第8話 窮地からの奇策
東真は左手の激しい痛みに耐えながら、再び立ち上がった。しかし、武器もなく、攻撃の術もない自分がどうやってこの強力なブラッドグリズリーに立ち向かうか、考えなければならなかった。その圧倒的な巨体と攻撃力に対して、無策で挑むことは自殺行為に等しかった。
(冷静になれ…何かないのか…?)
東真は必死に周囲を見渡した。自分には何もない、ただの木々と石ころばかりの森の中。しかし、ふと彼の目に倒れた木が映った。ブラッドグリズリーがさっき激突して倒れた大木だ。その大木が地面に横たわっていた。
「これは…」
東真はとある作戦を思いついた。そしてこれが唯一の突破口になるかもしれない、と。
ブラッドグリズリーは再び東真に向かって唸り声を上げ、突進の準備をしている。東真は深呼吸し、全神経を集中させた。
「来る…!」
ブラッドグリズリーが一瞬の静寂の後、全力で東真に向かって突進してきた。その巨大な足音が地面を響かせ、まるで地震が起こったかのようだった。東真はその瞬間、全ての集中を【反転】の力に注ぎ込んだ。
「【反転】!」
ブラッドグリズリーの突進の勢いを利用し、向きを変えさせる。ブラッドグリズリーは方向を変えられ、まっすぐに倒れた木へと突っ込んでいった。
その瞬間、ブラッドグリズリーは木に激突し、その重みと勢いで木がブラッドグリズリーが突っ込んだ方向へ倒れ始める。
(ここだ…!)
「【反転】!」
東真は倒れる木の方向をブラッドグリズリーの方向へと変える。
ブラッドグリズリーは意図していなかったのか回避や攻撃もせず倒れてくる木を受け止めた。
そして東真はブラッドグリズリーに向かっては走り出し、自分の左手を払うように動かした。
振り払った左手の傷跡から大量の東真の血が飛び散る。
そして…「【反転】!」
東真はブラッドグリズリーの両目に向かって血を反転させた。
「グゥオオオオオオオオオオオ」
血は東真の狙い通りブラッドグリズリーの両眼に入った。
東真の狙いはブラッドグリズリーの視界を奪うことであった。
東真はその様子を見て、わずかに希望を感じた。
しかし、ここで最大で最悪の誤算が起きる。
「え?」
東真はいつの間にか体の正面を切り裂かれていた。
ブラッドグリズリーは視界を奪われているにも関わらず正確に東真へ攻撃をしていた。
この世界でのブラッドグリズリーが恐れられている理由は強さやスピードではなく、嗅覚が異常に優れていることだった。その嗅覚で隠れてやり過ごすことや不意打ちが通じず相手が血まみれになることが『ブラッド』グリズリーの所以だった。
それを当然知らない東真はブラッドグリズリーの目をつぶしたことで安堵し…そして致命的なダメージを受けその場で倒れこんだ。
(ははは…これはついにダメかもな)
もう体は動かず左手は機能しない。出血も止まらず思考もままならなくなっていた。
それでも目の前にはブラッドグリズリーが鼻息荒く自分の命を奪おうとしていた。
そんな状況の中、東真の頭の中にはこの世界に来てからの日々が走馬灯のように流れていた。
(この世界は…理不尽だな…)
東真の素直な感想だった。
この世界に来てから当たり前だった平和な日常が崩れ、軽蔑、追放、理不尽な状況。RPGですら木の棒があるのに自分は素手どころか着の身着のまま…。
(こんな理不尽…あってたまるかよ!)
東真の目から涙があふれた。
悔しくて悔しくて悔しく悔しくて悔しくて…
(死にたくない!生きたい!)
心の底から東真は思った。
(ケガなんてなければなければ戦えるのに!ケガなんてななければ!)
(ケガがなければ
その瞬間信じられないことが起こった。
今まで負っていた傷が一瞬にして
「これは…そうか」
東真は一瞬混乱したが、すぐに理解した。
傷は固定された事象ではないから【反転】出来る!
「くくく…ははは!」
そして東真は笑った。
この能力を使えることで唯一出来るクレイジーな方法を思いついてしまったから。
「ここから先は…泥仕合だ」
ここから起きる展開を想像し…そしてブラッドグリズリーに対して宣言した。
「どちらの命が途切れるまでやりあおうぜ!」
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