第6話 森の孤独な戦い

東真は森の中を歩き続けていた。時間の感覚が次第に失われ、昼夜の区別も曖昧になっていく。彼の全身には依然として痛みが走り、傷はまだ完全には癒えていなかった。しかし、それでも彼は前に進むことを止めなかった。心の中で湧き上がる不安や孤独を振り払うように、一歩一歩を踏み出していた。


(武器や防具もない状態で生きていけるのはこの【反転】のおかげ…これを使いこなせばまだ生き残ることが出来る…!)


自分にそう言い聞かせながらも、東真の心には深い孤独感が広がっていた。勇人と美咲と一緒だった頃のことが頭に浮かび、その温かさを思い出すたびに胸が締め付けられた。だが、二人はこの世界で【剣聖】と【聖女】。今の自分にはそれを取り戻す力がないことを痛感し、東真は自らを奮い立たせるためにさらに進んでいった。


彼はウルフとの戦闘後に歩きながら、【反転】の力を使って小さな実験を繰り返した。森に落ちている木の枝を反転させてみたり、飛んできた小さな昆虫の動きを変えてみたり。何度も試しているうちに、自分のスキルの限界と可能性が少しずつ見えてきた。


「連続で五回…それが今の俺の限界か…」


東真は苦笑しながら呟いた。五回の反転であれば、敵の攻撃を回避したり、物を利用して敵を混乱させたりすることができる。しかし、それ以上の連続使用は体に負担がかかり、力が途切れてしまうのだ。自分自身にも反転を適用できることがわかったが、その効果は一時的で、持続時間も短かった。


「だが…使いようによっては、かなり役立つかもしれない」


東真はその可能性に希望を見出していた。たとえどんなに小さな可能性でも、それを信じて前に進むしかなかった。森の中にはモンスターが潜んでいることはわかっている。次の戦いに備え、どんな些細なことでも役立てるために、彼は自分の力を試し続けた。


夜が訪れ、森は深い闇に包まれた。月の光がわずかに木々の間から差し込んでいるが、それでも周囲はほとんど見えなかった。東真は木の陰に身を潜め、少しでも休息を取ろうとしたが、体の痛みと緊張感が彼を眠らせなかった。その上、再び遠くから聞こえる低い唸り声が、東真の心臓を再び強く締め付けた。月明かりの下で、数匹のウルフがこちらに向かって近づいてきているのが見えた。


「また…来たのか…」


彼は立ち上がると、心の中で必死に自分を奮い立たせた。傷が完全に癒えていない体で再びウルフとの対峙はこれが初めてではなかった。何度も何度もウルフたちに襲撃され、その度に必死に【反転】の力を駆使して生き延びてきた。ウルフの他にも、ゴブリンやコボルトなどのモンスターたちとも戦ってきたため、東真は次第に戦いの中での立ち回りに慣れてきていた。連戦に次ぐ連戦と【反転】の検証、そのためか東真の傷は完全に癒えることはない状態でもモンスターを警戒しつつも、恐怖心は薄らいでいた。


ウルフたちは牙をむき出しにして、低く唸りながら東真を取り囲むように近づいてきた。東真は拳を握りしめ、自分の力に集中する。ウルフとの距離を保ち、【反転】の力を発動するタイミングを見計らう。


「俺が生き残るか、おまえたちが生き残るか…やりあおうぜ」


ウルフの一匹が飛びかかってくる瞬間、東真は全身の力を振り絞り、再び【反転】を発動させた。目の前のウルフの動きが反転し、その勢いのまま他のウルフに嚙みついた。再びウルフ同士が衝突し、混乱が広がる。彼はさらに続けて反転を使い、他のウルフたちの動きを制御しようとした。


2体ほど倒したところで限界に近づいていたが、東真は止まらなかった。「ここで倒れるわけにはいかない…!」そう自分に言い聞かせながら、彼は何とか最後の力を振り絞り、3体目のウルフを倒した。


やがて、残ったウルフたちは唸り声を上げながら森の奥へと引いていった。東真はその場に倒れ込むように膝をつき、息を荒らげた。


「俺の…勝ちだ…」


全身の痛みと疲労感が押し寄せ、体は鉛のように重かった。彼は痛みに耐えながら、なんとか自分の体を支え、もう一度立ち上がった。「ここで止まるわけにはいかない…」彼の心には、次の戦いに備える覚悟が強く刻まれていた。


そんな中、木の陰からゴブリンが複数体現れた。


「くそ…少しは休ませてくれよ…」


東真は木に背を預けながら呟いた。体力は限界に近く、精神的にも疲弊していた。しかし、生き残るには戦い続けるしかない。


「俺は…負けない…」


東真は自分に言い聞かせるように何度も繰り返した。ここで諦めるわけにはいかなかった。自分だけが追放され、孤独の中で戦い続けることになったが、それでも彼は立ち止まらなかった。


ゴブリンとの戦闘が終盤に差し掛かったその時、突然、森全体を震わすような大きな叫び声が響き渡った。東真はその声に一瞬凍りつき、反射的に身構えた。叫び声はあまりにも大きく、まるで森全体がその威圧感に屈服しているかのように感じられた。その威圧感のせいか残っていたゴブリンたちは一目散に逃げていった。


東真の心臓は激しく脈打ち、全身の血が冷たくなるのを感じた。「何だ…この声は…?」彼の視線はゴブリンを追うのをやめ、周囲に向けられた。森の奥から何かがこちらに向かって近づいてくる気配があった。その足音は重く、まるで地面を揺るがすような圧力を伴っていた。


「ウルフか…それとも別の…?」


東真は息を潜め、体勢を整えながら、心の中で様々な可能性を巡らせた。今まで戦ってきたウルフやゴブリンとは異なる、さらに強力な存在が近づいているかもしれないという恐怖が彼の胸を締め付けた。しかし、ここで怯んでは生き残ることはできない。東真は目を細め、森の奥をじっと見据えた。


次第に音が大きくなり、その姿が影の中から現れようとしていた。全身に緊張が走り、東真は拳を強く握りしめた。「来るなら…来い…!」彼は【反転】の力を使う準備を整え、次にどう動くべきかを考えた。恐怖が彼の中にあったが、それ以上に「生き抜く」という強い意志が彼を突き動かしていた。


東真は静かに、しかし確実に呼吸を整え、目の前の未知の脅威に立ち向かう決意を固めた。


そして…絶望した。

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