罪臭

浜田家①

―12月25日21時50分頃―


月明かりの眩しい夜。僕はそれをかき消すかのように悪趣味かつ豪華なライトアップをしている馬鹿みたいにデカい家に足を下ろした。


「ふぅ〜…到着したぁ〜!」


資料で見る限り…ここは大家族。今日一番人数が多い案件だ。


(よし、気合い入れていくぞ)


今までの失敗は一度忘れ、心持ちを新たに踏み出した屋根の上、そっと手をかけた窓には、鍵がかかっていなかった。


「おっと?不用心だな…」


眉をひそめながら、辺りの確認をしながら中へと侵入し、鍵を閉め直した。


(とりあえず迷子にならないようにマッピングをしながらそのへんを探索しよう)





―22時20分頃―


しかし広い家だ。

まずは一階の部屋から探索を…と、思って歩いてみたものの全く終わる気配がない。

今になってやっと行き止まりに出会えた。


(迷宮みたいだ…何処かで休憩しよう)


道中で見つけたリビングへと足を運び、椅子に座る。電気をつけないまま、夜目を利かせて机を見てみると、そこには「サンタさんへ」と書かれた手紙とケーキが置かれていた


(え〜!嬉しいな!手紙は…後でじっくり読ませてもらおう)


(ケーキは…ま、今いただいちゃおうかな)


手紙を袋にしまうついでに、暗視ゴーグルを取り出し装着し、改めて机を見てみる。

ケーキの横には箸があった。

あの箸だ。洋菓子ケーキ和食器おはしが用意されていた


(…いや、まぁ、僕の家庭がレアケースかもだし……ほら、カルチャーショックかな?)


少し動揺させられたものの、用意されたんだから、食べないのは失礼だ。

ちゃんとここに置いてくれた人に感謝して食べなくては。


「いただきます」





―22時30分頃―


ケーキも残すところは苺のみとなり、探索再開の準備を始めようとした時、ふと目をやった部屋の奥の扉から漏れる一筋の光が見えた。耳を傾けると、中の方から小さく響く話し声がする。

ゴクリと息を飲み、這うような姿勢でのぞき込んだ。そこには糸がほつれ、首が取れかけた手作りのサンタクロースらしき人形を手が白くなるまで握りしめ、それに向かって一方的に会話を続けている一人の女の影があった。


「うふふ、うふふ」


「ねぇあなた?」


「うん!なぁに?(裏声)」


「今日は私にどんなプレゼントをくれるのかしら?」


「今日はね、今日はね(裏声)」


「うんうん、今日は?」


「僕をプレゼントするよ(裏声)」


「え!?ウソ、ウソウソウソ…!い…いいい、いいの?」


「モチロンだよ(裏声)」


「っ〜!!やった〜!!!もう、大好き!!…でも、」


「もしそれが嘘だったら…」


「私、君の事…殺しちゃうかも」


「ホントだよ!(裏声)」


「うん、知ってるよ」


「意地悪してごめんね〜?」


女は人形をさらに強く握りしめ、圧迫されたそれは鈍い音を立て、ドンと首を落とした。


「あ…あぁ…ご、ごめっ」


「あのっ、わざとじゃないの!!」


「ほんとよ?ほんとなの!!」


「わたっ、わたしっ…なんてことを…」


「ああぁ…!!あぁ!!!」


「すぐ、すぐ!直してあげるからぁ!!」




(……や、やっっっべぇ〜!!!)


言い表せない程異様で強烈な不快感が背中から全身にねっとりと蠢き、響き渡る。

そしてなにより、汗と動機が止まらない。

脳では「この家はヤバい!」、「逃げろ!」と全身に命令を下すが、硬直した手は、足は、一向に言うことを聞く気配がない。

それでも無理やり身をよじり、一ミリでもドアから遠ざかる努力をする。

しかし、それよりも早く足音はドアの方へと向かってくる。


窓に鍵をかけない家だぞ!ケーキを箸で食う家だぞ!サンタの人形に話しかけてるやばい女がいる家だぞ!

もし…もしもだ、奴に見つかってみろ…


(僕の首もポロリされるぞ…!!)





恐怖を原動力に、おずおずとリビングへと引き下がり、先ほどケーキを食べた机の下へ息を潜めた。程なくして、扉の音と共に女が部屋の入り口へと迫り、電気をつける。


「あ!!!」


吹谷ふきたにの心臓が跳ねる。

反射のせいで少し椅子がズレてしまった。

こんな事が起これば机の下の存在に気づいてもおかしくない。ハッキリ言おう、見つかれば殺されるんじゃ無いかと思い、気が気ではなかった。

しかし、女もそれどころではなかった。


「ケーキ!食べてくれてる!!」


「手紙もない!!」


「わぁあ!来てくれたんだね!」


「……ていうか、さっきまで


「たとえば〜」


「机の下とかに隠れてたりして!」


唐突に覗かれたその場所には、もちろん、僕がいた。数秒間、たったそれだけが無限にかんじた。お互いがかたまり、見つめ合っていた。この最悪の中、唯一幸運だった事は先に動けたのが僕だった事だ。

黄色い歓声を背後に、記憶がなくなる程全力で走った。

とにかく遠くに。とにかく安全な場所に。

そして、願わくばあの女が来ない部屋に隠れたい。その一心だった。





そうやって行き着いた風呂場では、錆びた金属の匂いが充満し、赤黒くどこか見覚えのある液体何重にも重なって痕を作り、洗面台を染めていた。


(これ、これ…これ)


風呂場との仕切り…あの扉が開けられる気がしない。暗い浴槽と水の音、そして鏡がより一層恐怖をかき立てる。

常に監視され続けるような不快感が纏わりついて離れない。あの女の声が耳から離れない。気を抜くと耳元で話しかけてきそうな、そんな説得力のある映像があの一瞬にはあった。

それに、急いで逃げてきたせいでマッピングできていない部屋まで走り抜けてしまった。

……いや、これでよかっただろう。なんせアレに捕まるのは回避したんだ。過ぎたことよりも、これからを考えようじゃないか。


(まず、やるべき事はただ一つ)


(逃げる。それだけができればいい)


余裕があったらプレゼントを置いてけばいいし、決定的な物を見た時も…うん、通報するのは逃げた後でいい。

とにかく僕は逃げることだけを考えよう。

それに、少しでも早く動かなければ…あの女、いずれ全ての部屋を回って僕の元にたどり着いてしまうぞ…!!


(よし、よし!よし!!できる!できる!できる!できる!3、2、1でいくぞ…!)


(3………)


(2……)


「1…!!」


ガタン!

勢い任せに開かれた扉の前には電気のつけられた廊下と――


「ばぁ!」


「うぎゃぁあああ!!!!」


「へへっ、お兄さんびっくりした?」


「ふふっ、めっちゃビビってるんだけど」


二人の人間がいた。



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