きっと、ホットココアは冷めてくれない
@tkn0214
ホットココアにかけられた呪いの行く末
「お前っていっつもホットココア飲むよなぁ?そんな甘いの好きなん」
「え、だって美味しいよ?これ。飲んでみ?」
そんなありきたりな会話も3年間連れ添った仲だから言えることなのだろうか、いつもホットココア飲んでるなんて知らなかったなぁ
時、というのは過ぎてしまえば一瞬で決して戻ってきてはくれない残酷さを纏った大切なものである
高校三年生になって初めてそれを思い知った
進路先はどこ大学?それとも就職?なんて話で持ち切りで一年生の時のような初々しさというのはとうに散ってしまったように思える
せっかくの休み時間というのに私はすることも無いから用事も特にないスマホと睨めっこをしていた
「ねぇ見てぇ?これ、すっごく可愛くない?」
突然、そう言って話しかけてきたのは幼稚園からの付き合いであるつむぎ
巻かれたふわふわのロール髪に不自然でない程度のメイク。今日はリップの色がいつもと違ってピンクがかっいる
彼女はまさに"女子高校生"の定型でめいいっぱいのオシャレに自分磨きを欠かさない
そんな彼女なのでつむぎの連絡先教えてくれない?なんて人が私に来るくらいだ
そんな彼女は中学生の時に小学生の頃から恋焦がれていた彼と付き合って、今は…どうなったのかはしらないがその胆力は尊敬ものだった
そんな彼女が可愛くない?と見せてきたのは最近できたパンケーキ専門店のホームページ
さしずめ着いてきてほしいのだろう。別に着いて行ったていいしパンケーキは好き。でも可愛いでしょ?と言われただけなので、つむぎのキラキラした瞳を見てから可愛いじゃんとだけ言う
「でしょ~?今日の放課後一緒に行かない?」
「いいよーん、じゃあ放課後すぐに門集合ね!」
つむぎのお誘いに快く返してから集合場所を告げる
一つ楽しみな事が増えて自分が浮かれているのが手に取るように分かった
あぁ、はやく放課後にならないかなぁ
そんなことを考えながら予鈴を耳にしてそそくさと古典の準備を進めた
ーー
古典の授業はおじいちゃん先生が担当していて内容と相まって船を漕ぐ人も多い
それを見つける度に先生が地震です。とお茶目そうに笑って生徒の机を揺らす
それを見てクラスには大きな笑い声が起こるし、寝かけていた生徒もぱっちりと目を覚ます
今日も教卓の真ん前というのに堂々と寝ているお調子者の生徒の机を揺らしては笑いをどうにか収めて授業を進める先生の姿が見えた
高校三年生にもなるとその光景は日常化されているように思えて、でもそんな日常に良いなぁとも感じる。なんて少し大人びすぎたかな。
古典の板書をノートにひたすら書き連ねて時々面白い発言にくすっと笑ってそうこうしていれば時間はすぐに去っていく
まだ先生の解説中というのに鳴ったチャイムに驚いてその後やっと放課後になるという嬉しさが込み上げてきた
パンケーキの他にもゲームセンターとか本屋さんとか寄りたいなぁ、つむぎは今日いくら持ってるんだろう?
そそくさと解説をまとめた先生が号令を促し、それに応じて学級委員が号令をする
この後はショートホームルームで先生の話が長くならないように祈るしか私には術がない
「あ、やっときた~!」
「ごめーん!はらっちの話長くってさぁ?しかもスカートの丈でぐちぐち言われた!」
そうそうにショートホームルームも終わり続々と生徒が通っていく門にただ一人立っていた
それから五分ほど待ってつむぎと同じクラスの子も見えてそろそろ来るかなとしていれば、待ちに待っていた彼女が走ってやってくる
勢いの良い謝罪と共に軽い愚痴を並べる彼女に別に待ってない、早く行こう。なんてカッコつけて言ってみたり。
はらっちというのはつむぎの担任でそれはそれは厳しい方だ
あの人に何人の生徒が捕まったか数えたくもない
そだから皆あの先生の前ではメイクしている顔を下げたり上げすぎてミニ丈になっているスカートをお腹を引っこめて下げたりしている
「今日も寒いね~、てか勉強してる?」
例のパンケーキ専門店に向かうまで受験の話とか誰と誰が付き合ってたとか二年付き合ってたラブラブカップルが別れちゃったとか他愛のない話をして暇を潰す
「最近してるんだよねぇ!由希と同じ大学行きたいもん」
えへと笑みを零しつつ嬉しいことを言ってくれるつむぎに私も口角が上がる
私が行こうとしているところは少し学力が高いから彼女は人一倍頑張らないといけないらしかった
「あ、ここじゃない!?ホムペ通りの可愛いお店〜!」
そうこうしていれば例のパンケーキ専門店に着く
住宅街の中にひっそりとあるタイプのお店で途中まで本当にこっちであってる?と何度聞こうとしたことか。結局、着いたので何も言わないが
そこは白とクリームを基調とした綺麗なお店でぽつんと置いてあるミニ黒板には今日のおすすめや季節限定メニューが書かれていた
平日の夕方だからだろうか、窓から見える店内は数名の人しか入っておらずすぐに入れそうだった
「結構空いてそうじゃない?入ってみよ〜」
「おけ!」
私がつむぎを誘うと彼女はそれを食い気味に快諾した
この為にお昼ご飯も抜いていたのだからそれ程お腹が空いていたのだろう、返事と共に扉を開けチリンというベルの音に気がついた定員さんに「何名様でしょうか?」と聞かれていた
置いていかれた私はつむぎが開けておいてくれた扉からつむぎの右側に出て彼女の隣に並ぶ
それを終始見守ったつむぎが元気よく「2人です!」と答えれば定員さんはにこりと微笑んでテーブル席へと案内してくれたのだった
「え、メニュー表まで可愛いんですけど?!どれ食べる~?」
「それな~私はいちごホイップにする!つむぎは?」
案内された席に座ってメニュー表を手に取る
それは洋風のメニューブックで三角コーナーが四つ角に付いていた。
中を開くと大きく店内人気No.1と書かれたパンケーキ、それから通常メニューが連なっていた
ドリンクメニューをみやって、そういえばホットココア好きって言ってたなぁとパンケーキに何も関係ないことを考えてしまう
そんなところにつむぎに何にする?と聞かれ特にやましいことはないのにドキッとしてしまう。
それから慌てつついちご好きだし、という安直な考えでいちごホイップと答える
「私は~…今ねチョコバナナホイップとメープルで迷ってる」
「へ~いいじゃん!確かに美味しそう」
私はメニューが決まったのでメニュー表を元の位置に戻しながら何にするの?と聞く。
するとつむぎがメニュー表を差し出して指を指しチョコバナナホイップとメープルを見せてくれるのでそれを見て美味しそうと返答する
あまりいい返事ではなかったかな?と思うもうーむと悩んでいる様子だしわざわざ水を指してまで言うことでも無いか。とおしぼりで手を拭いた
「よし決めた!今日はメープルにしとこ~定員さん呼ぶね」
「お願いします~」
つむぎも決まったようで定員さんを呼んでくれる
私の分まで頼んでくれるので少し申し訳なく思いつつも特段感謝してね~とも言われた試しがないので本当にこういう所がモテるんだろうなぁと思う
一方の私はこういった気遣いはおろか、定員さんを大声で呼ぶことすら難しい
スマホを弄りつつ、つむぎと談笑しつつパンケーキを待っていると「お待たせしました~」と2人分のパンケーキがやってきた
スマホを弄るのを辞めて、目の前に置かれたパンケーキに目を移す
ちらりとつむぎの方を見遣ると見覚えのあるキラキラした瞳でパンケーキを一点に見つめていた
「めっちゃ美味しそう、食べよ~!」
そう声をかけて二人でいただきますと声を合わせる
ナイフで一切れ切ってみると、ふわふわに膨らんだ生地から甘い匂いが漂ってくる
こんなに膨らんだパンケーキを見たのは初めてでどうやって作ってるんだろうとわくわくした
上に乗っているクリームに苺もキラキラ光を発しているように見えたし、パンケーキが熱いから少し溶けてしまっているクリームが余計に食欲を掻き立てる
切ったパンケーキに少しクリームと苺を乗せて一口頬張ると苺の酸味が先に下を刺激してその後苺の瑞々しさ、クリームの甘さを感じた
パンケーキは想像通りふわふわで、舌にのせるとじゅわっと音が鳴るほどだった
「めっちゃ美味しい~!食べる手が止まらん…」
パンケーキを一口食べ終えたつむぎが口を開いた
目どころか顔全体がキラキラしているように見えて、よっぽど美味しかったんだなと感じる
そりゃあいちごホイップが美味しくてメープルがあんまりなんてことは滅多にないと思うが。
「それな!?いちごホイップも美味しいよ、一口食べてみ?」
そうして差し出したのは少し多めにクリームを盛ってそこに二切れの苺を乗せた少し贅沢な一口パンケーキ。
つむぎには特別美味しいところを食べてほしかった
「やったー!ありがと」
そうしてるんるんとパンケーキを一口で口に入れてもぐもぐと咀嚼をする
噛めば噛むほど彼女の顔は満たされたものになっていくように感じてそれだけでこちらも大満足だった
「え!めっちゃ美味しいねこれ、私のメープルも食べな?こっちもすっごい美味しい!」
「やったぁ、いただきまーす」
ごくんとパンケーキを飲み込んだ後、そそくさと自身のパンケーキを切り取って私に差し出してくれる
それを自身の口に入れて噛んでみると、メープルの甘さがガツンと来た後生地で甘さが緩和されて口の中で丁度いい甘さになる
こちらのパンケーキもやはりふわふわで口の中が満たされた
「メープルも美味しい!なんかさぁ、食べるの勿体なくなる感じしない?」
「めっちゃする!ずっと食べてたいもん」
と言いつつナイフとフォークを手に取ってパンケーキを切り取り始めるつむぎ
全然言ってることと行動が違うとツッコミたくなるが確かにもう一口、もう一口と食べたくなる病みつきになる味だった
「そういえばさぁ」
パンケーキを切り取る最中紬に話しかける
「ん?なぁに」
それにつむぎはなぁに?と返してくれる
デリケートな話題かもと思ってあまり触れることはなかったし、話すか迷っていたからその軽さに助かる
「佐藤くんとはどうなの?」
佐藤くん、というのは中学生の時からつむぎが好きだった例の男の子
付き合えた!とは言っていたがその後のことをあまり知らなくて今後のためにもなんとなく他の人の恋バナを聞きたかった
というのは表面で裏面は私も佐藤くんのことが好きだったから彼について聞きたかっただけなのである?
こんな最低なことつむぎに言ったらもう二度と口なんて聞いてくれないと分かっていたしボロが出そうになるので彼の話は極力避けていた
「あぁ、翔くん?翔くんなら高校違うし別れちゃった。言ってなかったっけ?」
至って普通そうに軽く言った
別れちゃった、なんてなんともないように言うけれどそんな事聞いてない。
私はずっと昔から翔くんの好きな所とか今日こういう事があって…とか好きバレしちゃった。までなんでも聞いていた気でいたから別れたというのに驚きとショックが押し寄せてきた
あんなに恋焦がれていたのに終わってしまえばそんなものなのかな…と"恋"が怖くなる
「由希は?好きな人とか居ないの?」
私が一人もやもやしていればにやにやとつむぎがそう喋りかけてくる
滅多に恋バナなんてしないのにあんなことを投げかけたのは私に好きな人が出来たから
つむぎはそれを見越して質問してきたのだろうか?
それだったら幼馴染と言えど恐ろしすぎる
「実はさぁ…うちのクラスの細田くん、好きになっちゃったんだよねぇ…」
高校1年生から3年間同じクラスで優しく気遣ってくれる彼にいつの間にか心を奪われていた
授業中もお昼中もいつだって彼の声がすれば自然とそちらに目がいってしまうし、ずっとずっと彼のことを考えてしまっている
だが私たちはそろそろ進学でこの恋心は淡く散るか当たって砕けるかの二択なのである
そりゃあ告白して付き合えたなら嬉しくていつ死んでしまっても構わない!と思うがこんな平凡じゃ全女子の憧れである細田くんには釣り合わない
そんなこと、分かっているのに恋というのは厄介でそれでも彼を見ると彼の声を聞くだけで胸が高まってしまうし話なんて出来たものなら耳まで真っ赤にして言葉が詰まってしまう
「へぇ?いいじゃん!由希はさぁ気がついてないのかもしれないけどかなーり可愛いよ?自信もって告白とかしちゃえば!」
つむぎは私が恥ずかしながら答えたのを聞いてさらに口角を上げた
言わなきゃ良かった!と後悔するも遅くてペラペラととんでもないことを言うつむぎ
そりゃあ自分のことを可愛くないと思っている訳でもないが美容に関して努力のどの字もしてこなかった私なので彼がイケメンすぎるのが難点だ…でもまぁあの性格なら誰もが好きになってしまうか
いや!なんだか告白する方向に頭を働かせていたが彼がイケメンかそうでないかに関わらず告白なんて一生できないだろう。
「でもさぁ?細田くん好きな人居るっぽいし、私には到底無理だよ。見てキュンってするだけで満足」
そう彼には好きな人が居るらしい
それが発覚したのは本当に最近のことで情報通のつむぎもそれを知らなかったのか目を開いている
「そうなんだ?でもそれって由希の事かもしれないよ?!」
いっちゃえいっちゃえ!とやたら背を押してくるつむぎ
私だって俺好きな人いるんだよねーくらいだったらもしかして私の事?私のことだったらいいなぁと思えたのだが、そう思えなかったのには訳がある
「それがどうにも他校の子らしくて、この間もこの後デートだからって…」
そう口に出すだけで胸のあたりがぞわっとする
この前専門委員長で急な集まりがあった時中々全員集まらなくて時計を見ては慌てて急いでいたのを思い出す
それに終わったと同時に走っていってしまったし。
もう彼のことなんて諦めたいのに諦めきれないのはどうして?
いっその事彼に出会ってなかったらなんて何度考えたことか。
「そっか…まぁうちらまだ18だよ?大学行ってさいい人見つけるとか大人になって見つけるとか出会いの場はどこでもあるじゃん!」
そう言って励ましてくれるつむぎ
でも私は彼じゃないとダメ、と思ってしまうのは私が面倒くさいからなのか恋しているからなのかは未だ分からない
こんなに好きなのに諦めるなんて難しい
どうせ叶わぬ恋なのだから誰にも言わずにいようと思ってたのにつむぎに言っちゃったなぁと言ったのは私なのに後悔する
ここで「でも…」なんて続けるのはつむぎにも申し訳ないからそうだよね!となんとか建て直した
「じゃ、また明日学校で〜」
「うん、ばいばーい」
いつのまにかパンケーキも食べ終わってしまってお会計をしてから店を出た
結局ホットココアは頼まなかったけれどなんだか少し前を向けた気がして心がふっと軽くなったのを感じた
ーー
ガコンと自販機から出てきたのは彼が好きと言ってたホットココア。
その缶をカシュッと開ける
すると中から白い湯気と甘い匂いが漂ってきて持っているだけでも熱いそれに息をふきかけて冷ます
グビグビっと一口で飲み干してしまったそれを隣に設置されたゴミ箱に捨てて無事に入ったのを見守って顔を上げて立ち去ろうとする
自分のことだけど卒業式というのに冷めてるなぁ
そうだと思ってブレザーに忍ばせていた紙切れを燃えるゴミに捨てる
これで未練はない、もう帰ろう。
なんだか一人の場所で思い切り泣きたかったから
きっと、ホットココアは冷めてくれない @tkn0214
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