北の国から

くぼ あき

第1話 僕がシングルファザーになった訳

店によく来る女の子に告白された。年内に結婚、翌年に出産、妊娠出来なければ、養子をとることを承諾できるなら、付き合っても良い。正直相手は誰でも良い。但し、結婚してくれるなら家庭は大切にする。その条件呑めるかどうか。よく考えて1ヶ月後返事して欲しいと。

彼女のご両親への挨拶、自分の上司への仲人依頼、挙式招待状新婚旅行手配諸々完了した挙式2ヶ月前に彼女の方から別れたいと。合意したが、その時妊娠6ヶ月目。双子だった。

出産だけはしてもらい、親権は僕が取った。

婚約破棄された慰謝料も養育費は請求しない。面会日は毎週末でどうかと提案し、合意を得るも、子供たちとの約束よりも自身の音楽活動や友人達との付き合いを優先することが重なり、苦言を呈すると怒り出すのみならず、自殺すると脅迫してくる。弁護士を入れ、正式に子供たちと母親の面会を中止する。

彼女からの異議申し立てはなかった。


21歳で3000万円貯蓄していたので、いつでもリタイアできるのだが、店から徒歩5分の保育園に預け、徒歩10分のアパートに3人で暮らす。

オーナーの「全部好きにして良いから辞めることだけはしないでくれ」に、「夢だった自分の店」を会社の資本で実現する。


ミニマリスト。

趣味:海外旅行・写真・筋トレ・ボクシング


事業展開:リストランテ兼料理教室


座右の銘:神は真空を嫌う


起床:5時→ヨガ→ジョギング

勉強:6時→アファメーション→仕事→ビジネス

家事:7時→弁当→朝食→洗濯→食器洗い

身支度:8時→息子と娘の歯磨き、着替え

出発:8時30分→歩いて保育園

仕事:9時→仕込み→開店支度

開店:11時


保育園お迎え:16時→お迎え

子供たち風呂:17時→風呂

夜の部開店:子供たちと3人で店

オーダーストップ:21時→寝ている子供たちをベビーカーに乗せて帰宅。店の掃除はアルバイト業者に委託。

帰宅:21:30

自分の入浴→子供たちの歯磨き→オムツ交換→寝かしけ。

就寝:23時


残留の条件に自分の新しい店を一件作ってもらった。たくさんの従業員の上に立ち、采配を振るうことよりも、小さい店を自分ひとりでやりたかった。結果、ひと月でエリアでの売り上げ1位の店舗になった。

どれだけ売り上げても固定給だけど十分嬉しかった。

会社員なのに年収2倍になった。


料理を作っていれば、とにかく人々は喜んでくれた。感動してくれた。仕事はどんどんうまくいった。野菜をみれば、肉をみれば、魚をみれば、どう料理されたがっているかが自然とわかった。


日の出と共に走り

休日は息子と娘を連れて公園でピクニックをし、ブランコを漕ぎ、サッカーボールを追いかけさせた。雨の日は3人で図書館で絵本を読み聞かせながら過ごした。


家の中は何も置かず、ガランとした2k のフローリングを、浴槽を、台所のシンクを毎日ピカピカに磨きあげた。


娘が小学4年生から学校に行かなくなった。

でも、別に気にしなかった。こいつは絶対に大丈夫だ。

ノンキにひたすらのんびりさせた。やはりそれが正解だった。


断言できる。

この世に怖いものなんてない。


ポモドーロは赤いし、クレソンは濃い緑だし、卵はこんなにも黄色くキラキラ輝いているし、珈琲はこんなにも大人の香りを漂わせ、フィットチーネはチーズに絡まれながら木目調の楕円の深皿に小さく、小高く盛られている。


もう一度言わせて欲しい。

何も心配はいらない。



そうそう、僕の話も少し。

30歳の時に「群像」で賞を取り、小説家としてデビューしてからは兼業作家として二足のわらじを履いている。

群像賞受賞と同時にお世話になった店を退職し、独立起業した。師匠が早逝した後のオーナーは、どうしょもないクズだった。あの男には散々良い思いをさせてやった。もう充分だ。ずっと店長として任されていた店、foglia

を買い取った。今、売り上げの100%が僕のものだ。

小説家になった経緯。赤ん坊だった息子と娘と共に図書館でイチから本を読み直した。大人になって、改めて基礎から文章を学んだのだ。それが、新しい文体と表現を誕生させた。

元婚約者は……あれから一度だけ会った。子供たちのいない時にうちに来てもらったが、変わってなかった。自分がどれだけ僕に酷いことをされたかを会話の間に何度か挟み、自分は世間的な成功はいらない。もっと実体の伴った、真の音楽家を目指しているからと言い残して帰っていった。

子供たちのことは何も聞くことはなかった。

僕は彼女界隈ではとんでもなく冷たく、心のない人間として通っているのだろう。


中三で父親が逮捕され、母親が精神病院に入所し、児童養護施設で約三年間過ごした後、引っ越し業者のアルバイトの傍ら、師匠の店に客として通っていた。

3万円の家賃のアパートに光熱費1万円弱。家具は冷蔵庫、オーブン、電子レンジ、食器棚、洗濯機に全身鏡1台。ベッドや布団は無く、寝袋がひとつ。タオル1枚に下着3枚、靴下3足、スニーカー1足、ローファー1足、無印良品のシャツ、パンツ、セーター、各2。パーカー1、コート1。休みは月曜日と火曜日。朝にジョギング、筋トレ、ボクシングを済ませ、8時30分の開館と共に図書館の視聴覚室でひたすら映画を観、午後は本を読んで過ごした。主に心理学と、ファイナンシャル系の本、料理の本を好み、小説は村上春樹、ヘミングウェイ、夏目漱石が好きだった。学べば学ぶほど、知識を身に付ければ身に付けるほど、自由になった。知識はまるで魔法だった。そして17時の閉館と共に、アダルトチルドレンの自助グループへ。

仕事場には弁当を作り、水筒を持ち、財布は空にして通勤していた。

日雇いの仕事に来ている人達の中で、僕は変わり者でもなんでもなかった。ドヤ街で働くのも楽しかった。集団の中で、生まれて初めて他人に対して自分と同じ臭いがすると感じた。しかし、そのうちに引っ越しの仕事という肉体労働に1日8時間充てていることが惜しくなった。月50万円の給料と年30万円のボーナス。年収1000万円、年間生活費100万円。株式投資と合わせて貯蓄額が3000万円になった時に、転職を考えていると、通っているイタリアンレストランのマエストロに打ち明けたところ、じゃあ、うちに来ないかと言われた。この時のマエストロ兼オーナーがシンヤ・フクヤマ。これから三年後に難病を煩い、早逝してしまい、人間のクズのあの男がオーナーとなるのだが、この時のぼくはまだ知るよしもない。 僕は犯罪者と狂人に育てられた、児童養護施設を出て数年たったばかりの21歳の子供に毛のはえたような青年だったのだ。

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北の国から くぼ あき @kamakura0114

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