無能な転生者はフィンブライト家令嬢専属の魔導調律士として雇われる

沢城侑

第1話

 瑞々しさを持ったシルクのようだ。

 

 今俺は女の子の肌に触れている。

 もっと柔らかいと思っていたが、想像以上にハリと弾力がある。

 

 眼の前のメイド姿の女の子は艶のある目でこちらを見ながらわずかに口を開く。


「う、うぅん」

 甘い声を出されて俺は思わず下を向く。


「駄目ですよ。下を向いては」

 そんな俺に隣で立っている執事のレジナルドが声を掛けてきた。


「それに、ロレッタも変な声を出さないで、真面目にやりなさい」

「はーい。でも面白いんだもん。まだ腕しか触っていないのに、手汗がひどいんだもん」


 笑うロレッタの後ろでは、もう一人少女が顔を赤らめながらこちらを見つめていた。なんでこんなことに……。


 俺はここへ至る前の事を思い出した。


◆◆◆◆


 体育館程の大きさの広間に人がごった返している。


 制服姿の格好をした若者たちが、身なりの良い貴族達とあちこちで話をしている。


 今ここでは、異世界から召喚した転生者を品定めをするスカウトイベントが行われていた。俺は召喚された転生者側だ。

 

 高校生の時に事故で死にかけた所をよくわからない光に包まれて、異世界に連れて行かれるという、物語でよく見るアレだ。


「キミ、何か特殊な能力はあるかね?」

 壁際の椅子でぼーっとしていた俺に、太った貴族が話しかけてきた。


「……いえ、別に」


「では、剣や魔法の腕前が良いとか?」

「いいえ」


 端的にNOの返事をする俺に貴族は怪訝な表情を見せる。そこへお付きの男が俺の胸元のプレートを指差しながら貴族に耳打ちをする。すると貴族は納得した顔でそそくさと居なくなった。


 前世がパッとしなかった俺は異世界では心機一転頑張ろうと思ったが、長続きしなかった。転生しても性根の部分は変わらなかったらしい。


 Fランク。


 それが俺に与えられた称号だった。剣も魔法も人並み以下、チートの様な特殊能力も無い。そんな俺に買い手がつくはずもなかった。


 この世界ではダンジョンや未開の地の探索は貴族の役目となっていた。要は新発見の栄誉を浴するのは貴族にこそふさわしいという思想だ。

 しかし自分たちだけで危険な場所へ行きたくない。だったら、使えそうな奴を一緒に連れて行こうというのが彼らの考えだった。


 そして、転生者は戦う能力に優れているらしく、中には特殊能力を授かってくる奴もいる。そして家族も無くしがらみも無いことから重宝されているのだ。


 しかし、Fランクの俺は……ってのは説明するまでも無いだろう。



 目の前を貴族風の少女が通り過ぎた。

 スカートの裾からは細くて白い脚が見えていて、胸の膨らみの主張が強めのスタイルをしている。

 ショートボブの栗色の髪を揺らして同じ色の大きな瞳できょろきょろと周りを見渡している。


 俺はその綺麗な顔立ちを見ながらも違和感を覚えた。


 何か変だ、魔力が漏れ出ている?


 魔法を使う方はからっきしだけど、見る方なら自信がある。その俺の眼が彼女の魔力の流れがおかしいと感じさせた。


 彼女の後ろには執事とメイドが付いていた。執事は彼女に声を掛けた後に、彼女の肩に手を置いた。すると漏れ出ていた魔力の流れが落ち着いていった。


 それに見とれていた俺は、執事と眼が合った。

 執事はにっこりと微笑むと俺に近づいてきた。


「貴方、今のが見えていましたね?」

「え?」

「わずかに魔力が揺れました。今の光景に少し驚いたのでしょう?」

 何言っているんだこの人、訝る俺に執事は説明を付け加えた。


 執事の主であるさっきの少女は保有魔力量は大きいが、操作が不得意なので精神が揺れると魔力が漏れ出るとのことだった。


 そして執事は肩に手を触れて魔力を安定させたのだと。更にそれを感知できる俺の感覚は珍しいとも言った。


「――というか、他人が人の魔力の安定させるとかできるんですね」

「おや、案外魔法に詳しいのですね」


「これでも、二年間、雇われ浪人しているんで、勉強だけはね……」

 執事は「ほぅ」と言って、おもむろに俺の手を掴んだ。腕に電気が走ったような感覚。


「これを、跳ね返すことできますかな?」

「ちょ、ちょっと」

 俺は腕を振りほどこうとするが、力強い手に掴まれて逃げ出せない。


「跳ね返さないとどんどん強くなりますよ。流れを意識してください」

 俺は力ではなく、魔力を腕に集中させた。そして、魔力の流れをイメージする――そうすると、電気のような痛みがするすると無くなっていった。


「素晴らしい。しましたか」

 執事はにっこりと微笑んだ。


「レジナルド? 何をしているの? どこに行っちゃったかと思ったわ」

 おとなしそうな口調と声音で言いながら先程の彼女が来た。


「ホントよ。てか、なんで男の手握っているの? しかもFランクの生徒なんて」

 後ろのメイドがからかうような口調で言った。


「ここに来たのですから、スカウトに決まっているでしょう」

 執事は二人に答えた。


「スカウト?」


 この俺を? 一番驚いたのは俺だった。


「ええ、そうです。あぁ、でも、最期に質問を。貴方は自分の命を投げ売ってでも、大事な人の命を守ることができますか?」


 混乱する俺の頭に執事はさらに混乱を招く質問を投げかけて来た。

 なんだこれは? 忠誠心を試しているのか?


「さ、さぁ」


 守りますと答えようと思ったのに、思わず変な返事をしてしまった。

 やばい、取り繕わないと。


「ええと、そんな状況はなってみないとわからないというか、自分が死にそうなのも、大事な人が死にそうななのも、短絡的に判断できないというか……」


「迷っていると、両方死にますよ?」


「拙速な判断をしても、両方死ぬと思います。だったら、俺は最期まで二人生き残る方法を考えます」


 執事は再び微笑む。


「ロレッタ、担当官を呼んできて下さい。この人を正式にスカウトします」


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