舞薗蘭と海の向こう
三角海域
舞薗蘭と海の向こう
舞薗 蘭はかっこいい女だった。
なんで過去形かって? 鋭いね。でもまあひとまずその疑問は置いておいてくれるとうれしい。別に意味深な伏線とかじゃないよ。
えーと。でまあ、かっこいい女だった舞薗……面倒だから蘭でいいや。そんなかっこいい女と私はなぜだか友達だった。
経緯を軽く話すよ。つらつら並べるの面倒だし時系列でぱぱっと並べるね。
蘭は難しい小説やら映画が好きだった。
蘭は流行りのものも普通に好きだった。
そのどっちでもない感じが中途半端にならず、個性になっていたのがあいつのすごいとこ。
で、私はといえば、極めて普通。なんか普通極めてるって書くとすごくみえるね。漢字ってすげえや。
脱線。そんな極めて普通な私は、今時の女子っぽくSNSに影響を受けやすい性格。タイムラインに載ったバカほど難しそうな小説を見かけて、それをポチった。理由? 読むと人生変わるみたいなコメントがあったから。
で、届いたそれを読み始めたんだけど、たぶん二分くらいで寝た。
その話をしたら、蘭が言ったんだ。
「ちゃんと読んでみたら? そしたら感想言いあおうよ」
どうやらすでに蘭は読了済み。いや、無理じゃね? と思ったけど、蘭とがっつり話すことなんてレアだなって思って頑張って読んだ。
で、どんくらいだろ。季節をふたつくらいまたいだころ、なんとか読み終わった。で、ついに感想を言いあったわけだけど。
「意味わからんかった」
という、どうしようもない感想しか出てこなかった。けど、それを聞いた蘭は嬉しそうに笑って。
「だよね」
と、ひとこと。
そこから、私たちはよく話すようになった。
こんないきさつ。
わりと普通だよね。
で、ここから本題。
現実なんだか幻覚なんだかわかんないこと。まるで、私がよんだ意味わからん小説みたいな出来事。
きっかけは、海にあらわれた「変なもの」を見つけた時。
季節的にはそろそろ冬。けど、妙にあたたかい日が続いてた。
学校の近くにある海にいって、蘭とふたり並びながらあれこれと話す。それが私の日課になっていた。
難しいものが好きで、流行りのものも好き。蘭と話していると、それって別におかしなことじゃないんだなって思いはじめた。
好きなもものって、自分を守ったり補ったり偽ったりする時にお使われたりする。けど、蘭はそれをしない。ただ好きなものを好きだっていう。理屈とかじゃなくて、どこまでも感覚で好きを表現する。
やっぱりかっこいい。
果てしない海を見ながら、蘭の話を聞く。それがすごく心地よかった。
この海岸は、夏でもそんなに人がいない。周りになにもないし、かといって海がすごく綺麗みたいなこともない。ただただ静かなことだけが魅力。いや、それが魅力じゃないから人が来ないのか。
けど、今日は少し状況が違った。
「あれ、なんだろうね」
私が問うと、蘭は少し考えて、「わからない」と言った。
海の向こう。ぼんやりと浮かんでいる「何か」が見える。蜃気楼みたいに見えもするけれど、それにしても、その「何か」はなんだかよくわからない。
現象としてわからないというのもあるけど、はっきり見えるはずの「何か」を〈こういうもの〉とたとえることができないのだ。
どうしてだろう。私ならともかく、蘭ですらそれを言葉にすることができないなんて。
「なんか。よくない気がする」
私のつぶやきが聞こえたのか、蘭はこちらを見る。
「よくない?」
「うん」
「どうして?」
「だって、なんかおかしいよ。私たちだけじゃなくて、みんなあれを説明できないなんて。どういう仕組みかどうかとかはともかく、そもそも言い表すことができないなんて変だよ」
「そうだね。けど……」
「けど?」
「だからこそ、ちょっとロマンがあるなって思う」
蘭は「何か」をじっと見つめながらそう言った。
それから数日。「何か」は海の向こうに存在し続けていた。
朝も昼も夜も、それははっきりとそこに存在し続けている。
最初の内はテレビとかも取材にきてたけど、そのうちなくなった。
気持ちが悪いくらいに、みんな「何か」に触れることをやめた。
それはあまりにも不自然なのに、自然とそうなっていった。
気持ち悪い。そう思った。
蘭との語らいは続いていた。場所を変えようと話したけど、蘭はあそこがいいと言った。
蘭は「何か」に強い興味をもっていた。
こういうものなんじゃないかっていう話をきかせてくれたけど、いまいちおぼえてない。
なんだか、現実なのか夢なのかが曖昧だった。
「何かと繋がったのかも」
蘭が言う。
「繋がる? 何と?」
「わからない。けど、ここじゃないどこか。なんだろう。街? 空間? よく見てると、なんかそういうものに見えてこない?」
「なにそれ。こわくない?」
「そう?」
「こわいよ」
「そっか」
「うん」
「そうだね。確かに、あんまり聞こうとしない方がいいのかも。けど、なんか気になるよね。なんでもいいから、『これ』って言葉にできればいいのに」
なんとなく印象に残っている会話。
蘭には、「何か」がどう見えているの?
そもそも、「聞こうとしない方が」ってなに?
そう聞いておけばよかったと今は思う。
けど、もしそれを聞いたとしても、その後のことが変わったとも思えないけれど。
電話があった。
土曜日の夜。そろそろ日付が変わるっていうタイミング。
『ヘイ、キリ』
あ、名乗り忘れてた。私の名前は鈴城季里。いつも某スマートスピーカーみたいな感じで蘭は私に呼びかける。
「なに、こんな時間に」
『ううん。別に。なんか声聞いておきたくて』
「……変なの」
『だよね。ねえキリ。今からさ……いや、なんでもない』
「めっちゃ気になるんだけど」
『たいした事じゃないよ。じゃあね』
「うん、またね」
『ありがとね、キリ』
電話はそこで切れた。
その夜、蘭は行方不明になった。
コンビニに行くって言って家を出て、帰らなかった。
そして、「何か」もその日の内に消えてしまった。
回想終了。
長々と付き合ってくれてありがとう。
ね? 過去形で正解でしょ? 蘭とは友達「だった」。気持ちとしては友達のままだけど、その関係の糸を繋ぐ相手がいないわけだから、過去形になるってわけ。伏線とかでもなんでもない、ただの事実。
結局、何もかもがわからないまま終わった。
蘭は今も見つかってない。
ただ、足取り追いかけてわかったのは、蘭はコンビニではなく海のほうに向かっていったってこと。
家を出るとき、蘭は母親にこう聞いたらしい。
『お母さん、変な音が聞こえたりしない?』
と。
意味不明。意味不明すぎて、悔しい。
私がもっと普通じゃなかったら。蘭に近い感性を持ってたら、何か変わったんだろうか。
もっと気が付く性格で、ふたりで交わした会話から「なにかあった?」と問えていたら、何かが変わったんじゃないのか。
たくさん考えた。けど、どれだけ考えたところで何かが変わるわけじゃない。けど、このことを過去として終わらせたくもない。
あれから何年か経った。
私はいまも、時々海に行って、ぼんやりと海の向こうを見つめている。
もしかしたら、蘭が見つかるかもしれない。
そんな期待を抱きながら。
普通の人でしかない私には、これくらいしかできない。
でも、なにもしないよりはマシだと思うから。
舞薗蘭と海の向こう 三角海域 @sankakukaiiki
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