一章

この街

 この街は少々人が多スギル。

 何処に行っても視線の網から抜け出せない。

 大通りなんて歩くのも一苦労だ。


 伊達寺は欠伸をしながら田擦の横を歩いている。

 この季節にスーツは少し暑い。

 ネクタイを緩めてシャツをパカパカする。

 小さな風が心地良い。


 『昨夜未明、山奥で放逐官の遺体が発見されました。鑑定の結果死因はデーモンによるものではないとされ、人による他殺とみて捜査を進めています』


 ビルのスクリーンにニュースが流れている。


 「物騒だな」

 「そうですか」

 「放逐官が人の手で亡くなっているんだぞ?危機感とかないのか」

 「危機感でデーモン殺せますか?」

 「はぁ」


 田擦は溜息を吐いた。


 「先輩。歩くの速くないですかあ。もっとマイペースにいきましょお」


 田擦はスピードを緩めず伊達寺の方を見た。


 「誰のせいで急いでると思ってんだ?伊達寺、お前があんな所でのんびりしてるから時間が押しているんだ。あとマイペース=ゆっくりって意味じゃないぞ」


 ジト目で苦情を並べた。

 先輩のジト目も見惚れる程美しい。


 「え……マイペース=ゆっくりじゃないんですか?まじかよ……」


 伊達寺の世界が傾いた様な気がした。


 「兎に角急げ。会議に遅れるわけにはいかない。一つひとつの行動が全て評価に繋がっているんだ。私たちに対する評価もそうだが組織全体の評価が——」


 伊達寺が居ない。そう気付いた田擦が後ろを向く。


 「なっ」


 慌てて駆け寄って来る。


 「どうした?伊達寺」


 伊達寺が俯いていると心配そうに声を掛けてくれる。


 「いや……一寸」


 「なんだ?どうした?」


 田擦は腰に手を当てて首を傾げた。


 「おいおいどうした?お腹痛いのか?」


 眉を下げて伊達寺の顔を覗き込む。


 「俺は世界の真実に近づいたのかも知れません。もしかしてなんですけど。マイペースって自分の歩調って意味なのかなと」

 「……」

 「いやすみませんなんかあるじゃないですか当たり前のことを大袈裟に云うノリどうしてもやってみたくっごぉ!」


 殴られた。


 「ひどーい。少しは甘やかしてくださいよ」


 伊達寺が田擦の方を見ると田擦は別の方向を向いていた。

 シカト?伊達寺が疑問を感じていると田擦は急に走り出した。


 「あ。そういうことね」


 田擦は重い荷物を持ったおばあちゃんに近寄った。


 「大丈夫ですか?荷物お持ちしますね」

 「いやあ」


 断ろうとしたおばあちゃんの荷物をひょいと持ち上げる。


 「目的地まで持って行きますよ」


 伊達寺は手で双眼鏡を創ってその様子を見ていた。

 田擦の笑顔が眩しい。

 あとかわいい。


 「ありがとおねえ。駅までいこうと思うとるんよ」

 「分かりました。駅ですね」


 そのまま交差点を渡って何処かへ行ってしまった。


 「時間無いんじゃなかったの」


 小さくなっていく田擦の背中を伊達寺はずっと見詰めていた。

 結局会議には遅れた。

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