第15話 嫌いじゃないですけど
「馬っ鹿や……!」
私の言葉を聞いたアーノルドさんが客車内で立ち上がろうとして天井で頭を打つ。
がつんっ、と大きな音が響いたので、御者台から「どうしました!?」と声がかかる。
「なんでもない」
ばつが悪そうに座るアーノルドさん。
そりゃ、あんたみたいな長身の男が立ち上がれば、頭も打ちつけるわな。
「……なんでそうなるんだ」
「あれ? 違いました?」
我ながらこれしかないというアイディアだったんだけど。
せっかくノエリア様が頑張って築き上げた世界を、私が壊すわけにはいかないでしょう?
「国外追放されても、幽閉されても、気が気じゃないと思うんですよね。そうなるなら、処刑するのが一番手っ取り早いんじゃないかなって」
「そう簡単にいくか」
馬鹿を見るような目つきをするアーノルドさん。
一体、何が悪かったのだろう。
「でも、アーノルドさん、私の事、嫌いですよね?死んだ方が嬉しいんじゃありませんか?」
「嬉しいとか、嫌いとか、好悪の情で人が処断できるか。そんな奴はろくなもんじゃない。少なくとも義姉さ……」
そこまで言って、アーノルドさんは口籠り、改めて言い直す。
「少なくとも『今の』義姉さんは違う」
そうか、そうだった。
予知夢を見る前のノエリアは、そりゃもう我儘お嬢様で、気分次第で侍女や執事をクビにした事も一度や二度ではなかったみたいだ。
今でこそ忠犬のように懐いているアーノルドさんだって、何度も痛い目に遭ったはず。
そんなマイナスからの関係を、よくここまで持ってきたと思うよ、本当に。
と、まぁ、生易しい目でアーノルドさんを見ていたら、向こうの方がイラつきだしてしまった。
そしていたたまれなくなったのか、吐き捨てるように言い放つ。
「……それに、反対の立場ならどうだ?」
「反対?」
んー?
一体、どういう意味なのかな?
「お前だって俺の事が嫌いだろう?だからと言って、処刑できるか? できるはずねぇだろうが」
「…………?」
やっぱり分からん。
何度も首をかしげてしまう。
そんな私にアーノルドさんはイライラしているようだが。
「だから、俺の事を嫌いなら…」
「ちょっと待ってください」
なるほど、わかったぞ。
この話には、大事な前提条件が間違えている。
アーノルドさんは何か大きな勘違いをなされているようなので、断言してあげよう。
「私、アーノルドさんの事、嫌いじゃないですよ」
「は?」
ううむ、何とも毒気の抜かれた味のある顔をなさる。
だがイケメンはどんな顔も似合うなぁ…
……おっと、いけねぇ、いけねぇ、思わず涎が出てきちまったぜ。
では気を取り直して……
「だから私、アーノルドさんの事、別に嫌いじゃないですってば」
「…………。」
「むしろ(顔は)好きですけど」
「……………!」
顔はね、顔は。
何やら目を見開いたアーノルドさんが絶句したまま、口をパクパクしているが
一体、どうしたのだろうか。
何か盛大な勘違いをしているのではなかろうか………あ。
「あ! か、か、顔ですよ!顔が好きだと言ったんです!」
うおーー、やべーーーー。
もうちょっとで鈍感系天然ヒロインを演じてしまうところだった!
この方法で、何人のラノベ主人公がヒロインorヒーローを籠絡した事か!
現実的にあり得ないだろ、こんな勘違い。
「あ、顔な! そうか、顔だよな!!」
「あはは、そうですよー、顔ですってば!それ以外にアーノルドさんの良い点、今のところ、見当たらないですしー」
「あははは、ふざけんなよ、この野郎」
笑顔で首を絞められる。
ギブギブギブ! 完全に頸動脈入ってるから!
どこの世界にヒロイン?の首を絞める攻略対象がいるんだよ!
「そもそも俺は先輩だぞ。もう少し後輩らしく敬意を表したらどうだ」
「敬意を表するような人物でしたら、自然に敬いますよ。ノエリア様とか」
「そうだな。お前、義姉さんには「様」つけてるもんな」
「そうです、つまりそういう事です」
「どういう事だ」
「あなたは「様」をつけるに値しな…ギブギブギブ」
また首を絞められたので、速攻で降参する。
これ以上、絞められたら死んでしまう。
今度されたら無駄に乱れてしまった着衣を利用して襲われたと叫んでやろうか。
「しょうがありませんね。ではアーノルド「先輩」で妥協しましょう」
「妥協とか言ってんじゃねぇよ」
「これからの努力次第で昇格しますので、頑張ってください」
「何で上から目線なんだよ。認められりゃ、「様」を付けてやろうってか?」
「ただし降格にはお気をつけて」
「降格もあんのかよ!」
「呼び捨てから、豚、犬、生ごみ等、多数取り揃えています」
「ふざけんなよ、てめぇ!」
「早々にぼろを出しましたね、アーノルド豚」
「やめろ!ブランド家畜みてぇになってんじゃねぇか!」
そんなやりとりをしていると、馬車が停止する。
外を見れば、いつの間にか見知った下宿が目の前にあった。
「やっと到着か。 ずいぶんと遠かった。軽い旅行だぜ、この距離」
「歩いて登校している私への挑戦状ですかね」
やれやれ、と降りようとしたら、アーノルドさんがスッ、と手を差し伸べた。
「ほれ」
「はい?」
しばらく思考が停止し、やがてそれがエスコートだと知った私は仰天して
「いや、いいですよ。どうぞ遠慮なく」
と辞退したがアーノルドさんは引き下がらなかった。
「裸足の女を馬車から放り捨てた、なんて噂が立ったらウィッシャート家の家門に傷がつくからな」
いやいや、こんな下町に豪奢な馬車で乗り付けた時点で注目を浴びてる中、お姫様よろしく降りる私の気持ちにもなってみろ。
ちらっと外を見たら、何事かと、どんどん人が集まってるぞ。
そこからノエリア様がご降臨するならまだしも、エリー・フォレストだぞ。
公開処刑にもほどがあるだろ。
「いいから先輩は、このまま帰ってください」
「そっちこそ、いいから手を出せ」
「いいえ、出しません」
「先輩の厚意は素直に受けておけ」
「遠慮します」
「はぁ……埒が明かねぇな」
語気を緩めたため、ようやく諦めたか、と油断した私が甘かった。
次の瞬間、ふわりと体が宙に浮く。
「ひやっ!?」
思わず変な声が出てしまった。
私の体は真横になって、いわゆるお姫様抱っこをされてしまっていたのだ。
先ほど断念したお姫様抱っこが、こんな形で実現するとは!
だが神聖なる学び舎だろうが、私の下宿前だろうが、恥ずかしいことには変わらない!
「おおおお降ろしてください!」
「おい、暴れるな!」
「きゃっ、ああん! どこ触ってんですか!」
変なところ、触るな! 変な声が出るだろ!
「変な声を出すなって!」
「先輩が降ろせば良いんですよ!」
早く降ろせ! このまま外に出るなんて公開処刑、許してなるものか!
さっきの仕返しに首をこう、ぐいいっ、と。
「し、締まる……」
な、何て色気たっぷりの声で喘ぎやがるんだ、こいつ!
密室で変な気分に…あああんっ! どさくさに紛れて乙女の純情を弄り回しやがって!
あううっ! そ、そこはダメ! どこ触ってんだ、この野郎!
「やばい……出る…ぞ…!」
「ま、待って!! 心の準備が!!」
散々に抵抗するが、アーノルドさんは朦朧としながらも扉に向かう。
さすがは騎士、頸動脈を圧迫しているのにたいした根性だぜ…って感心している場合ではない。
やめろおおおおおおおおおおお!!!
ガチャリ。
客車の扉が開く。
もンのすごい群衆に取り囲まれた状況で、馬車からお姫様抱っこのまま現れた私。
―― エリー・フォレストの未来は、ここで死んだ。
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