悪役聖女の奮闘記 ~侯爵令嬢が改心してしまった世界で嫌われ役を押し付けられました!?~
@nagaya2002
第1話 始まりは最悪で
ああ、どうしてこうなった…
「義姉さんから離れろ、この悪女め!」
公衆の面前で首筋に剣を突きつけられているのは私、エリー・フォレスト。
そして剣を突き付けているのはアーノルド・ウィッシャート。
トラヴィス魔法学園に在籍していながら武勲を立て、騎士となった天才剣士。
そして侯爵令嬢であり、皇太子妃ノエリア・ウィッシャートの義弟である。
このような状況に陥ったのを説明するには、今から数年前に遡らないといけない。
「はっ!?」
ある朝、目覚めた私に生々しい夢が思い起こされる。
「ここは、孤児院…?それじゃ、この世界は……!」
大慌てで窓に駆け寄り外を見る。
そこはいつも見知っているようで、知らないような風景。
「サザーランド孤児院……」
掲げられた看板をゆっくりと読み返す。
その名前を口ずさむと、先ほどまで見ていた夢が鮮明に思い出される。
「イシュメイル物語」
それは私が遊んでいたゲームのタイトル。
端的に言えば、ヒロインの聖女様が、イケメンの皇太子様やら摂政やら騎士様らと恋に落ちたり落ちなかったりしながら、逆ハーレムを築いてウッハウハになるという、ごくありふれた、ありがちな物語だった。
まぁ、挿絵を担当した絵師様が大当たりで、内容はありがちながらも、そこそこヒットしたということと、ヒロインの聖女ではなく、悪役であるはずの侯爵令嬢ノエリア・ウィッシャートに人気が出たということだろう。
何せスピンオフとして彼女を主人公とした悪役令嬢の逆転記として
『私、悪役令嬢ですがイシュメイルの王女になりますわ』
…通称「わた王」が発売されちゃうほどだ。
実はかくいう私も、イシュメイル物語におけるヒロインについては眉を顰める場面は少なくなく、自分でプレイしていても
「ああ、どうして人の婚約者と平気で二人きりになるかな~」
「ちょっと、その思わせぶりな態度はどうなの? 絶対に勘違いさせにきてるでしょ!?」
と思ったり、思わなかったり。
そんなもんだから、悪役令嬢ノエリアがヒロインに苦言を呈する場面も、憎しみどころか
「ですよね~~~」
と同意しちゃったりするわけでして。
そりゃ皇太子であり婚約者にベタベタとくっついて回られたら文句の一つでも言いたくなりますよね。
それなのにヒロイン様は
「そんな……私はただ、みんなと仲良くしたいだけなのに」
とか、悲劇ぶっちゃう始末。
あのね、あんたの言動のせいで、あっちこっちで婚約破棄が行われたり、国政が歪められたりしてんだけど。
そうしたユーザーの鬱憤やヘイトを解消すべく発表されたのが先のスピンオフなわけで。
こちらは本編において婚約破棄をされた挙句にエンディング次第では処刑や国外追放されてしまうノエリアが、婚約破棄される以前の世界に巻き戻って人生をやり直す。
本作では立場が逆転し、事あるごとに邪魔を仕掛ける聖女様の妨害を切り抜けて、皇太子とめでたくご成婚するというシナリオだ。
これが発売された時は、「ああ、私だけじゃなかったんだ」と思いましたよ。
SNSの反応から分かっていた事とは言えね。
そしてお邪魔虫の聖女様は、シナリオ次第では叛逆者として処刑されたり、危険人物として幽閉されてしまう。
民衆からは石を投げられ、聖女の名前はノエリアに渡り、仮にも主人公を張ったとは思えぬ惨めな扱いであったが、不人気ヒロインの末路としてはさも当然だと評価される始末。
どんだけ人気ないんだ、この聖女様。
……と、まぁ、ここまで語ってお分かりかと思いますが、鏡を見て絶句しました。
金髪ロングの甘い顔立ち。
深い緑色と澄んだ蒼色、右と左がそれぞれ違う輝きを放つ瞳。
小柄で華奢な体型(胸は、まぁ、そこそこ……いや、普通だよ、普通!近年の創作物に登場する女性たちがナイスバディ過ぎんだよ)。
間違いない。
私はエリー・フォレスト。
『イシュメイル物語』の主人公にして、『私、悪役令嬢ですがイシュメイルの王女になりますわ』の悪役キャラだ。
この時、絶句する私の脳裏に、稲妻が走った。
そう、重大な問題がある。
この世界は『イシュメイル物語』なのか、スピンオフ作である『私、悪役令嬢ですがイシュメイルの王女になりますわ』なのか。
どちらの世界に転ぶかで、私の一生は決まる。
大丈夫、信じるのよ。
この世界は『イシュメイル物語』で、私は純情可憐なヒロイン。
ゲームの中ではトンデモ行動で周囲を引っ搔き回してきたけれど、そんな事はしません。
周囲を慮って、協調して、謙虚で、控え目に。
攻略対象にだって、ちょっかいはかけません。
地味に目立たず堅実に生きていきます。
だから神様。
どうかこの世界が、私に優しくありますように。
そんな時、外から声が聞こえてきた。
「聞いたか?ノエリア様の提案で今年の税金が減額されるそうだ」
「去年はひでぇ不作だったからな、助かるよ」
「こないだ行商したら、俺がウィッシャート領出身って言っただけで羨ましがられたぞ」
「一時期はわがまま言いたい放題だったが、今は心を入れ替えて、俺たちにも優しくしてくれる」
「まったくだね、私らも鼻が高いってもんさね」
ガツン、と私が壁に頭を盛大に叩きつけたのでド派手な音が鳴り響く。
終わった。
これ、もう『私、悪役令嬢ですがイシュメイルの王女になりますわ』略して『わた王』の世界じゃん。
―― この日、私の中で神は死んだ。
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