編集中

真木遙

ゲート

 はじめて出現したゲートは、翼竜ワイバーンを東京首都圏に召喚した。

 海近くのテーマパークに降り立ったワイバーンは、はじめ来園者からショーサービスの一つだとを受け止められ、それはテーマパーク中央にある偽物の火山に爪をかけて夜空に火息ブレスを放った。紅い炎が雲底を明るくし、テーマパーク備えつけのサーチライトがちらちら横断すると、けたたましい咆哮が千葉の臨海公園にまで響いて海面が振動する。ワイバーンは両翼を広げて飛び立ち、火山手前にひろがるカルデラ湖の上をホバリングしながら周囲に目を向けると、二本足で立つ生物がかなりの数いることに気づく。柵の向こうで歩くそれは二人一組、あるいは四人一組で行動しているものがおおく、こちらに気づいて柵の上から指をさしていた。

 と、背後から金属同士が擦れ合う音が耳に入り、ワイバーンは素早く首を動かした。その音はさきほどいた火山の傾斜から発せられてるようで、か細いながらも聞こえる人間たちの悲鳴とまざりあった。テーマパーク一人気のジェットコースター。乗客たちは寒風を全身に受けながらもスリルに身を任せ楽しんでいるようで、ワイバーンは蜥蜴とかげのような目玉を瞬かせてコースターに乗った生物と似たものがかつて自分に刃をむけてきたことを思い出した。それらは耳が横長であったり、鼻が豚のようであったり、三頭身であったりと様々だが、いづれの種族も我が爪に深々と傷跡を残していった。衝突したときに甲高く鳴る煩わしい音。ワイバーンにとってそれは開戦の合図であり、同時に自分にたいして明確に敵意が向けられていることの証でもあり、全身に張り付く鱗に力を漲らせるときでもあった。

 ワイバーンは皮膜を羽ばたかせ、桁違いの馬力で音の発生源を鷲掴みにした。人間が縦列となったコースターはやすやすともちあげられてしまい、何人かは蹄のあいだに挟まれ絶命し、また想定外の事態によって誤作動を起こしたコースターのセーフティーシステムがレバーを解放して乗員がまっさかさまに落ちていった。柵の向こうで驚きの声をあげる来園者たち。コースターが放り投げられて湖から水飛沫が上がると歓声が上がり、そのあいだにワイバーンは喉を鳴らして口内にある噴出口からガスの臭いを漂わせる。口から漏れ出たガスは近くにいた来客の鼻腔をくすぐり、途端、目の前が真っ白に染まると、とうてい人間では耐えられない摂氏の熱が身体を焼き上げ、冷たい空気をはらみながら炎は柵の向こうで拡大していった。園内では緊急事態のアナウンスがなされ、テーマパークの外へ出ていくか、間に合わないものは建物のなかで隠れるように通達させられるも、ワイバーンは飛散していく人間たちを滑空しながら焼き払い、園内を焦土と化していく。

 生き残ったほとんどの人間はまだ幻を見ているとおもっていた。正気を取り戻したものも駐車場で立ち往生し、出入り口では車がごった返してクラクションが鳴らされる。雑音まみれのなか「押さないでください。押さないでください」と殊勝な誘導をおこなうスタッフが空を見上げると、上空にはSNSから情報を聞き入れて駆けつけたマスメディアのヘリコプターが飛んでいた。複数のローターから鳴らされる風切音。ワイバーンは仲間が来たものだと一瞬勘違いするが、上空には見知らぬ金属の塊しか存在しない。飛翔。鷲掴みにされて途絶するテレビ通信。現場に悲鳴を投げかける民放局のアナウンサー。

 ワイバーンは体操選手のように回転を綺麗に決めてから手にしているものを放り投げ、むこう百メートルさきに飛ぶ別のヘリコプターの尻尾テールローターを掠めた。ヘリは煙をたなびかせながら制御不能のまま楕円を描いていき、中にいたリポーターと操縦者は揉みくちゃにされて遠心力で振り落とされる。目標を駆逐したワイバーンは空高く咆哮すると、次に来たる鋼鉄製のワイバーンが青森から飛んでくるまで目下に犇く人間たちを恨むがままに焼いていった。

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