星になった君に

遠藤弘也

お父さんになる君へ

 高校から付き合ってた同級生と三十一で結婚。一ヶ月前、妊娠がわかった。ずっと子供が欲しかったから嬉しかった。妊娠している妻を全力で支えている気でいたから、まさかけんかになるとは思っていなかった。



 今日、妻に会う前に会いたい人がいた。十年ぶりに連絡を入れたけど、すぐに、「もちろん会おう」と返信をくれた。


 午前十時半、通っていた高校の近くにあった公園で待ち合わせた。

 六月の公園は、日陰がなくって、蒸し暑い。


 「松田くん!久しぶり。同窓会ぶりだよね」

 「お久しぶりです。もう十年経っちゃいましたね」

 

 田村先生は高校三年生の時の担任だった。爽やかな容姿と暖かい性格はずっと変わらない。

 

 「えり先生は元気ですか?」

 「うん。今は非常勤で働いてるよ。二十代のパワフルな性格が四十代になっても変わんないから、ほんと尊敬してる」

 「えり先生は熱血で少し怖かったです」

 

 昔は言えなかったことも、時が経てば笑って言える。

 

 田村先生とえり先生は俺たちが高校二年生の時に結婚した。一年生の時から付き合ってると噂されてたから、結婚した時は相当盛り上がった。


 「ねねちゃんは元気?三年前に結婚したんだよね。おめでとう」

 「ありがとうございます。今日は、ねねのことを話したくて、」

 

 俺は表情に迷って、少し苦笑いで話した。

 

 「先月、妊娠がわかって。話していいのかわからないんですけど、どうしても田村先生に相談したくて」

 

 田村先生は少し驚いたけど、すぐに頷いてくれた。

 

 「うん。いいよ、むしろ僕を選んでくれたのが嬉しい」

 

 そうやって答えて、真剣な顔で俺の話をきいてくれた。

 

 「ねねは今年から課長を任されたから、あんまり仕事に手を抜きたくないみたいで。つわりで八キロ減ってるのに毎日残業してて、昨日しびれ切らして病院に連れていったら、即入院になったんです。」

 「うん。手遅れになる前で良かった」

 

 俺は田村先生の顔を見れなくて、下を向きながら話す。

 

 「それで俺昨日、『もう少し、子供のことにも責任持ってくれ。頼むから休んでくれ』って言ったんです。そしたら、『なんもわかってない』って怒られちゃって。どう止めるべきだったか、どう休んでもらうのか、考えてもわからなくて」

 

 退院したらすぐに会社に戻ると言い張ったねねを止めるのに必死だった。今後の接し方が一人ではわからなくて、田村先生に相談しようと思った。

 

 「うん。話してくれてありがとう」

 

 田村先生は微笑んで答えた後、真剣な顔をした。

 

 「まずね。妊婦さんは妊娠してるってだけで、計り知れない責任を抱えてる。だから、それ以上の責任を持たせちゃいけない。むしろ、持ってないのは僕らのほうだから」

 「・・・。本当にそうですよね」

 「えりちゃんは仕事が大好きだったけど、ママになるからって言って休んでた。そんな中僕は仕事に行って、平気で11時とかに帰ってきててさ」

 

 田村先生の顔に雫が伝った。

 

 「流産になった後、ベビー用品とか買えてなかったなって後悔したんだ。でもね、帰ってきてリビングのクローゼット見たら、大量のベビー用品が入っててさ。父親の僕がなんで知らなかったんだって。父親だよ?えりちゃんは子供と会うためにたくさん準備してたのに、僕は何もしてなかったんだって、その時気づいたんだよね」


 俺もいつの間にか泣いていた。昨日の俺の言葉が頭によぎって、胸が痛い。


 「ねねちゃんに仕事をセーブしてほしいんだったら、松田くんも多少セーブしないと。子供ができたら、二人の時間無くなっちゃうしね」

 「俺、一回もベビー用品買ってなかったです」

 「じゃあ、ねねちゃんのつわりが良くなったら、二人で買いに行こう!」

 「そうですね。ありがとうございます。すごい救われました」


 田村先生は僕の肩に手を添えた後、懐かしそうに答えた。


 「ううん。僕も昔、松田くんの言葉に救われたから」

 「何か言いましたっけ?」

 「覚えてないなら内緒だよ」


 その後は世間話で盛り上がった。懐かしい人の名前がたくさん出てきて、楽しかった。


 「またね。赤ちゃん産まれたら、写真送ってよ」

 「もちろんです。本当にありがとうございました」


 そう言って解散し、寧々が食べれそうなヨーグルトを買って病院に向かった。


 




 

 病室に入ると、ねねは静かな顔で本を読んでいた。


 「体調、大丈夫か?」

 

 ねねは目を合わせずに答えた。


 「うん。会社には連絡入れた。一ヶ月は休むよ」

 「あぁ、俺も四時退勤で、土日休みにしてもらった。昨日はごめん。ねねにだけ責任押し付けてた」

 「うん。私も子供のこと考えてなかったから」

 「つわり、良くなったら二人でベビー用品買いに行こう。まず調べるところからか」


 笑いながら言うと、ねねがこっちをむいた。そして、微笑んで答えた。

 

 「うん。そうだね」


 窓の外の木が緑色に染まっている。この木がピンク色に染まり始める頃まで、二人の生活が続く。

 





 

 



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