みんなではじめる食育



 道路沿いのカフェテラスで、ある親子がランチを楽しんでいた。




 温かな日差しが降り注ぎ、穏やかな風が吹く中、母親と息子はテーブルに向かい合って座っていた。


 母親は皿の上の野菜を指さし、優しく息子に言い聞かせるように話しかけた。




「ちょっと、好き嫌いダメでしょ〜。ちゃんと野菜も食べなきゃ。」




 しかし、子供は目の前の野菜を見て顔をしかめ、首を振りながら駄々をこね始めた。




「やだ!食べたくないよ!」




 母親は困った表情を浮かべながらも、どうにかして息子に野菜を食べさせようと考えていた。

 通りを行き交う人々や車の音が、二人のやり取りにどこか温かな日常の一コマを添えていた。




 母親と子供がカフェテラスでやり取りをしているその時、遠くの道路から何か尋常ではない重低音が響いてきた。


 低く唸るような音が地面を振動させ、周囲の雰囲気が一変する。




 母親は息子との会話を止め、眉をひそめながら音の方に視線を向けた。




 すると、向こうの道路から黒煙が立ち昇り、次第にその煙の中から真っ黒な何かが見え始めた。




「あれは……?」




 母親は不安そうに息子を引き寄せ、じっとその黒い影を見つめた。


 音はますます大きくなり、重低音が鼓動のように響き渡る。暴走族か何かが通りかかっているのかと思わせるようなその音は、徐々に近づいてくる。


 黒煙の中から、まるで地獄から現れたかのような黒く重たい何かが、ゆっくりと姿を現し始めた。周囲の人々もそれに気づき、不安そうに立ち止まりながら、その光景を見守っていた。




 不正改造車の集団が、禍々しいデザインを身にまとい、道路を埋め尽くすように迫ってきた。




 車体は鋭利な装飾や刺々しい突起物で覆われ、黒いペイントがまるで闇そのものを引き連れているかのようだった。


 エンジンの轟音が街中に響き渡り、周囲の建物までもが揺れるような感覚を覚える。




 しかし、その中でも一際異様な車が目を引いた。




 車の天井は丸ごとぶった斬られ、そこには普通の車ではあり得ない光景が広がっていた。




 車の中央にそびえ立つのは、人の背丈ほどもある巨大な十字架。




 十字架には一人のチンピラが磔にされており、彼の体は太いチェーンでぐるぐる巻きにされていた。




 その姿はまるで異端者を裁くかのような凄まじさで、チンピラは必死に抵抗しようとしているものの、チェーンが強く彼を縛りつけていた。


 車はゆっくりと、しかし確実に通りを進み、その恐ろしい光景が周囲にさらに不安と恐怖を広げていった。


 カフェテラスにいた親子も、ただその異常な光景に言葉を失い、何が起こっているのか理解できずに見つめていた。他の人々も同様に動きを止め、禍々しい車列に視線を釘付けにされたまま、息を呑んでいた。




 改造車たちが轟音と共にカフェテラスの前で信号待ちのために止まった。




 その禍々しい車列の中心にある異様な車の上に立つのは、全身がメタリックな体を持ち、サングラスをかけた不気味な男。




 ――ヴァイだった。




 ヴァイは狂気じみた笑顔を浮かべ、十字架に磔にされたチンピラの横に立っている。




 彼の手にはなぜか丼があり、中には山盛りのチーズ牛丼が入っていた。




「はい、ダーリン……、アーンして」




 ヴァイは優しげな声を出しながら、スプーンでチーズ牛丼を掬い、チンピラの口元に近づけた。チンピラは必死に顔を背けようとしたが、チェーンで拘束された体は動かず、逃れることができない。




「も、もう食べれません……うっぷ」




 チンピラは苦しそうに呻きながら、ヴァイが無理やり口元に運んできたチーズ牛丼を何とか避けようとした。


 しかし、ヴァイはさらに狂気じみた笑顔を浮かべ、あくまで優しげな口調でチンピラに食べさせようと続けた。




 カフェテラスにいた親子や周囲の人々は、この異様な光景を呆然と見つめ、何が起こっているのか理解できずにただ立ち尽くすしかなかった。




 信号が変わるまでの数秒が、まるで永遠のように感じられるほど、緊張と混乱が街を包んでいた。




 信号待ちで止まった改造車の車列の中心、十字架の横に立っていたエリシアは、突然手に持っていた鞭を車のボディに叩きつけた。




 その鋭い音が響き渡り、周囲の空気が一瞬凍りついた。




「はよ食わんかいや!こらっ!」




 エリシアは厳しい表情でチンピラを睨みつけ、鞭をさらに強く握り締めた。






「謝れ!チー牛チー牛って書き込みして申し訳ありませんでした、と謝れやああぁ!」






 彼女の怒声が響き渡り、チンピラはますます怯えた様子で顔を背けようとするが、動けない。ヴァイは相変わらず狂気じみた笑顔を浮かべながら、無理やりチーズ牛丼を食べさせようとしていた。




「ごめんなさい……もうやめて……」




 チンピラは半泣きになりながら、必死に謝罪の言葉を絞り出した。




 エリシアの鞭が再び車のボディに打ちつけられ、その音が鋭く響き渡るたびに、彼の恐怖は募るばかりだった。




 カフェテラスにいた人々や通行人たちは、この異様な光景に釘付けになり、誰もが何もできずにただ見守るしかなかった。信号が変わるまでの時間がまるで永遠のように感じられ、街は異様な緊張感に包まれていた。




 ヴァイは不気味な笑顔を浮かべたまま、チーズ牛丼のスプーンをさらに強引にチンピラの口元に押し付けた。


 チンピラは必死に抵抗しようとしたが、ヴァイの力に抗えず、ついに口を開かされてしまう。




「食べ物に罪はねえんだよぉ……。人が何食おうが自由だろぉ?」




 ヴァイは狂気じみた声で囁きながら、チーズ牛丼を無理やりチンピラの口に押し込んだ。チンピラは苦しそうに食べ物を飲み込もうとするが、恐怖と絶望で顔を歪めていた。




「さあ、もっと食えよ。チーズも牛丼もお前の胃袋で自由にさせてやれよぉ!」




 ヴァイの言葉はまるで狂った説教のように響き、チンピラの心にさらなる恐怖を植え付けた。エリシアもまた、鞭を握り締めたまま厳しい目でチンピラを見下ろしていた。




 カフェテラスの親子や周囲の人々は、この異常な光景に言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くしていた。




 信号が変わるその瞬間が待ち遠しいような、しかし恐ろしい光景から目を離せないような、複雑な感情が彼らを支配していた。




 信号が変わり、エンジン音が再び轟く中、ヴァイを先頭にした狂気の集団はゆっくりとカフェテラスの前を通り過ぎていった。




 異様な光景が徐々に遠ざかり、街は元の静けさを取り戻し始めた。




 カフェテラスにいた親子は、その光景を見送ったまましばらく無言で座っていたが、やがて母親がふと息をついた。




 ふと横を見ると、さっきまで野菜を食べるのを嫌がっていた子供が、何も言わずに黙々と野菜を食べ始めていた。




 母親は驚きと安心の入り混じった表情で息子を見つめ、そっと微笑んだ。



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