第2話 辺境の地ゼルファード

 人間を襲う邪悪なゴブリンを一撃で粉砕ふんさいした。



「ギャアアアアアッ!」



 灰塵ちりと化すモンスターは、そんな雄叫びを上げて今世こんせから消え去った。

 魔王軍が消え去ってもモンスターは世界中に無限に沸き続けている。被害を受け、困る人々も多くいた。まさにゴブリンに襲われていた若い女性を俺は助けた。



「あ、ありがとうございました!」

「いいさ。一応、勇者だからな」

「あの魔王を倒した伝説の勇者エルド様! 素敵ですっ」



 女性は感謝しつつも、村へ戻っていった。

 人助けは勇者の基本だ。俺は数多くの村や街を救ってきた。


「さすがエルド様ですね!」


 聖女を自称するオーロラは、俺を称賛した。嬉しいけど、コイツは何もしなかったな。いや、俺だけで十分な相手だったけど。



「それより、辺境の地ゼルファードはあとどれくらいだ?」

「さあ?」


「さあって……」


「わたくし、一度も行ったことがありませんので」



 そうだったのか。てっきり一度くらいは見て回っていたのかと。

 まあいい、今からその新天地を目指すのだから――。


 草原を真っ直ぐ歩き、村が見えてきた。

 シュヴァルク王国からかなり離れた場所だから、辺境の村だな。



「日も傾いている。寄っていこう」

「それはいいのですが……」

「どうした?」


「一文無しなのです」


「なにっ!?」



 この聖女、手持ちがないのかよ。という俺も、たいした所持金は持っていなかった。シュヴァルク王国を追放されて、まともなアイテムを持っていけなかったからな。なんなら大半を押収されちまった。



「どうしましょう。ごはんも食べられません」



 ぐぅ~っと情けなくお腹を鳴らすオーロラ。頬を赤くして困惑していた。腹ペコなのかよ。



「解かった。さっき倒したゴブリンの収集品を売ろう。少しは金になるだろう」



 ブルックリン――略して『ブル』は世界共通貨幣なのである。

 先ほど入手したゴブリンの爪ならひとつで100ブル。飲み物くらいは買えるだろうな。少しは腹の足しになるか。


 しかし、宿屋に泊れるほどの金にはならない。


 ならば“ギルド”でクエストを受けるのもアリだろう。魔王討伐の勇者として活動していた時、何度も何度も地味なクエストを受けてはレベルアップしたものだ。



「では、この先の『バレッサム』という村へ」

「なぜ知っている」


 オーロラが指さす方向には、この先バレッサムという看板が立てられていた。なるほどね。




 バレッサムの村は、辺境の地にしてはシッカリしており建物も立派だった。これは村というよりは街だぞ。

 立ち尽くしていると村の人たちがワラワラと現れ、俺たちを物珍しそうに観察していた。な、なんだぁ?


「おぉ、勇者エルド様じゃ」「マジじゃん!」「へえ、本物だぁ」「かっけー!」「魔王を倒したんだって!?」「世界が平和になってよかったよ!」「村へようこそ!」「この村は飯がうまいぞ~」「温泉もあるぜ」


 なんだか村の人たちは優しそうに見えた。


「エルド様、歓迎されていますね!」

「あ、ああ……」


 俺の知名度のおかげなのか、なんなのか。

 やりやすくていいけどね。


 そんな大衆の中で老人が現れ、俺の前に。



「勇者殿、よくぞ来られました」

「えっと……」

「申し遅れました。この村の村長でタルモレアと申しますじゃ。ぜひ、タルとお呼びくだせぇ」



 ご高齢の白髪の老人はそう名乗った。村長か。



「ありがとう、村長。俺たちは辺境の地ゼルファードを目指している。一泊させてくれ」

「おぉ、このゼルファードを。それはそれは……歓迎しますじゃ」


「へ……? まってくれ。辺境の地ゼルファードはかなり遠い場所にあるじゃ」



 そうだ。謎の商人も、このオーロラもそう言っていた。

 しかし、村長は首を横に振った。



「ここが辺境の地ゼルファードでございますじゃ」



 そうハッキリと断言した。

 村の人たちもウンウンと深くうなずく。



 うそ……だろ!?



 確かに少しは歩いたけど、こんなアッサリ到着?

 オーロラに視線を向けると慌てていた。



「そ、その! わたくしも初めてのことなので!」

「……そうか。まあいい、ここが辺境の地ゼルファードなら目的地に到着だな」

「でしょ! スローライフをするんでしょう!?」

「まあな」



 早い到着だったが、これで――。



『まてえええええええい!』



 そんな声がして背後から馬に乗った複数の騎士が現れた。……おい、あれは『シュヴァルク王国』の騎士じゃねえか!



「なぜここに!」



 騎士のリーダーらしき男が俺の前に来た。



「勇者エルド……貴様はハルネイド様からティアナ姫を奪った重罪人! カイゼルス王の名の下に処刑する――!!」



 そう声高らかに宣言する騎士。……なん、だと?



 俺もオーロラも、そして村の人々も呆然となっていた。意味が分からねえ! そもそも奪われたのは俺の方だ。被害者は俺だぞ!

 なのになんで、ここまでの仕打ちを受けねばならん!!



「ふざけんな!」「そうそうだ!」「勇者エルド様は村娘を救ってくれた!」「世界を救ってくれたんだぞ!」「そんなお方を処刑!?」「王国はついに狂ったか!」「これだからカイゼルス王は!」「また革命を起こされたいか!」



 なんとゼルファードの人々は俺の為に怒ってくれていた。……泣けるじゃねえかよ。でもな、巻き込んでしまって申し訳ない。

 俺なんかの為に。



 気づけば俺は、10人の騎士に囲まれていた。



「エルド様!!」

「オーロラ、お前は村の人たちと一緒にいるんだ」



 剣を抜き、俺は騎士たちに刃を向けた。

 できれば王国の者は傷つけたくなかった。でも、それよりも俺はゼルファードの人たちを守りたい。


 この人たちは俺を大歓迎してくれた。

 そこにオーロラを含めてやってもいい。


 こんな人間味のある温かい人たちを守らなくて、なにが勇者だ。



「ひとつ聞かせろ! ハルネイドとは貴族か」

「様をつけろ、様を! そうだ、ハルネイド様は貴族の中の貴族。大貴族なのだ!」



 どうやら、相当身分が高いらしい。だからティアナ姫にも接近できたのだろう。でも、もうどうでもいい。俺はあんな姫を愛してなどいないッ!


 身も心も捧げるつもりだった。


 だが、寝取られと追放というダブルパンチ。

 あまりにも残酷すぎた。

 死よりも恐ろしい罰だ。


 俺は今も尚、心に深い傷を負っていた。でも、忘れようと必死に前を向いて、この辺境の地ゼルファードにたどり着いた。



「……お前たちを倒す!」

「ほぅ!? 我々はカイゼルス王に認められし上級騎士。普通の騎士とは違うのだよ……!」



 突撃してくる騎士。しかし、村の中の子供が石を投げた。それがコツンと騎士の頭に。


「……勇者様をいじめるな!」

「ガキがああああああああ! 邪魔をするな!!」



 子供を蹴とばす騎士。その光景に俺はブチギレた。

 瞬間で騎士の懐に入り、胸の鎧を掴んだ。



「子供相手になにしてんだ!!」

「なっ……いつの間に!!」


「お前は怒らせてはいけない男を怒らせた」


「……なにィ!?」

「この俺だああああああああああッ!!」



 魔王のペットだった邪竜をぶっ飛ばした大技火属性スキル『クリムゾンブレイク』をゼロ距離で発動。

 騎士を吹き飛ばし、残り9人にブチ当てて四方八方に飛び散らせた。


 意識のある騎士は直ぐに逃げ出し、遠くへ行った。



「大丈夫ですか、ヒールしますね」


 と、先ほど蹴とばされた子供に治癒魔法を施すオーロラ。なんだ、そういう魔法が使えたのか。

 子供は回復。両親がオーロラに何度も礼を言っていた。



「ありがとうございます!」

「いえいえ。わたくしより勇者エルド様にお礼を」



 気づけば俺はゼルファードの人たちに囲まれ、胴上げされていた。



「勇者様万歳!!」「やっぱり勇者はすげぇよ!!」「かっこよかった!」「うん、このゼルファードに相応しい」「ここに住めよ!」「可愛い女もたくさんいるぜ!」「よっしゃ、今日は宴じゃ~!」「飲むぞー!!」



 この村の連中、ノリがいいな。

 でも悪くない。


 俺は早くもこの『辺境の地ゼルファード』が気に入りつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る