第17話 聖トラヴィス魔法学園・生徒会報告書 その3

新学期から1週間。

この日、生徒会室は緊張に包まれていた。


生徒会長にして皇太子クリフォード・オデュッセイア。

副会長にしてクリフォードの婚約者ノエリア・ウィッシャート。

監査役の別名「銀の貴公子」ラルス・ハーゲンベック。

そしてノエリアの義弟にして騎士、書記のアーノルド・ウィッシャート。


重々しい雰囲気の中、クリフォードがゆっくりと口を開く。


「……今日は生徒会の名誉をかけた議題に臨む」


一堂がごくり、とつばを飲み込み、そして深い溜息とともに続けた。


「先日、書記アーノルド・ウィッシャートが校外にて生徒会役員としてあるまじき行為をエリー・フォレスト嬢と行っていたという件についてだが……」

 

「誤解だーーーーーーっ!!」


容疑者アーノルドが絶叫する。


「だが数多くの目撃証言があるんだぞ」

「御者の証言とも一致する」


アーノルドの悲鳴に対して男性陣からの言葉は冷たい。


「ね、義姉さん………」


これはダメだと敬愛する義姉へ目をやるが、そこにはヨヨヨ、とハンカチを片手に嘆き崩れる姿があった。


「まさかアーノルドがそんな事をするなんて……」


「だから誤解です、義姉さん!」


うがあああ、と絶叫して頭を抱えるアーノルド。

先日、エリーを送り届けた際に、自分たちのやり取りが誤解を読んでしまったらしく、ちょっとした騒ぎになってしまった。

人の噂とは早いもので、瞬く間に城下から、ここ学園までその噂は広がっていき、この醜聞については生徒会としても問いたださぬわけにはいかないのだった。


「まさか将来の義弟がとんだ変態野郎だとは思わなかったよ…」


「なんですか、その変態野郎って!皇太子ともあろう方が口にして良い単語なんですか?」


「申し訳ありません、わたくしの教育が至らなかったばかりに…」


「義姉上も謝らないでください!罪状を認めたみたいな流れになってしまうじゃありませんか!」


「我が校の校則では男女交際は禁止していない。ただし節度というものがあるとは思わないか、アーノルド」


「ガチ説教は洒落にならないですって!」


そこまで語って、ようやくクリフォードが笑い出す。


「まぁ、冗談はさておき、だ。それくらいの噂が流れるほど親密な関係が築けたと思っていいのかな」


「違いますね。仲はすこぶる険悪で、俺は…」


と、そこまでアーノルドが口にした時、彼の脳裏にエリーの台詞が再生された。


『私、アーノルドさんの事、嫌いじゃないですよ』


ぐぬぬ、と台詞を飲み込み、押し黙ってしまう。

さらに続けて


『むしろ好きですけど』


と声が届くと、顔がなぜか紅潮し、冷静でいられなくなってしまう。

勘違いをするな、あれは顔だ、顔。

今まで何十何百と俺にちょっかいをかけてきた令嬢たちと一緒で、容姿に惹かれただけだ。

決して俺への好意ではない。

そう思うのだが、彼女を切って捨てる言葉が紡げない。


「俺は、なんだい?」


心なしかクリフォードの顔がニヤニヤしているように見え、アーノルドはごほん、と咳払いをして続ける。


「………俺は、あいつの事がよく分かりません」


アーノルドは吐き捨てるように言った。

そう、分からない。

これはアーノルドだけでなく、ここにいる全員の共通意識であった。

ラルスが皮肉っぽく口を開く。


「わざわざ私が仲直りと、謝罪と、相手を観察する機会を作ってやったというのに分からないとはな」


「期待に応えられず申し訳ありません」


素直に頭を下げるアーノルドに対し、ラルスが腕組みして嘆息する。

今のは半分冗談だが、アーノルドが卓越した観察眼を持っているのはラルスも認めるところだ。

それに期待したのだが……彼女の前ではその目も曇ってしまうようだ。


「私の調査でも、判断しかねる点が多すぎる。確かに普通ではない。我々の知らない情報を知っているとしか思えないのだが…そこに悪意が見えない。悪意があれば……」


そう、もっと違う動きをするはずなのだ。

それこそノエリアが予知夢で見た、あのおぞましい世界を再現するように。

我々を遊戯の駒に見立て、狩りで獲物を追うがごとく、収集するだけの為に心を弄ぶ。

天真爛漫な笑顔の裏では冷徹で打算的な思考を働かせ、この世界を崩壊させるような悪女。

それが我々の思い描いていた聖女エリーだった。


強いて憂いがあるとすれば、目の前にいるアーノルドという男が掌で転がされているきらいがあるのだが、報告を聞く限りでは当の本人もアーノルド以上に転がっているどころか、彼以上にド派手に転倒して大怪我をしているようなのだから、さらに訳が分からなくなる。


打算なのか天然なのか。

前者であればたいした女優にして策略家だ。

とても片手間でどうにかできるような相手ではない。


「その点、私もラルスと同意見だ。根本的にプランを再考する余地があると見る」


クリフォードが見解を述べると、アーノルドが驚いて振り返る。


「……と、言いますと?」


「エリー・フォレストが悪女ではないという前提で、我々の仲間に引き込めるかどうかだ」


「反対します」


「理由は?その断固たる意志が主観や私怨に基づいたものでない事を期待するよ」


「あいつは多分悪い奴ですし、恥をかかされた恨みがあります」


「君は私の言うことを聞いていたのかな!?」


クリフォードは、このプラン変更について、アーノルドの意見を採用しないことに決めた。

続けて信頼する銀髪の男に意見を求める。

ラルスはふん、と鼻を鳴らして語りだした。


「……私の個人的な意見としては反対だ。情報が少ない中で懐に招くのはリスクが高く、あえて今、ノエリアを危険に晒す必要はない」


「だが公人としては…?」


「魅力的な案である事は認めよう。もしターゲットが私であったのなら、リスクを承知で招き入れる。聖女という存在は、それだけ貴重だ。確定しなくとも、聖女かもしれないという可能性だけで存在価値は十分にある」


ラルスが眼鏡をくいっと上げて断言し、クリフォードはその回答に満足してうなずく。

ほぼほぼ、自分と同じ意見が得られたと言っていいだろう。

さて、残るはノエリア・ウィッシャートの意見だけなのだが。


「率直に聞いてい良いかい、ノエリア。この件についてどう思う?」


「わたくしの意見……ですか?」


「ああ、この件については君の意見を全面的に支持しようと思っている。主に君の将来に関わる事だからね」


「将来……確かに、その通りですわ」


ノエリアは何かを考えこんでいたが、意を決したように口を開く。


「わたくしは………」


「うん」


「ク、クリフォード様が、の、望むなら、どんな事も、受け入れますわ!」


「……………」


はい?、とクリフォードは聡明な彼にしては間の抜けた返事しかできなかった。

ノエリアは顔を真っ赤にして、だが堰を切ったがごとく言葉を続ける。


「よ、夜の営みには様々な形があると知識では知っておりましたが、具体的な行為に及ぶことは想像もしておりませんでした。ですが愚弟が、あ、あのような行為をしたからには他人事ではありません。ク、クリフォード様の伴侶として、望むことは、どのような事でもっ……!」


口から魂が出ていくのを感じるクリフォードであった。


「あのね、ノエリア……」


「お、お時間を! せめてお時間だけはいただけませんか!?年頃の殿方が、ああいう行為に並々ならぬ興味を抱いている事は承知しております。ですが、ですが、まだ勉強不足なもので……。そうだわ、アーノルド!! アーノルドに聞きましょう!彼がエリーさんと交わした行為を洗いざらい、ここで白状してもらい……!」


「……………義姉さん…」


「やめるんだ、ノエリア。アーノルドの心が死んでしまう」


いまだ脳内で、議題が次に移っていなかったノエリア。

敬愛する義姉に誤解され、ショックのあまり硬直するアーノルド。

将来の家族たちの体たらくに遠い目をするクリフォード。


そんな三者三様を、紅茶を嗜みながら眺めやりつつ、ラルスは誰にともなく呟いた。


「馬鹿ばかりだ……」

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