第7話 人のふり見て

 スーパーで買い物をしていると、そこに、西島に声を掛けてくるやつがいた、それは、中学時代の友達で、高校を卒業するくらいまで、交流があったが、大学に入ってからは、交流がなくなったのだ。

 その理由は、

「俺は大学に現役で入学できたが、やつは、落ちてしまい、浪人してしまっや」

 ということからであった。

 さすがに、

「大学生と浪人生」

 とでは、お互いに、気を遣ってしまい、今まで通りの付き合いというわけにはいかないだろう。

 そんなことは、どちらも分かっていることであり、そういう気の遣い方が一番嫌だったのだ。

 だから、お互いに避けるようになり、西島は大学の友達と一緒にいる時間が増えたことから、お互いに連絡をすることもなくなったのだ。

「西島じゃないか?」

 といって気さくに声を掛けてくる。

 あの時のお互いの気まずさというのは、すでになくなっているようで、お互いに、気を遣うこともないようだった。

 というのも、西島にとって、その友達とは、

「まるで昨日も会っていたかのように思える」

 と感じたからであった。

 大学時代に、どれだけたくさん友達がいたとしても、比較できないほどの、なつかしさが、西島の中にあったのだった。

「久しぶりだから、話をしたいな」

 と友達がいうので、近くのカフェによることにした。

 普段であれば、

「こんな時間にカフェなんて、人が多いだけだ」

 ということで避けていた。

「そもそも、一人で孤独に、コーヒーというのは飲むものだ」

 と思っていた。

 ここで敢えて、

「孤独という言葉」

 を使ったが、今の西島にとって、

「孤独」

 という言葉は嫌なものではなかった。

 どちらかというと、

「一人でのんびり過ごせる優雅な時間」

 ということで、暗いというイメージも、寂しいという気持ちも、そのどちらもないという気持ちが大きかったのだ。

 そんな感覚になったのは、就職活動をしている時であろうか。

 就活ともなると、友達もお互いに構っている暇はない。

 情報交換などは行うが、それ以外は、会うという機会もめっきり減った。

 そもそも、大学に行くということもほとんどなくなり、就活も佳境に入ると、

「一日に、数件の面接を受ける」

 ということになるのだった。

 同じ業種であれば、まだいいが、

「異業種の会社を一日に数件いく」

 というのは、面接に対応するための準備が、それだけ大変だということだ。

 当然。試験ということになれば、筆記もあるだろうが、面接が大切であり、

「何を聴かれるか分からない」

 ということが恐怖だったりするのだ。

 その会社の社長の名前まで、フルネームで覚える必要があったり、結構神経を遣うことであった。

 そんな毎日を過ごしていて、最初の頃は。

「次第に慣れていく」

 ということが当たり前のようになって、少しずつ気が楽にもなってきたが、何社を受けても、内定をもらえないということになると、次第に焦ってくる。

 しかも、西島は、

「実家近くと、大学近くの都心部の両方をターゲットにしていただけに、それぞれでまったく違った社会に対応しなければいけないことで、さらに大変だった」

 といってもいいだろう。

 西島は、それでも、何とか都心部で一つ内定がもらえると、それまで数十件を受けてもすべてに不合格だったにも関わらず、そこから先は、次々と内定がもらえたのであった。

「これってただの偶然なのだろうか?」

 とも思ったが、それとも、

「残り物には福がある」

 ということだろうか?

 とも考えたのだ。

 実際には、本当の残り福だったのかも知れない。

 ただ、就活をしてきて、

「就活に慣れてきた」

 というのか、それとも、

「面接のコツをつかんだ」

 というのか、そういう意味では、

「晩生なのかも知れないな」

 と思った。

 そういう意味で、自分は、急いで何かをしなければいけないという仕事よりも、

「コツコツこなす」

 という方が性に合っていると自覚した。

 そういう意味で、

「プログラマ」

 という仕事はあっていると思ったのだ。

 だから、入社した会社に、

「システム部」

 というところへの配属を希望したのだった。

 しかし、時期が悪かったのか、配属されたのが経理部。最初は、ショックで明らかな

「五月病」

 に罹ってしまったが、次第にそれも落ち着いてきて、一年もすると、

「経理の仕事も悪くない」

 と思った。

 それが、就活の時に、行きついた心境としての、

「コツコツすることが自分に似合っている」

 ということだったのだろう。

 それを思うと、

「こんな人生も悪くないな」

 と感じるようになった。

 大学卒業の頃は、まだ未知の世界である社会が怖くて仕方がなかったが、二年目になって、

「慣れてきた」

 と感じるようになると

「これが、社会人になっての最初の節目なんだな」

 と感じたのだった。

 だから、

「何を食べてもおいしくない」

 という時期であったが、別に嫌な気もしなかった。

 それよりも、仕事に慣れてきたという、

「最初の節目」

 というものが、自分の中で、

「結構いい人生なのかも知れない」

 と感じさせたことで、安心感と、毎日が、充実感に溢れているのを分かるようになると、

「楽しいものだな」

 と思えてきた。

 そんな時に出会った中学時代の友達があまり変わっていなかったのは、うれしいと思えることだったのだ。

 その友達の名前は、

「清川」

 という男だった。

 清川と一緒に入ったカフェでは、彼が、

「なんでもいいから好きなものを頼みな、俺がおごってやるよ」

 という。

 それまでは、どちらかというと、ケチなところがあり、それが高校を卒業するころになると、完全に、

「ドケチ」

 といってもいいくらいになっていたのだ。

 それが何も風の吹き回しといっていいのか、こんなに大盤振る舞いになっているのだ。

「時は人間を変えるのか?」

 と思ったが、何といっても、そのいでたちは明らかに派手で、服装にも金を使っているということが分かるというものだ。

 だといっても、そんなにおかしなものではなかった。

 ただ、

「明らかに、金回りがいい」

 ということだけは分かった気がした。

「金回りがいいと、こんな性格になるのか?」

 と思えるほど、彼は豹変していた。

 といっても、別に悪いことではない。

 変な気分になって、これまでの思い出話に花を咲かせていると、

「俺は大学に入ってから、いろいろな経営学を学んだんだ。その中で、金儲けというものに憑りつかれたかのようになってさ。嵌ってみると、これが、面白いように儲かるんだよ。お前にもそれを教えてやりたいと思ってな」

 というではないか。

 嫌な予感がして、

「いやいや、俺は地道にいくよ」

 といって、その申し出を一蹴した。

 今までの彼であれば、

「そうか、せっかくなんだけどな」

 と残念がるくらいで終わりかと思ったが、話をしている態度が明らかに変わってきたのだった。

 というのも、

「俺はいいんだけどな。せっかくお前にいい儲け話を持ってきてやったのに」

 ということで、どんどん、イライラしてくるのを感じた。

「参ったな」

 と思っていたが、

「この状況、何かのデジャブを感じる」

 と思ったのだ。

 それが何かというと、以前にも感じたことがあるというもので。それが何だったのかということが思い出せないくらいであった。

 そして、しばらく考えてみると、今度は、

「あ、あの時の」

 と思うと、それがまるで昨日のことのように思い出させたのであった。

 それは、

「万引きをした時、店長に対して感じたことだった」

 というのを思い出したのだ。

「そうだ、あの時、店長は、俺が無表情だったことで、次第に怒りを燃え上がらせたんだっけ」

 ということだ。

 ということは、

「今の俺も無表情だということか?」

 と感じたが、

「いや、そんなはずはない」

 と思った。

 なぜなら、顔の筋肉が、

「微妙にびくびくしていて、それが緊張している時の筋肉痛に似ている」

 と感じたのだ。

 緊張が少しひきつったかのように思えて、逆に笑っているつもりでも、無表情を作り上げているのかも知れない。

「そんなバカな」

 と感じたその思いが、次第に変わってくるのを感じた。

 しかも、それがあっという間のことで、さらにその時に感じたのが、

「階段グラフ」

 のイメージだったのだ。

 それが、また、

「昨日のことのように思い出せる」

 ということから、

「俺の今の精神状態は、一番何かの判断をするのに、うってつけの状態なのではないだろうか?」

 と感じたのであった。

 それを思うと、

「こいつの口車に乗ると、ヤバいことになるかも?」

 と感じたのは、

「清川という男が、よからぬことを考えている」

 と感じたからだった。

「これだけ金回りがいいというのは、何か詐欺のようなことでもしているのではないか?」

 と感じた。

 盗みのようなものであれば、そんなに派手な格好をするということは考えられないと思ったからで、

「なぜ、そう感じたのか?」

 というのも、自分では分からなかった。

 しかし、

「昨日のことのように感じたから」

 ということで、さらに思い出してみると、

「あ、俺、中学時代に、万引きしたんだった」

 と、まるで他人事のような感覚が思い出されたのであった。

 中学時代の万引きを思い出していると、一緒に思い出したのが、佐久間巡査部長だった。

「あの警官、元気にしているかな?」

 ということを思い出すと、

「この清川の話、絶対に乗っちゃいけないな」

 と感じたのだ。

 まだ何も話していない状態で、そこまで感じると、清川の方でも、こちらが何を考えているかということを探っているかのようだった。

 まったく疑いをもたれないということを感じているとは思えなかった。

 というよりも、

「疑いを持ったうえで、それを最初の段階として、そこから切り崩す方が、却ってどこをえぐればいいのかということが分かってくるので、攻めやすい」

 ということになると、清川が考えているのではないか?

 と思ったのだ。

 西島は、今では、佐久間巡査部長の顔を思い出せる気がした。

 そう思うと、

「自分が佐久間巡査部長の立場で、目の前にいるのが、10年前の俺ではないだろうか?」

 と感じられたと思うからこそ、佐久間巡査部長の顔が思い出されたのだ。

 しかし、考えてみればおかしなもので、

「自分が佐久間巡査部長になっているのに、顔が思い出せるって変だよな」

 と思った。

 何か、鏡のような媒体でもなければ、その顔を見ることができないのにである。

 と思うと、

「俺の目は自分の身体を離れて、目の前の清川の目になっているのではないか?」

 と感じられた。

 ということは、

「もし、清川を変えてやることができるやつがいるとすれば、それはこの俺しかいないのではないか?」

 ということであった。

 今までに、

「目の前にいるやつの目線で前を見る」

 などということができるわけはなかった。

「きっと何かの力が働いているのではないか?」

 と考えるのであった。

「俺やっぱり、その話には乗れないわ」

 といって、話を完全に一蹴した。

 というのは、

「もし、話を聞いてしまってから断るということであれば、もし、これが何かの組織がかかわっているということであれば、まずいだろう」

 と考えたからだ。

 話を聞いてしまってからでは断ることができない。

 なぜなら相手は、自分たちの企ては、他に漏れるということを一番嫌うからだ、

 それは当たり前のことで、そうなると、

「脅迫してでも、仲間に引き入れる」

 ということになる、

「警察に駆け込まれでもすれば、溜まったものではない」

 ということで、それなら、

「もうお前は共犯だ」

 ということにしてしまえば、相手は、

「決して警察に駆け込むようなことはしない」

 と思うからであろう。

 だから、

「断るなら今しかないんだ」

 ということであった。

 だが、こちらが、一蹴したことで、最初は怒りに震えていたようで怖かったが、次第に落ち着きを取り戻し、さらに、こちらの向かってほほ笑みかけているようだった。

 それを見ると、今度は違った意味での恐怖を感じたのだが、それが、こちらを焦らせる結果になった。

 やつは、完全に微笑んでいた。

 それは、余裕のある笑みで、どこか勝ち誇ったかのように見えたのだ。

 それがどういうことを意味しているのかというと、

「ヘビに睨まれたカエル」

 といってもいいだろう。

 ただそれだけではなかった。

「ヘビはカエルを食べる。カエルはナメクジを食べる。ナメクジはヘビを溶かしてしまう」

 という、いわゆる、

「三すくみの関係における、カエル」

 のような気がした。

 ただ、この場合は、もう一人、それぞれが襷にかかったかのような形になる必要があるということである。

 それが、誰なのかということが、すぐには分からなかった。

 そして、それが誰なのかということが分かった時、完全に思い出したその顔が、佐久間巡査部長だったのだ。

「ここに佐久間巡査部長がいてくれたら」

 と思ったが、それはどうやら叶うことではないことのようだった。

 それを一番よく知っているのが、目の前にいる清川ではないだろうか。

 これは無意識だったのだが、ふと清川の口から、

「佐久間さん」

 という言葉が聞かれた。

 そう感じると、今まで、清川の目になって、自分を見たその時に感じたのが、佐久間巡査部長の顔であったということから切り離されて、

「いや、元の自分に戻って」

 目の前の清川を見たのだった。

「佐久間さんって、誰のことだ?」

 と聞くと、

「佐久間さんというのは、俺を助けてくれた警官のことだよ」

 というのだった。

「えっ?」

 と呟くと、

「いや、お前には関係のないことだ」

 と一瞬我に返ってそう答えた。

 我に返って答えたはいいが、普通であれば、まったく記憶にない状態で我に返るということではないかと思うと、

「お前には関係ない」

 ということは、意識しているということになるんだろうなと、不可思議な感覚に陥ったのであった。


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