第4話 森の試練
ナラハ王国を追放された東真は、あてもなく荒野をさまよっていた。夜の冷たい風が彼の体を刺し、孤独感が胸に広がっていく。『俺は一体どうすればいいんだ…』という思いが、何度も頭をよぎる。勇人や美咲と違い、自分には何もない。彼らと共に輝く未来を信じていたが、今はただ一人、何も見えない暗闇の中にいた。
東真は夜の荒野を一歩一歩歩き続けた。空には星が瞬いているが、それは彼にとって冷たい無関心の象徴でしかなかった。彼の心は空虚で、孤独感が全身を覆い尽くしていた。荒れた道を歩き続けるたびに、足取りは重くなり、体力は徐々に尽きていった。腹は空き、喉も渇いているが、食べ物も水も持っていない。何より、心の中に湧き上がる絶望が彼を押しつぶしそうだった。
「なんで俺だけ…」
自分だけが必要とされていない。その思いが、彼の中で何度も反響していた。勇人と美咲は王国に迎え入れられ、自分は追放されるという残酷な現実。それを受け入れるには、まだ時間が必要だった。
そんな中、森が視界に入ったとき、東真は自然と足を進めていた。森の中なら少しは身を隠せるだろうという期待もあったが、何よりも、この寒さを少しでも凌げる場所が欲しかった。森に辿り着いた東真は、とりあえず飢えをしのぐために、手の届く範囲にあった木から木の実をもぎ取って食べた。しかし、その木の実は思った以上に苦く、噛むたびに胃に不快感が広がっていく。
腹を満たすどころか、次第に腹が重くなり、体調が悪化していった。胃が痙攣し、冷や汗が額ににじみ出る。体は重く、視界も徐々にぼやけていく。『何て間抜けなんだ…』と自分を責めながら、東真は木にもたれかかるように倒れ込んだ。全身から力が抜け、立ち上がる気力さえ失っていった。
「もう…終わりなのか…?」
そんな弱音が口から漏れそうになる。自分が無価値だと宣告された瞬間から、この先に何の希望も見いだせないまま、ここで倒れ、消えてしまうのかと思うと、涙が滲んできた。しかし、そこで終わるわけにはいかないという意地が、かろうじて彼の心に残っていた。
そのときだった。遠くから聞こえる低い唸り声に、東真は顔を上げた。月明かりに浮かび上がったのは、数匹のウルフの群れだった。鋭い牙を見せて、こちらに近づいてくる。
「マジかよ…」
体調は万全ではなく、武器も持たない東真には、戦う術がほとんどなかった。それでも、ここで死ぬわけにはいかないと、彼は何とか立ち上がり、拳を握りしめた。ウルフたちは一瞬も躊躇せずに飛びかかってきた。
「くそっ…!」
東真は必死に拳を振るったが、ウルフたちは俊敏で、彼の攻撃は全く当たらなかった。ウルフの瞳は冷たく輝き、その鋭い牙が東真に次々と襲いかかる。まず一匹が東真の腕に噛みつき、鋭い痛みが走った。彼は痛みに顔を歪めながらも腕を振り払おうとしたが、次の瞬間にはもう別のウルフが彼の脚に食いついていた。
「痛っ…!」
東真は何とか振り払おうと足を蹴り上げるも、ウルフたちは次々と彼に飛びかかり、逃げる隙を与えなかった。牙が肉に食い込み、全身に激痛が走る。彼の視界は次第にぼやけ、足元はふらつき、体の感覚が徐々に麻痺していくようだった。
「痛い…もう無理だ…」
体は至るところを噛まれ、血が滲み、力はどんどん失われていく。全身が焼けるように痛み、目の前が赤黒く染まっていく中、東真は必死で自分を鼓舞した。だが、次第にその気力も失われていき、「このまま死ぬのか…」という絶望が頭を覆い尽くした。
「いやだ…まだ終わりたくない…」
思考が次第に薄れていく中、東真は無意識に必死で何かにすがろうとしていた。その時、ふと頭に浮かんだのは、王宮で自分を蔑んだ者たちの言葉だった。
『【反転】なんて役立たずのスキルだ…相手の向きを変えるだけの無意味な力だ…』
「向きを…変える…?」
東真は苦しみながらも、その言葉を思い出し、迫ってくるウルフの牙、その鋭さを目の当たりにしても、東真は恐怖を飲み込み、集中した。
「頼む…【反転】!」
飛びかかってきたウルフの牙が目前に迫る中、東真は全ての力を込めてスキルを発動させた。その瞬間、ウルフの動きが反転し、寸でのところで方向を変え、その勢いのまま隣のウルフにぶつかった。二匹のウルフが互いにぶつかり、混乱が広がる。噛みつこうとしていたウルフ同士が衝突し、思いがけない事態に陥った他のウルフたちも、状況を悟ったのか唸り声をあげながら森の奥へと退いていった。
九死に一生を得た東真は、その場にへたり込んだ。体は限界で、視界もぼやけている。しかし、一つだけ確信があった。
「【反転】…意外と使えるじゃないか…」
そうつぶやいた瞬間、全ての疲労と痛みが一気に押し寄せ、東真は意識を失った。森の静寂に包まれ、彼の冒険はまた新たな試練を迎えようとしていた。
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