔が少し緩んだ。
「あれ?もしかして」
「おいおい!なに邪魔してくれてんの!」
強引に割って入り伊達寺の胸倉を掴み上げる。
怒り心頭といった表情だ。
下に見ている相手に二度も無視されたのだ。
プライドが許さないだろう。
「前から思ってたけどさ、お前何なの?下っ端は仕事しろよ。下っ端は強いデーモン放逐出来ねえんだからさ。せっせと筋トレでもしてろや」
嘲る様に吐き捨てる様に言い放つ。
自然と胸倉を掴む手に力が入る。
「前々から気に食わなかったんだよ。実力も功績も無いくせにへらへらしやがって。俺は死に物狂いで努力して今の地位にいるんだよ」
間を置かず毒を吐き掛ける。
「ザコはすっこんでろよ」
自然と出た言葉だった。
隙ありといった感じで逃げる女性。
「ああ行っちゃった」
「ああ!?」
ぐいっと顔を寄せる。
「いつまでコケにするつもりだ。この俺を無視しやがって!」
怒りに囚われている。
女の子は後で追いかければいい。今はこいつだ。どうにかして舐めた態度を矯正せねば。揉短は伊達寺に夢中に成っている。
対して伊達寺はどうして胸倉を掴まれているのか分かっていない。
放してくれないかな。邪魔だな。
そんなことを考えていた。
「ていうか」
ここで伊達寺は決定的で単純な疑問を口にした。
「誰ですか?」
ぶちっ。
揉短の何かが切れて一気に体温が上がる。
反射的に拳が振り上げられた。
構えられた拳を伊達寺は見詰めていた。
目の前の怒った顔と準備された拳に何だか困ってしまう。
「はあ」
吐いた溜息と同時に拳が発射された。
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