胃液まみれの宝石

「これから組みたい相手に、銃なんて物騒なもん向けるなよ」

「あのな、標的ターゲットでもない野郎とキスする趣味はねーんだよ」


 ジュナは綺麗な顔を思いっきり顰めた。

 

「それはまぁ、悪かったな」


 未遂だし良いだろと思う反面、こっちだって野郎だと分かってたらあんな方法取ろうとしなかったのにという気にもなってくる。理不尽だ。


「場所を移そう。あとは話を聞いてからだ」


 人気ひとけがないのを確認して路地裏を出る。一歩道に出た瞬間、ジュナはまたさっきの淑女の面になった。


 そのまま二人で地下にあるレストランへ入る。こちらも裏社会の人間が経営している店で、密談によく使っていた。

 

 相手が女の姿なら連れ込み宿で話をしても良かったが、正体を知っている此方としては男と宿にしけこむ絵面など想像だけでげんなりしてしまう。

 

 レストランならより安く、腹も膨れる。十二分な環境だった。

 

 ジュナは銃をテーブルの中心に置く。殺意は無いという表明だ。出てきたステーキにナイフとフォークを刺しながら、レオナルドは促した。


「で? さっさと話してくれ。お前のビジネスプラン」

「あぁ、まずはコレを見て欲しい」


 ジュナはドレスから小さな布袋を二袋取り出す。途端にパカパカしだした胸元にぎょっとするも、彼はいたって真剣な顔をしていた。

 

 袋をのぞいてみると、そこには色とりどりに輝く石が詰まっていた。


宝石ジェム?」

「残念ながら違う。宝石なら詐欺師の前にポンと出しやしねーよ」


 それはそうだ。

 レオナルドは中身をすり替えようかと机の下でわきわきさせていた手を止めた。


「これはガラスだ。鑑定士のところに持って行っても値はつかない」

「それで?」

「おれは無料タダ同然の値で、無尽蔵にガラスを仕入れられる。そこでだ」


 ジュナは一呼吸置いて凄んだ。


「おれとアンタの二人でこれを、宝石と偽って売り捌こうぜ」


 レオナルドは無言で白手袋を取り出し、ガラスをじっくりと見る。


「確かに、この石は俺の目には宝石と同じに見える。研磨師に依頼して加工すれば、本物として売りつけることも可能だろう」


 レオナルドは目の前のジュナを睨め付けた。


「だが、何故俺と? 一人でやれば、利益も独り占めだろう」


 そう、そこが引っ掛かった。怪しい。


「隣国の詐欺事件を小耳に挟んでな。ワグナ商会を倒産させたの、アンタだろ。容赦ねーな」


 ジュナが言及したのは一つ前の大仕事だった。


 宝石商であるワグナ商会に内部から入り込み、まず娘を籠絡する。そして横領の限りを尽くした挙句、競合他社に情報を売りつけたのだ。

 おかげでレオナルドの懐はホカホカである。


「一人でやってのけたことに加え、宝石商のノウハウまで盗んでいたらしいな。なら、このビジネスにうってつけだろ?」


 なるほど。特段仕事の成果を隠しているわけでは無かったが、そこまで掴んでいたのなら納得できる。

 

「それでおれが殺し屋だと気づくかどうか、ちょっと試そうと思って。ま、及第点ってとこかな」


 頼む立場のくせに、悪びれもせずにジュナは言う。


「だが、お前は殺し屋だ。事が終わったのちに、お前が俺を殺さないという保証はない」


 そう言ってやるとジュナは露骨にむっとした顔をする。服装も相まって、我儘な少女みたいだ。

 

「おれはプロだ、私情で手は汚さない」

「はぁ……目にも見えない、お前のプロ意識を信じろって?」


 レオナルドは呆れた。この殺し屋、商売には全くもって向いていない。

 悪徳ビジネスの世界はそんなに甘くないのだ。


「断る。偽物の石の出所でどころすら教えられない殺し屋の何を信じろって?」

「……出所を言えばおれと組むんだな?」


 そんなことは言っていない。

 反論しようとしたレオナルドは目を疑った。

 

 ジュナが突然彼自身の指を三本、口の中に突っ込み始めたからだ。そのまま彼が指で舌を強く押すようにして力を込めたのが見えた。

 

 端正な女顔が苦痛に歪む。


「あっ……が、うっ」

「お、おい。何して――」

「ヴァ……おぇぇ!」


 ジュナは喉から込み上げてきたものを、取り出した布袋の中に吐き出した。

 

――ジャラッ!


 石が布と擦れるような音が聞こえる。


 ジュナはテーブルの上のグラスを掴んで水をぐいっと飲み干した。

 

「ふぅ……自分で出すとこんなもんか」

「何なんだよ、それ」


 女装で騙されかけたあとにビジネスを持ちかけられたかと思えば、目の前で嘔吐し始めるとは、訳が分からなかった。

 

 彼は無言で袋を突き出す。

 

 そこに入っていたのは、先ほど見たものと同じ色とりどりのガラスたち。異なるのは胃液で光っているという点だけだ。

 

 つんとした酸っぱい匂いが漂ってきて、レオナルドは顔を顰めた。


「これから食事って時にお前……いや、それよりコレはどういうことだ」

「――呪われてんだ、おれ」


 呪い?

 女神ヒルテの神話でしか聞かないような言葉だ。

 

「前回依頼された殺しの標的は、ステンドグラス職人だった」


 彼は淡々と話し続ける。


「そいつは教会のステンドグラスも手掛けていたらしいんだが、『女神の声が聞こえる』だのと言い始めたらしい」


 たまにそんな主張をする人間がいるというのは、レオナルドも聞いたことがある。


「女神云々の真偽は定かじゃないが、教会のお偉方にとっては邪魔だったようだな。キナ臭い協会関係者の依頼で、おれはそいつを殺した」


 彼はジャラジャラと袋を鳴らす。


「そしてその夜から、日に何度かを吐くようになっちまった。女神サマの裁きか何か知らねーけど、呪いみたいなもんだろ」


 ジュナは「つーか、そこは教会の依頼主の方を呪えよ」と顔を顰めていた。


「こんな身体じゃ、まともに殺しの仕事も出来ねーし。だけどしゃくだろ? だから決めたんだ――このクソみたいな体質を使って、一儲けしてやろうってな!」


 ジュナは清々しい笑顔で断言した。


「それに、アンタはこの話を拒絶できない」

「どうしてそう言い切れる?」

「もう散々稼いでるはずなのに、リスクを負って詐欺を続けてる。それってさ」


 少年のように勝ち気で傲慢な視線がレオナルドに向けられる。


「アンタ、刺激が欲しくて堪んねーんだろ?」


 レオナルドはため息をつく。

 しかしその顔には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。


「……しばらくは慎ましく暮らそうと思ってたんだがな」

「よく言うよ、女装したおれを速攻カモにしようとしておいて」

 

 肩をすくめ、手を差し出す。


「いいぜ、乗ってやる」


 レオナルドは高揚で胸の鼓動が速まるのを感じる。早くも脳内では、幾つもの道筋が浮かび上がっていた。

 

 こんな刺激があるから、いつまで経っても詐欺師なんかを辞められないのだ。


 ジュナは差し出された手をぎゅっと握り返す。


「契約成立。よろしく頼むぜ、パートナー?」

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