第6話

「俺は社長から頼まれて屋敷に残って残務処理をしているのです。あの社長が頭を下げて頼んだのですよ。その哀れな姿勢に少しだけ仏心を出して誠意を持って凛子様にも接しています。──しかし本来ならば」

「!」


いきなり掴まれていた腕が引っ張られそのまま天眞の体にすっぽりとはまって強く唇を押し付けられた。


(キ、キス?!)


押し付けられた唇はすぐに放され、それと同時にトンッと体を押された。


「こういう事をされても何も文句がいえない立場になったのですよ、あなたは」

「な……なっ……」


まともに喋ることが出来ない私に天眞は酷く蔑んだ表情を見せた。それは私が知っている天眞の顔じゃなかった。


「あなたには情けをかけてこんな状況になった今でもあえて丁寧な語り口で話しています。それは今までの恩に報いる俺なりの情けです」

「……」

「しかしこの屋敷を一歩出ればそれも無くなります。それをよく覚えておいてくださいね」

「……」


無機質な表情で機械的にいうだけ言って天眞は部屋を出て行った。


再びその場にへたり込んで混乱する頭で一生懸命冷静になろうとした。


(お、落ち着くのよ、凛子……落ち着いてよく考えるの)


何度もそればかりを繰り返し考えるけれど一向に頭も体も動かずにいた。


ふと目に入った数々の写真立て。その中には私を産んだと同時に亡くなったお母様の写真があった。


(お母様……私、どうしたらいいの?)


早乙女の屋敷という温室とお父様の庇護の下でぬくぬくと育って来た私は、いきなりひとりぼっちで外に放り出される恐怖にただ震えるばかりだった。

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